第10話 臨時生徒会

「生徒会に興味はないかしら?」


「……何?」


放課後。

帰りの支度をしていた俺は、そのタイミングで突然来訪してきた華恋の第一声に疑問の声を上げた。

何やら返答を待っている様に見える華恋に対し、俺はその質問の意図が分からず聞き返す。


「生徒会に興味とは、どういう事だ?」


すると一度思案顔になった華恋は、その質問が意味する経緯を丁寧に語り始める。


「……実は、生徒会のメンバーの殆どが、乱闘騒ぎで停学になってしまって」


「——え、マジっすか!?生徒会が乱闘って、学校的にヤバくないっすか!?」


これにいち早く反応し割り込んで来たのは金髪だ。

華恋は申し訳なさげに話を続ける。


「ええ、私の監督行き不届きだわ。まさか他校生徒と三国志の話で揉め合いになるなんてね。会長を辞退する事も考えたのだけれど、今から選挙を行っていたのでは年間行事にも影響が出てしまうから。だから臨時という形にはなるのだけれど」


ここで俺は理解する。

つまり欲しいのは欠員が出た穴を埋める為の人材であり、興味云々は勧誘目的の質問であったのだと。

それなら話は早い。

俺はそう思い口を開く。


「なるほどな。ならば俺の答えはこうだ。断——」


「はーい!あたしもやるー!」


そう言って何処からともなく現れたのはエウロラだ。

俺はすぐさま距離を取り、様子を伺った。

エウロラはそんな俺を見て笑いながら言う。


「やだなー魔王様、あたしだってしつこいばっかりじゃないよー。ちょっと傷付いちゃうな~、あはは……」


両手を小さく振り、しゅんとした様に言うエウロラ。

だが最早疑心暗鬼しか持たない俺は、その右手に握られている物を指摘する。


「おい、それは一体誰の体操着だ?男物の様に見えるが?」


エウロラはバッ!とそれを後ろに隠したが、何故それで隠せたと思えるのか。

俺は自分の鞄の中に入れていた体操着がなくなっている事を確認する。


「……誰か、警察を——」


「待って!あたしが悪かったから!ちゃんと匂い嗅いだら返すからっ!」


この変態異常者を牢にぶち込んでやりたいと思うのだが、それよりも先に華恋が反応した為、俺は黙る事を余儀なくされた。


「……生徒会長の前で盗みを働くなんて、そんな上級生の方が生徒会に入りたいですって?どうやら脳への栄養は全て、その無駄な脂肪を蓄えている胸に行ってしまっているようね」


「なぁに、羨ましいの?ってか、あたしこう見えて学年二位だから!ごめんね~、スタイルも勉強も完璧で!あんたは脳にも胸にも栄養が行かないで、いったいどこに行っちゃってんの~??」


「私の心配は要らないわ。それよりもその無駄な脂肪の塊、重そうだから剥ぎ取ってあげましょうか?後で美術室の彫像に付け足しておくわ。きっと喜んでくれる男性方がいっぱいいるでしょうね」


「あはっ、やっぱ妬んでるんだ!自分が見てもらえないからって僻むのは言い掛かりだよ~?あんたはあんたで人気あるんだからさ~、その余りにも物足りない小胸を好む少数派の男子とかにね~っ!」


バチバチ!!と電流が光の明滅を見せる、様な錯覚を受けてしまう程2人はバチバチだった。

呆気に取られている金髪を置いて俺はこの場から去ろうとするも、2人に気付かれてしまい何故か矛先までこちらに向けられる。


「如月君はどちら派!?」

「魔王様はどっち派!?」


「お、俺は……」


何なんだ、コイツらの熱量は。

思わず引けを取ってしまった俺は目線を彷徨わせる。

するとそこには小坊主が指を銜えて羨ましそうな顔でこちらを見ていた。

そうじゃない、助けろ、と念を送った甲斐があったのか。

小坊主はこちらへと走り寄って来て2人に物申す。


「おっぱいはサイズじゃありませんよ!!そこに愛があるかどうかなんです!!」


それに対して2人は息ピッタリの返しをする。


「あなたには聞いていないわ」

「あんたには聞いてないから」


「……ですよね」


項垂れる小坊主。

再び詰め寄って来る2人。

俺が思案する中で動いたのは、またもや金髪であった。


「てかさー、本題どっかいってね?生徒会どーすんの?」


その言葉に華恋は弾かれた様な反応を見せ、エウロラはエウロラで一旦俺の体操着と共に姿を消した。

俺は内心で良くやったと、不本意ながら金髪を褒め称えてやった。

無価値の烙印はしばらく外しておいてやる事にした——。




半ば強制的に連れて来られた俺たちは、現在生徒会室にいる。

引継ぎも何も行われていなかったのであろう、段ボールがあちこちで山積みとなっていた。

散乱した書類にファイル。

余程バタバタしていたのか、華恋はそれなりに忙しなかったようだ。


しかし何故魔王であるこの俺がたかが学校の組織に組み込まれなければならんのか。

そんな文句の言葉も出ないのは、最早あの2人のせいだけではなかった。


「紹介するわ。こちら、三年の木島先輩。生徒会副会長をお願いしている方よ」


『やあみんな。木島マッケローニです。よろしく』


「……。」


俺たちは華恋以外、全員もれなく声も出せなかった。

ここは人間の世界ではないのか。

何故小坊主の見合い相手であったヨハン(犬)が一般生徒に混ざっている。


「木島先輩は帰国子女でいらしてね。こう見えて、南米のマルチーズ街道を牛耳っていた大物よ」


『懐かしい事を言うね、会長。まあボク如きでは一本の街道で手一杯だったよ』


街道を牛耳るという事の意味が分からん。

そもそも街道など国の所有物の為、個人が牛耳る必要性がなかろう。

いや個人ではないか、今の奴は個犬だったな。

そんな事を考えていた矢先、間髪入れずに華恋は強引に話を進めてくる。


「では他の子たちの停学が明けるまでの短い期間ではありますが、一応各々仮の役職を付けたいと思います。まずは如月舞人君、あなたには庶務をやってもらいます。次に神山翔太君、あなたには書記を。田中飛虎彦君は会計を。以上です。それでは当面の生徒会の活動内容ですが——」


「ちょっと!あたし言われてないんだけど!?」


進行を遮る形で文句を言ったエウロラ。

それに対して華恋は諦観をあからさまな嘆息で示し、口を開く。


「……あなたが何故ここにいるのか分からないけれど、仕方ないわね。では本町先輩には監査をお願いします。なるべくこの部屋には戻って来ないでくださいね」


「一言余計だっつーの!」


そうして強制的に生徒会へと加入させられた俺は、早速仕事を与えられた。

まずはこの散乱した部屋の掃除だ。

それぞれ持ち場を決めて各々作業に取り掛かる。

と同時に俺はヨハンへと話し掛ける。


「貴様はここで一体何をしている?」


『何って、見ての通り学生を謳歌しているけれど?』


何とも飄々とした発言をするヨハンに対し、俺は何も変わらんなと思った。

姿形は違えども白い犬のマルチーズであろうとも、中身は完全にかつての盟友のままだ。

俺は前世からコイツのこういう所に振り回され、けれど同時に気に入ってもいた。

だからか懐かしさを感じてしまうのは仕方のない事だ。

たまには郷愁に耽るのも悪くないと思いながら、俺は振られた仕事へと移る。

すると廊下の方からバタバタと足音を立てて走って来る者がいた。


「ごめーん!職員会議長引いちゃって!……って、あれ?人数増えた?」


入って早々そんな間の抜けた事を口にしたのは、俺のクラスの担任である眼鏡を掛けただけの女性教師だった。

そんな女性教師は一通り見回した後に俺と目が合い、ビクッとした様子を見せた。


「えっ、如月さん!?あなたが生徒会のお手伝いに来てくれたんですか!?」


何か問題があるのか。

いや問題があるとしたら無能な貴様の方であろう。

そう思う俺であったが、あえてこう言ってやる。


「俺が好き好んで生徒会などに来ると思うか?貴様には俺がそういう人種に見えるのか?いいか無能、生徒会とは本来校風や教養を守り改善していく為の組織だ。そんな所に俺がいるという事はつまり、——改善の余地があるからだろう?」


「……いや、やる気満々じゃないですか……」


己の見極めの未熟さを悟ったか、女性教師はそれ以上何も言ってこなかった。

そうして俺たちは段ボールの開封やらファイルの整理やらを淡々と行っていく。

途中話し掛けに行った金髪がエウロラに軽くあしらわれていたりもしたが、皆それなりに真面目に作業をしていた。

だがここで俺はある事に気付く。


「……ん?いや待て。何故俺はこんなにも素直に働いている?この魔王である俺が、何故人間如きの指示を受けて——」


そんな呟きを遮るようにして、華恋が俺に容赦なく言ってくる。


「如月君、喋っていないで手を動かして」


「……。」


俺は仕方なくそれに従って手を動かした。

まあ魔王である俺をこき使うのだ、それなりの対価が発生するのだろう。

小坊主の時ほどの収入は期待していないが、それも仕方ないかと。

俺は自分でもしっくりこない思考と、言われた事に逆らえない本能が入り混じったような感覚を覚えながら、残りの作業に取り掛かるのであった——。

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