第11話 柊さん家の事情


下校時刻。

粗方片付いた生徒会室を後にした俺たちは、それぞれ帰路につく。


「それじゃあまた明日!」


「皆さんお疲れ様でしたー!」


金髪と小坊主が去り際の挨拶をして帰っていく。

奴らとは方向が逆な俺と華恋は、自然と一緒に帰る形となった。

だがエウロラは家がすぐ近くだと言うのに、何故か俺たちについて来ていた。


「魔王様、この後どうします~?……あっ!!あんなところにホテルがっ!!」


「1人で外泊してこい」


俺はそう切り捨てると、さっさと歩きだす。

コイツに構うとろくな事がない。

本当に前世でも酷い目に合わされっぱなしであった。


地の魔術を司るエウロラは主に植物を操る。

大地に魔力を送り、栄養素や種子を発現させたり効果を飛躍させたりといった『植物系統支配魔術』である。

それは巨大な食虫植物を生み出したり、狭小だが樹海なども出現させてしまう。

戦闘面ならそれでよかったのだが、エウロラが最も得意としたのが特化型植物。

それは精神を蝕む毒素を含んだ物や、自白剤に等しい効能を持つ物など。

中でも酷かったのが、何らかの成分を含んだ特化型植物の一種を使って作り出した薬。

惚れ薬だ。

まんまと騙された俺はその惚れ薬を飲まされて、無様にもコイツに惚れさせられた過去があった。

自分の意識を何処まで保てるか、正しく自分との戦いだった。

結局エウロラに手を出す事はなかったが、この時俺は固く誓ったのだ。

コイツには絶対に気を許してはならない、と。


「魔王様ぁ、つれないんじゃないですか~?もっと遊んでから帰りましょうよー」


「貴様とは遊ばん、決してな」


そうして俺は足を早める。

最早埒が明かないのでさっさと帰るのだ。

俺はそう決めて自宅のマンションをひたすら目指した。


だがここで決定的な事項に気付く。

コイツは最初から俺の家までついて来る魂胆ではないだろうか、と。

そう閃いた途端、背後からゾクッとするような視線を感じる。

この魔王である俺に恐怖などという感覚を与えられるのは、後にも先にもコイツだけだろう。

俺は同じく背後を歩いていた華恋に救いを求める。


「おい華恋、俺を助けろ!このままでは家のインターホンが一時間に一回鳴ってしまう!」


こちらの発言と視線から意図を汲んだのか、華恋は嘆息と共に救いの手を俺に差し伸べる。


「……仕方ないわね。じゃあ、ウチに来る?言っておくけれど、たいした構いは出来ないわよ」


「おお!では仕方ない、茶でも飲みに行こうではないか!」


俺は目を輝かせてそう言った。

背後からチッ、と舌打ちの様な音が聞こえたが、この際どうだっていい。

俺はそのまま華恋について行くのであった。




「……お、おお。これはまた、趣のある主屋だな」


ついて早々俺はそう呟いた。

そこまで広くはない二階建ての戸建て。

だが何処からどう見てもやはり、飛び抜けてボロかった。

華恋の家庭環境を想像して、俺は思わず取り繕ってしまったのだ。


「あはっ!なーにあんた、貧乏キャラだったの!?だから貧相な胸してる訳だわ!」


エウロラが華恋に悪口を言った。

この俺が庇っていたというのに、この女は。


「……何故あなたまでついて来るのよ」


「あたしは魔王様について来ただけだし~?ま、あんたの弱みも握れて一石二鳥~!」


そう言ってエウロラは躊躇いもせずに玄関のドアを開けた。

礼儀作法と言うものを知らんのかコイツは。

すると玄関先は靴が散乱しており、そこから続く廊下にも物が散らばっている。

まさかのゴミ屋敷かと思った俺とエウロラは顔を見合わせ、唾を飲み込む。


「違うの、昨日掃除したばかりなのよ。それでもすぐに荒らされてしまうの。うちのお父さん、少し乱暴な所があるから」


何?更に重い話、だと?いよいよ笑っていられなくなってきた俺とエウロラは共に引き返すかどうか悩んだが、華恋は構わずに促してくる。


「散らかっていてごめんなさいね。さ、上がってちょうだい」


そう言われて俺とエウロラは中へと入った。

コイツもこういう時は大概肝が据わっている。

怖気付いて逃げ出せばいいものを、わざわざ乗りかかるとは。

俺は華恋がどういう境遇であろうと気にもならない。

俺は魔王だ、他者の不幸など数えきれんほど作り出してきた。

そういうヤンチャな時代も、今は懐かしいの一言に尽きるが。


華恋の部屋は二階にあり、ギシギシと音を立てて階段を昇る。

途中いくつもの空容器やら酒の空き缶が転がっていたが気にしない。

エウロラも元魔族だ、これしきの事では動じていない様だった。


「ここが私の部屋。ちょっと待っててね、今お茶を入れてくるから」


そう言って華恋が再び一階へと戻る中で、俺とエウロラはいよいよ平静を装う事が難しくなってくる。


「……え、なにここ。座敷牢……?」


「いや……華恋は自分の部屋だと言っていたが、これは……」


広さは四畳程度の狭い和室。

光が殆ど遮られた、木の板が打ち付けられている小窓。

破り尽くされた障子戸。

机と椅子が白のフレンチタイプの物であるからか、異様なギャップが生じている。

なのに裸電球の極々淡いオレンジが部屋を照らし出す。


「おいまさか、誘拐事件が起きているのか!?」


俺の言葉にハッとなったエウロラが、すぐさまスマホを取り出した。


「ちょっ、ヤバいじゃん!!警察に電話しなきゃ——」


「……必要ないわ」


ふと現れたのは、お茶を取りに行った筈の華恋。

だがその手にはお茶を乗せたトレーの代わりに、鈍く光る鋸が握られていた。

ユラっと身体を動かしてこちらへと近づいて来る華恋は、薄暗いこの部屋の照明のせいかイマイチ表情を読み取れない。

俺は何が起きているのかも分からずに、ただその鋸の動きだけを注視する。


「華恋……!貴様は一体、何をしている……!?」


「……何って、決まっているでしょう?今から、——解体するのよ」


「ひっ!!ちょ、え!?マジヤバいって魔王様っ!!」


俺とエウロラは身構える。

冷や汗など最早気にしてもいられない、そんな冷ややかな空気の中で。

華恋の握っている鋸が、頭上に掲げられた。


「まずはそっちから——ねっ!!」


「えっ……」


ガンっ!!とエウロラを狙った華恋の鋸が、その背後の壁に深く刺さった。

俺は思わずその場で呆けてしまい、エウロラはそれに気づくとヘナヘナと座り込む。


「……あ、あんた正気!?本気であたしを殺そうとしてんの!?」


弱々しく文句を吐くも、華恋の耳には入っていない様だった。

華恋は再び手に持っていた鋸を高々と上げて言う。


「あなた、邪魔なのよ……。——消えて」


華恋の鋸が大きく振られる。


「い、いやあぁぁぁああっ!!」


叫ぶエウロラ。

流石に見ていられなくなった俺は華恋の手を掴み、振り下ろされる寸前で止めた。


「おいやめろ!一体どうしたと言うのだ!?」


エウロラを助けるのは不本意だが、殺人など見ていて気分の良いものではない。

俺は何とか華恋の説得に取り掛かろうと試みる。

すると華恋は、平然とした口調でこう言った。


「どうしたもこうしたもないわ。兄が自立したから、隣の部屋を解体するのよ」


「……は??」


俺は一からの説明を要求した。




「つまり隣の部屋とこの部屋を繋げる為に壁を取り払いたかった、と」


「ええ、最初からそう言っているわ」


「いやいや、あんた一言もそんな説明してないから……」


俺たちは落ち着きを取り戻し、出されたお茶を啜っていた。

華恋は俺たちを招いた時から、解体作業を手伝わせる魂胆でいたようだった。


「じゃあさ、あの窓は何?何で木の板が打ち付けられてんの?」


「あれはここに越してきた時からあの状態よ。カーテンを買うのだってお金が掛かるの。節約には丁度いいわ」


「ならばこの洋式の机と椅子は何だ?」


「それは私が欲しくてお金を貯めてようやく買ったものよ。家具を全て揃えるのは、流石に無理だけれど」


真相を一通り聞き終えた俺とエウロラは、同時に天を仰いで安堵のため息を漏らした。


「え、じゃあお父さんが暴力振るうってのは?」


「乱暴だとは言ったけれど、暴力は振られていないわ。お父さん、コンタクト外すとよく躓くのよ。その度に物が散乱するから、そのせいでいつも家が散らかるの」


ここまで散らかるのに、一日何回躓けばいいのか。

そもそも家用に眼鏡を買っておけ、と言おうと思ったが極貧な生活環境にそれは酷か。

いや待てよ、コンタクトよりも眼鏡の方が安くつくのではないだろうか。

それを言おうとした手前で、俺は鋸を華恋から手渡される。


「それじゃあ如月君。男子の腕の見せ所よ」


「……。」


そう言われて俺は壁の解体作業を強いられた。

それは一日では終わらず、三日通ってようやく完遂する大仕事となった——。

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