第9話 異常愛者、襲来

——あたしには好きな人がいる。

ずっとずっと昔から大好きな人が。

愛してやまないその人を見かけただけで、血肉が湧き立ち胸が踊り狂うような感覚になる。

でも、もう二度と会う事は出来ない。

だってその人とは死別したから。

少なくとも今日まではずっとあの人を思い返していて、同時に諦めていた。

けれど。


「——見つけた……」


身体が再び血肉を湧き立たせる。

今日はあたしにとって最高の、記念日となった——。




昼休み。

平和ボケしたこの世界では、平和ボケした人間どもが各々呑気に過ごしている。

何とも腑抜けた連中だと思いながら、俺は今校舎の中庭のベンチでくつろいでいた。

昼食を済ませ、特にやる事もないので大抵はここに1人で過ごしている。

のだが、今日はやたら賑やかであった。


「えー!生徒会長って二年生だったんすか!?俺てっきり三年かと思ってましたよ!」


「私の場合、運が良かったのね。一年生で立候補して当選するのって、この学校では珍しいみたいだから」


「僕、後期の選挙も絶対に柊生徒会長に投票しますよ!」


ベンチの反対側では3人の男女が話声を上げていた。

金髪ピアスに華恋、ついでに小坊主もだ。

何故このメンツが揃っているのか、それは俺にも分からない。

気づいたら1人また1人と現れたのだ。

俺の癒しの場を踏み荒らす、野蛮な奴らだまったく。

だが俺はまず一番放っておけない金髪に文句を言う事にする。


「おい、貴様はピンク髪とつるんでいたであろう。奴の元へ帰れ」


俺が金髪にそう言うと、金髪は申し訳なさげに口を開く。


「あの時は本当に悪かった!生徒会長も!……アイツとはもう関わるのやめたよ、ほんとに酷い奴だった。だから2人とも、マジでごめんなさい!……今日はそれを言いに来たんだ」


そう謝ってきた金髪に華恋が言う。


「謝罪、受け取るわ。私もね、あなたはあんなのと関わるべきではないと思っていたの。むしろそれが聞けて良かったわ」


「……生徒会長」


金髪が涙目になって華恋を見つめ、華恋も先輩として優しい眼差しを向けている。

その光景に何だか俺としては腹が立たなくもないが、まあ金髪の誠心誠意の謝罪に目を瞑ってやろう。

何だかんだ俺は懐が広いからな。


「如月君?あなたもそれでいいかしら?」


華恋がそんな事を言ってくるも、俺としてはもうどうでもいい話だ。

そもそも金髪に敵意があろうがなかろうが、俺にとっては有象無象でしかない。


「別に、俺はどうだって——」


「ま・お・う・さ・まー!あはっ、みぃつけた!」


突然後ろから何者かによって羽交い絞めにされたように感じた俺は、勢いよく振り向く。

目の前にあったのは大きな胸。

そこから目線を上げると、緑髪に俺と同じ赤いメッシュを入れたお団子頭の女生徒の姿があった。


「なっ!貴様は!?」


俺が見間違う筈もない。

その者はかつての俺の配下『グリモア教典』“第四の書”を担っていた、地の魔術を司る「異常愛者」。


「エウロラ・フレスベール!貴様が何故ここに!?」


「やっぱ運命だったんだねっ!あたしと魔王様はもう結ばれてるとしか思えないよ!」


そう言ってエウロラがきつく抱きついて来る。

俺はそれを振り解こうとするも、何処からこんな力が出るのか。

中々に引き剝がせないでいた。


「お、おい離せ!貴様ら、誰かコイツを——」


そう言って俺は目を疑った。

華恋からとても冷ややかで鋭い視線を感じたからだ。

いったい何だというのだコイツらは。

一方は暑苦しい事この上ないというのに、もう一方は氷のように冷たいのだ。

それはもう、この魔王である俺が気圧されてしまいそうになる程に。


「……あなた、三年の本町萌音(もとまちもね)先輩ですね?如月君が困っているので離して頂けないでしょうか?」


「へぇ、あたしの事知ってんだ。さすが生徒会長だね!ううん、違うか。ね?勇者さ——」


その瞬間、喋っている途中のエウロラを華恋が突き飛ばした。

流石の展開にたじろいだエウロラに対し、華恋がそのまま校舎の壁際まで追い詰める。

ドンッ!と音を立てて壁を叩く様は、文字通り壁ドンの構図を作り出した。


(私が勇者だって事、彼には言わないで!)


(……はぁ?あんたの顔見て魔王様が気づかない訳ないでしょ?いくら魔王様がちょっとアレだからって……。え、マジ??)


何やらこちらには聞こえないようにやり取りをしているようだ。

まったく女というものは、面倒事が多いな。


(あはっ、良いこと聞いちゃった!何であんたが知られたくないのか知らないけど、昔からあんたが邪魔だったのよ。魔王様はあんたの事しか見てなかったし)


(……?一体あなたは何の話を——)


話が終わったのか、エウロラがこちらに向かって走り寄って来た。


「魔王様―!久しぶりにチューしてくださ——ぶふっ」


俺は近づいてきた顔面汚物を仕方なく右手で抑えた。

エウロラの左頬から口元まで、潰れるように歪んで見える。

手のひらが汚れてしまったではないかまったく。


「ああ~!これはこれで、ご褒美~!」


「……はぁ」


前世からこのやり取りを繰り返していた俺は、今世ではようやく解放されたと思っていたのに。

まさかヨハンだけでなく、よりにもよってこの女までこちらに転生していたとは。


そんな中で、1人様子がおかしい奴がいた。

金髪だ。


「……やべえ。俺、一目惚れしちまった……」


何やら胸に手を当てて呟いたと思ったら、金髪はこちらに駆け出してくる。

そして未だ顔を歪ませて喜んでいるエウロラに言うのだ。


「も、萌音先輩!!俺、あなたに惚れました!!俺と付き合ってください!!」


突然の告白に場がシーンと静まり返る。

けれどエウロラは大した素振りも見せずに返す。


「えー?ごめーん、あたしこの人を愛してるから。ね?魔王様っ!」


「俺に近づくな」


エウロラをあしらうもキリがなく向かってくるのだから鬱陶しくて堪らん。

一方の金髪は意気消沈、するかと思いきやへこたれてなどいなかった。


「俺、諦めませんから!!如月が好きだと言うなら、俺は如月以上の男になって見せます!!」


「うーん、無理じゃね?あはーん、魔王様~!」


決意表明をした金髪を切り捨て、エウロラは俺にしがみ付こうとしてくる。

最早限界に達した俺は、思わず大声を上げてしまう。


「ええい鬱陶しい!俺を挟んで言葉を交わすな!!」


そんなやり取りの中で動いたのは先ほどからずっと氷の視線を放ってくる華恋ではなく、小坊主であった。


「……あんたも罪なお人だね、魔王様!」


キラーン!としたウィンクを見せる小坊主に、俺はとうとうキレた。

小坊主の頭を掴んでこう言ってやる。


「貴様から血祭りにしてやろう。まずはその閉じた片目を一生開けなくしてやる」


「……すみません、でした……」


ガクガクと震えながら下を向く小坊主の声を最後に、この場が地獄絵図に染まる。

そんなイメージを思い描いて精一杯、気持ちを落ち着かせるのであった——。

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