第7話 小坊主の相談

私立卿皇学園高等学校。

偏差値60のまあまあ校である。

何故俺がこの学校を選んだか、それは食堂があったからだ。

勿論それだけではない、家が近いのもあるからだ。


だがその実、授業というものは基本的に退屈でしかない。

勉学を疎かにしていないとはいえ、興味のない分野まで何故学ばねばならんのか。

始めから1つに絞って集中してやった方がよっぽど効率的だろう。

何せ就職とはその業界での専門分野になるのだから。

将来何をするか決めかねるのであれば、それこそ選択制を特化させてしまえばいい。

半ば強制的に絞らせて、気が変われば別の選択を取ればいいではないかと。

魔王である俺はそこまで考えて、けれど考える事に意味がない事を悟る。

たかだかいち生徒の意見が日本の教育方針の根幹に触れるなど思っていないからだ。

だから俺は諦めて今日も授業へと意識を戻す。


「……あの、如月さん?机の上に座ってはいけませんよ……?」


この眼鏡の女性教師は相変わらず頭が固い。

椅子に座るのはよくて何故机はいけないのか。

用途は使用者の自由であるべきだ。

柔軟性を欠いた教師に今日も俺は言ってやる。


「貴様の頭の中に詰まってるのは何だ?ただの味噌なのか?何故俺が椅子ではなく机の上に座っているのか。それは一体、——何故だ?」


「……え!?私が聞かれたの!?……あの、こっちが聞きたいんですけど……」


自分で回答も導き出せない無能な教師は、その凝り固まった思考を恥じたのだろう。

素直に授業へと戻った。

そんな中で俺の前の席に座る小坊主がこちらに振り向いて来る。


「あの、如月君。実は、相談があるんだけど……」


小声でそう言ってきた小坊主に対し、俺はこう享受してやる。


「如月君ではない、魔王様だ」


「……はい、魔王様」


教えを素直に聞き、訂正してきた小坊主。

ふむ、中々見所があるではないか。




授業が終わって昼休み、俺は今日も食堂へと赴く為足早に廊下に出る。


「あ、待って如月く……魔王様!」


俺に合わせてついて来たのは小坊主だ。

そう言えば先ほど相談がどうとか言っていたな。

俺は仕方なく食堂へ向かうのに同行を許可した。


いつも通り食券を買って婆に手渡し、商品を受け取る。

今日はこの学校の名物、黒チャーハンだ。

ここの黒チャーハンはそこそこ美味い。

なので醤油ラーメンと黒チャーハンを毎回交互に頼んでいる。


「お兄ちゃん、ラーメンスープサービスしといたよ!いつもありがとうね!」


「……ふん、余計なお世話だ」


俺はいつものセリフを残して窓際の席へと向かう。

小坊主も対面する形で同じテーブルについた。


「何だ、貴様は注文しないのか?」


「あ、はい。僕お弁当持ってきてるから」


そう言って取り出したのは、三段重の箱。

昔祖父母の家で見た、正月におせち料理を入れるようなやつだ。


「貴様はそんな体格でフードファイター志望だったのか?そのような学科など、この学校にはない筈だが」


「フードファイトに学科は、多分必要ないね……。そうじゃなくて、メイドに持たされるんですよ。こんなに食べきれないって言ってるんですけどね」


メイド。

それは懐かしき響きの言葉。

前世では必ず配下に世話をさせていた。

特にドラゴンと魔族のハーフ、ドラゴデーモンのメイド「ジルコスタ」。

彼女は有能なメイドであった。

けれど次に思い出したのは、あの厄介な女。

地の魔術を司る「異常愛者」——。


「……ん?待て。貴様の家にはメイドがいるのか?」


俺はふと浮かんだ疑問を口にしていた。

この世界にもそんな者たちが存在するのか?と。

すると小坊主は恥ずかしがるような素振りで返答する。


「は、はい……。実は僕んち、財閥で。それも割と統括する地位にいまして……」


「馬鹿、な……」


俺は信じられない気持ちで一杯になった。

小坊主がこの国の頂点に君臨する種族だと?ならば元いた世界での俺と同種、いやまさかそれ以上だとでもいうのか!?


「貴様、名を何と言う!?」


「え!?あ、そっか。まだ名乗っていませんでしたね。田中飛虎彦(たなかひこひこ)と言います。こう見えて田中財閥の跡取りでして……」


何故いちいち恥ずかしがるのか、全く理解が出来ん。

ハァーっと嘆息を挟んで俺は落ち着きを取り戻し、小坊主に本題を促す。


「それで、相談とは何だ?まさかまだ金が欲しいのか?」


「いえ、そうじゃなくて。……実は、両親に見合いを勧められてまして。その相手が有名財閥の跡取りなんですけど、その……。タイプじゃないというか」


この小坊主は何を言っているのだ?金持ち同士の見合いに対して一体俺に何をしろと?

自慢話にしか聞こえてこない俺は黒チャーハンを口にかきこみ立ち上がる。

ちゃんとラーメンスープも飲み干して。

そんな踵を返す俺に小坊主が泣きついて来た。


「ち、違うんです!これを見てください!そうすれば僕の言ってる事が分かりますから!」


そう言って見せて来たのはスマホ画面。

何らかの画像を見せようとしているのか、仕方なく俺はそれを覗き込む。


「はぁ。一体何だと言うのか——これは……」


そこに写っていたのは見合い相手の写真。

だがその人物は最早、人物ではなかった。


「そうなんです!人間じゃなくて“犬”なんですよ!ここの財閥の人たち、ちょっと頭がおかしくて!自分たちに子供が授からないからって溺愛する犬を跡取りにしてるんですよ!」


何を言っているのかさっぱり分からんが、ここでは最もな事を言うべきだと俺は考える。


「貴様の家が統括しているのだろう?ならばそんなもの認めなければいいではないか」


「それが、今の時代は多様性が大事だとか言ってうちも反対しないんです!みんな頭がおかしいんですよ!お願いです、助けてください!」


縋りついて来る小坊主にうんざりするが仕方ない、この俺を魔王と敬う数少ない逸材だ。

なので俺は放課後、顔合わせがあると言うので小坊主の家へと付き合うのであった——。

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