第16話 スポーツ大会開催


蒸し暑い日。

平均気温を大きく越え、現在気温は30度。

本日はスポーツ大会、晴天には恵まれた。


「暑いな、まったく」


けれど流れる汗はとめどなく、水分補給が必須。

開始の時刻は刻々と近づき、グラウンドでは熱気と熱波が入り混じる。

総勢約600人の全校生徒が体操着に着替えて校庭に集まり、今か今かと合図を待っていた。


「それじゃあ始めましょうか。副会長」


『ああ、了解した。では放送を開始する』


俺たち生徒会はグラウンドの中央のテントに控えている。

ここから放送機材を使って、皆の者に決行の指示を飛ばす。

ヨハンは椅子から立ち上がり、設置されていた机に手を掛けてマイクに顔を持っていく。


『——あー、あー。これより卿皇学園高等学校伝統のスポーツ大会を開始する。まずは今回のテーマだが、それは“生きる”である。君たちはこれから社会に出るにあたって様々な困難があるだろう。だがそこに立ち向かう為の生きる力を身に着けてもらいたいが為に——』


「副会長、長いわ」


華恋の指摘にヨハンはシッポを下げた。

だがすぐに立ち直ってシッポを上げる。


『……すまない。ではルールを説明する。簡単だ、君たちは鬼から逃げ続ければいい。但し範囲はこのグラウンド内限定とし、校舎内に入ったり校外に出た時点で失格とする。中庭も然りだ』


そう、結局鬼ごっこに決まったのだ。

あの後ヨハンが任せろというので俺たちはその場を後にしたのだが、次の日眼鏡がやつれた様な声で『鬼ごっこにしましょう……!』と言ったのだ。

まあ何があったのかは詮索しないでおこう。

色々と年齢制限が掛かってしまうかもしれんのでな。

という訳で現状に戻る。


『更に今回、生き残った生徒にはもれなく5万円相当の食材キットが贈呈される予定だ。これは我々財閥からのささやかな寄贈品だと思ってくれ』


「「おおーーー!!」」


士気が上がる民衆。

田中財閥と木島財閥が総力を上げ、何と総額5000万円の寄付が行われた。

その半分を学校費用とし、もう半分を寄贈品に充てたのだ。

学長の太っ腹な判断もそうだが、財閥の跡取りである2人の意向が尊重された結果となった。

俺もこれは是非とも狙いたい。

今回生徒会のメンバーもヨハン以外は全員参加する。

ルール上監視役には教師が担当し、ヨハンはその度アナウンスをする係なのだ。

そうして決戦の合図が告げられる。


『では生徒諸君、懸命に青春を謳歌したまえ。……あ、そうそう言い忘れていた。鬼は1人とは限らない。では、開始!』


「え?どういう事だ?」

「鬼は1人じゃない?」

「おい生徒会!説明不足じゃ——」


そんな生徒たちの動揺も束の間。

更なる波が民衆に襲い掛かる。


「お、おい!東門の奴らが逃げてるぞ!」

「いや、西門でも走ってる奴らがいる!」

「北門もだ!みんな南に逃げろー!」


ドドドっ!!と全員が一斉に逃げ惑う。

何を隠そう、俺たち生徒会が最初の鬼であった。

俺たちは三手に別れて生徒を追い掛け、無事鬼を擦り付ける。

そうしてどんどんと混乱は大きくなっていく。


「おい!今いったい誰が鬼なんだ!?」

「こんだけいちゃ分かんねーぞ!」

「と、とにかく逃げろーー!!」


恐怖が場を支配する。

それは賞品がついた事によってより明確となった。

皆欲しいが為に必死になって逃げる。

まったく馬鹿な奴らだ。

鬼が何人いようとも、追い掛けて来る奴が鬼に決まっている。

ならばそいつさえ撒いてしまえば安全だ。

状況を冷静に見られないからそんなパニックに陥るのだと、俺は内心で嘲笑っていた。


「ほい如月、タッチ」


「……。」


なるほど、ステルス戦法か。

まるで自分は鬼じゃないです素振りをする事で相手に近づく上級スキル。

まんまとやられた俺は、ゆっくりと走り出す。


「……ふっ、上等だ貴様ら!纏めて道連れにしてくれよう!!」


そうして俺は大群衆に1人突っ込んで行った——。




——俺の名前は神山翔太。

満を持して、ついに俺の回がまわってきた。

さっき如月にタッチしたのは俺である。

如月は慢心していた、だからこんな簡単な方法に気付けなかった。

これで賞品獲得間違いなし。

そうなれば萌音センパイを誘ってバーベキューに行こうか。

お家パーティーもいいな、センパイの家に行ける口実にもなる。

だから俺のステルス戦法は完璧だった、筈だったんだ。


「あ、おーいピアス君―!」


「え?萌音センパイ?」


こちらへ走り寄って来たのは見間違う筈もない、本町萌音センパイだ。

萌音センパイ、体操着姿もめっちゃカワイイ。

それでいて明るいし、その……色々身体のパーツも目立つ。

でも俺はそんなチャラい理由じゃない。

これでも真剣に彼女に好意を持っている。

何だろうな、自分でもよく分からない衝撃が一目彼女を見た時に脳に走った。

まあいいや。

噂をすれば影、俺は思い切ってお誘いしてみようか考える。


「ピアス君は今鬼?」


「いえ、今如月に渡したとこっすけど……え、まさか」


俺の悪い予感は見事的中してしまった。

萌音センパイが俺の肩にポン!と触れた。


「じゃあ鬼あげるねー。わー魔王様~、助けて~!」


「……。」


俺は考える。

別にまた捕まえればいいだけだし、と。

けれどそれ以上に、俺の中でじわじわと膨らむのは。


「……萌音センパイに、初めて触られちゃった」


それは思春期ならではの、青い感情だった——。




——僕の名前は田中飛虎彦。

田中財閥の跡取り、です……、ふふっ。

いやぁ何だかお恥ずかしいですね、……ふふふっ。

あ、あれ?もう終わり?ちょ、僕まだ自分の状況を語れてな——。




戦況は刻一刻と変化する。

筈なのだが。

現在俺は、鬼である。

それはもう鬼気迫る、正しく鬼であった。


「……はぁ、はぁ。くそっ、何故未だ誰1人捕まえられんのだ!」


皆が俺を取り囲むようにして、一定間の輪を作り出す。

俺が右に走り出せば輪は右方向に広がり、諦めて左に走れば輪は左方向へと広がった。

完全にハメられた、これは高度な連係プレーに他ならない。

恐らく裏で何者かが糸を引いている。

それも随分と狡猾な奴が。

そもそもおかしいのは、鬼は3人いた筈だ。

それなのにまるで俺1人だけを抑え込む様に皆が統率されているのだ。

ん?待てよ?そう言えば鬼である筈の俺は、先程2回タッチされたな。

つまり3人いた鬼は全て、今俺1人で背負っているという事か。

これはもう、予め計画性があっての犯行である。

そしてこんな用意周到な計算が出来るのは。


『——あーあー。みんな、もうすぐタイムリミットだ。計画は順調に進んでいるようだね。舞人君。君には悪いが犠牲になってっもらう。ボクらはその為に、既に団結している』


「やはり貴様の仕業か、ヨハンっ!!」


俺はここからでは姿が見えないヨハンへと声を荒げる。

こんな屈辱を受けるとは、流石に想定していなかった。


「最初から全て俺を騙す為の計略であったか!だが何故だ!?盟友であった貴様が、何故俺を裏切った!?」


『簡単な事さ。寄贈品をなるべく皆に行き渡らせる為には、被害を最小限に収めたかった。そこで君に白羽の矢が立った。どうやら君は普段の素行が悪いようだからね、ここで一度反省するべきなのさ。これは教職員の意向でもある』


「くっ!貴様ら、覚えておけよ!1人1人、確実に後悔させてやるからな!!」


俺の声は最早誰にも届かなかった。

皆賞品に目が眩んでしまっている。

恐るべし、5万円相当の威力。

けれどそんな時、集団の輪の中から1人の生徒が出てきた。

華恋だ。


「……何故出てきた?」


「流石に可哀そうになってきてね。私はいらないから、代わりに鬼になるわ」


そう言ってこちらに手を差し伸べる華恋。

だが俺はその手を取らない。

情けなど不要なのだ。


「いらん。貴様は酷く貧しいのだ、たまには良い物を食べろ」


そう切り捨てた俺であったが、華恋は引き下がらなかった。


「食べるのは好きよ。でもあなたが賞品を貰ったら、私にもご馳走してくれるのでしょう?」


「何故俺がそんな事を——」


俺の言葉を遮ると、華恋は不敵な笑みで言った。


「如月君の手料理が食べたいの。ねえ、ダメかしら?」


体操着姿の華恋は、いつものウェーブ掛かったロングを1つに束ねていた。

それは遠い遥か昔、最終決戦を繰り広げた彼女の姿を連想させる。

まるでかつての勇者のようだった。


「……はぁ」


俺は諦めた。

そもそも何故逆らえんのかは分からんが、まあ貧しい奴に飯を食わせてやるくらいいいか、と。

そう思い俺は華恋の手に触れようとした。

そんな時。


「だ、ダメーーーっ!!!」


エウロラが突如、後ろから俺を勢いよく押してきた。

すると俺の伸ばした手は方向が逸れてしまい。

触れたのは何とも形容しがたい、体操着越しの小さくも柔らかな華恋の胸だった。


「……いや、そうじゃない、そうじゃなくて——」


パチン!!と俺の頬が叩かれた音が響いた。

ここでスポーツ大会終了のアナウンスが流れる。


『それでは今大会は以上となる。最後にタッチされたのは、やはり如月舞人君だったようだね。みんな、彼の漢気に拍手を』


パチパチパチ。

周りからはありがとうだとか、お前の分まで美味しく食べるだとかふざけた声で溢れていた。

俺はその場で膝と両手を地面につく。


「……いや、最後のはタッチではない。ビンタであろう……」


納得いかない俺を他所に、民衆は勝利を噛み締め喜びを称え合っていた——。

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