第17話 1つの答え


生徒会の臨時仕事も終わりを告げて、1週間が経過した。

停学を受けていた本来の生徒会メンバーが復帰しているからだ。

放課後を迎えても、もう生徒会室に行く必要もない。


終わってみれば何て事もない日々だった。

働かされ、問題を解決して、イベントを運営する。

ただそれだけの事の筈なのに、何故か記憶に鮮明に残っている。

だが、終わってしまったものは仕方ないのだ。


そんな帰り際で。

すれ違ったのは、華恋だった。


「あ、如月く——」


「会長!ここにいましたか。火野先生が呼んでます」


「え、ええ。今行くわ……」


呼び掛けられたのだが、生徒会の人間だろう奴にそう言われて去って行った。

振り返り際に何か言いたそうな雰囲気ではあったが、仕事なら仕方ない。

俺はそう思い帰路につく。

けれど何故だろうか、何かが釈然としない。

だから今日は久々に源十郎の家に行く事にした。




「なるほどのう。暫く顔を出さんかったのは、そういう理由じゃったか」


俺は今までの経緯を源十郎に喋り、散々働かされてきた鬱憤を晴らしていた。


「じゃが舞人よ、お主はそれで良いのか?」


「何がだ?」


俺は源十郎の意図が読めず、そう聞き返した。

だが本当は分かっていた。

俺自身何かが引っ掛かっていたからこそ、ここに来たのだから。


「のう、舞人よ。出会いには必ず意味がある。それが良いものであれ悪いものであれ、己に何かしらの影響を与えてくれるんじゃよ。それを積み重ねていって初めて、自分という人格が作られるのじゃ。若いうちは特にそれが大きい。お主は良い意味で今、変われておる。それは良い仲間に恵まれたからじゃと、ワシは思うんじゃがのう」


「……。」


そんな事、どうだっていい。

俺は魔王だぞ、人格形成など今更必要ない。

そう思うのだが、何故だろうか。

そうじゃないと言う自分も、今では確かにいるのだ。

だから俺はこう言う。


「……貴様に言われるまでもない。俺もここで終わらせるつもりはないからな」


「ふむ。お主、やはり良い顔をするようになったのう。ほっほっほ、良き事じゃ」


俺は茶を飲み干して早々に源十郎家を後にした。

決断をする時が来たようだ。

俺は一からちゃんと自分の考えと向き合う事を心に決めた——。




翌日の昼休み。

俺は今、二年の教室が並ぶフロアを歩いている。

目的地は華恋が在籍する2-A。

早々とたどり着き、教室内を堂々と進む。

その席の前に立つと、座っていた華恋は驚いた様な表情でこちらを見上げていた。


「貴様に話がある。付き合え」


そう言うと周りで生徒たちがざわつき始めるのだが、俺は気にも留めない。

そうして華恋を屋上に連れ出した。


風が吹く。

フェンス越しに見えるのは、この街の風景。

都会とは言い難い街並みではあるが、大通りではそれなりの数の車が往来している。

そんな景色から俺は改めて華恋に向き直る。


「貴様は近頃、随分と忙しいようだな」


「ええ、ごめんなさい。まだみんなにもちゃんとお礼すら言えてなくて……」


申し訳なさげに言う華恋。

だが俺が聞きたいのはそんな言葉ではない。

俺は息を吸い込んで、静かにそれを吐き出した。

そして華恋に告げる。


「俺は、貴様に感謝している。中々退屈しない日々を送らせてもらったからな」


「え……?」


俺がこんな事を言うとは思っていなかったのだろう。

華恋は驚きと戸惑いの様な視線をこちらに向けていた。


「だからな、俺も考えたのだ。どうすればこの感謝を表現できるのか、どうすれば貴様にそれを返せるのか、と。そこで出した答え、それは後期生徒会に立候補する事だ」


そう告げた俺に、目を丸くする華恋。

これでも性に似合わず真剣に考えた。

何故魔王である俺が、とか。

ガキ共の組織になど、とか。

もうそういった自己防衛は捨ててしまおう。

所詮それらの言葉自体が、俺が前世の栄光に縋っている証明なんだと。

そう気付いたからだ。


だから俺はこの発言に至ったのだ。

生徒会での活動は、正直楽しかった。

他人との関りを殆ど絶っていた今世において、全てが新鮮だった。

ならばここで手放す訳にはいかないと、本気でそう思えたのだ。


華恋がどう思うのか分からない。

俺などよりも現在の正規メンバーの方が都合がいいのかもしれない。

だがそんな事はどうだっていい、俺がそうしたいのだと。

そう強く思うのだ。

俺は華恋へと手を差し出して言う。


「俺は必ず選挙を勝ち抜く。そして貴様と共に生徒会を担っていく、その覚悟がある。だから貴様も、——俺と共に担う覚悟を決めろ」


「……如月、君……」


俺の言葉を聞いて何を思っているのか。

それは分からないが、少なくともこちらの意志は伝えきれた。

後はその返事を待つだけなのだが。


「……華恋?」


何やら考え込んでいるようだ。

一体そこまで何を迷っているというのか。

やがて華恋はゆっくりと、その閉ざしていた口を開く。


「……如月君。立候補の提出期限は、昨日までよ?」


「……何、だと!?」


風が吹く。

それは一体何処へ向かって吹いて行くのか、神のみぞ知る事なのかもしれない——。

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