第6話 魔王の追想

「何だったんだ、あの女は」


華恋というまだ知り合ったばかりの彼女はいったいこの教室に何をしに来たのか、俺はさっぱり分からずにその後姿を見送った。

前世の勇者に似た姿の彼女。

カレン・ローライトと同じ発音の名を持つ柊華恋。


正直に言うと。

俺が前世で勇者に負けたのは、わざとだ。

と言うよりも彼女を殺す事が出来なかった。

その理由は、まあ自分の事だ。

それなりに理解はしている。


俺が魔王になって間もない頃、暇つぶしに人間の住む国へと出向いた事がある。

当時はまだ魔王になり立てで誰も俺の顔を認知していなかった事もあり、俺は堂々と入国したのだ。

それがたまたま勇者の生まれ育った国『白銀の国ロレイヌ』。

辺り一面銀世界の雪国で、魔国インヴェルーグから最も近い人間の国である。


何の気なしに観光をしていた時、偶然出会ってしまった。

後に勇者と称される彼女、カレン・ローライトに。

カレンは孤児だった為、ローライトと言う位の高い貴族に引き取られていた。

それを知ったのは少し後の話になるが、最初に出会ったこの場面ではカレンはまだ4歳の少女であり、貴族の子供たちに混ざって玉遊びなどをしていた。

けれど境遇は酷いものだった。

貴族の子供たちはまるで奴隷と接しているかのような扱いをし、カレンは常に暴力的な行為や言動を必死に耐えているように俺には見えた。

まあ低俗な人間など所詮こんなものだろうとこの時はそう思っただけだったのだが、カレンは俺を見るなりこちらへと走り寄って来てこう言ったのだ。


『間違えてたらごめんなさい。あなたは、まぞくの方ですか?』と。


俺は完璧に魔力を抑えてこの場に来ていたというのに、この少女だけがそれを見破った。

驚いた俺はすぐに気づく。

この少女が聖なる加護を受けている事に。

魔王である俺とは対照的な、神に祝福されし者。

後に脅威となるであろう存在。

だが俺の中に殺意は全く芽生えなかった。


思ったのはただ1つ、神の寵愛を受けているにも関わらずこの有様は何なのか、と。

だから俺はこの少女を力づくで奪い自国に連れ去ってしまおうか悩んだ。

けれど結局それはせず、その代わり人間との敵対関係に修復を促す為働きかけた。

魔族たちにはなるべく人間と争わぬよう命令し、俺自身もちょくちょくロレイヌに行ってはカレンの様子を見守る。

ローライトの連中が酷い扱いをするのであれば、裏で脅しをかけて回った。


そんな事を繰り返している間に月日は流れ、やがてカレンはその力が世に見い出されて勇者の称号を賜る。

そうなればもう心配する必要もないというものだ。

けれど俺の安心を他所に世界は動き、起きてしまったのは人類対魔族の最終決戦。

魔国へ攻めて来た人間どもに配下が次々と打たれていくのを黙って見ていられる筈もなく、俺もその流れに乗せられるようにして戦いに引きずり込まれた。

それが前世の、こことは異なる世界で起きた出来事だ。


勇者に討たれた事に悔いはない。

ただ1つ思い残した事があるならば。

もしも今世でも出会えたのなら俺は、きっと伝えなければならない事がある。

それを伝えたいと思うと同時に、彼女は勇者とは無関係なのだと。

そう言い聞かせながら俺は学校から帰宅するのであった——。




「おい源十郎」


趣のある庭が見渡せるいつもの縁側で、俺は第一声にその者の名を呼ぶ。

何故それが癇に障ったのか、源十郎は竹刀を取り出してこちらに振り上げてきた。


「ワシは颯真じゃ!お主は人の名を覚えられん病気にでも掛かっておるのか!じゃったらワシが病院送りにしてやるわ!!」


全くこの爺は何を言っているのか、ちゃんと名前で呼んだではないか。

俺はこの阿呆な爺の形相を無視して続ける。


「学校で出会いがあった。生徒会長を担う女だ」


「……ほ?今、何と?」


人の話をろくに聞かない爺に俺は一喝する。


「だから出会いがあったと言っているのだ!貴様がほざいたのであろう、他人と関われと!」


途端、爺の怒りの形相がニヤニヤとした顔つきに変わっていく。

俺はやはり言うべきではなかったかと思うも、一応は出された茶を啜って爺の言葉を待った。


「何じゃお主、中々やりおるのう。どんな女子じゃ?生徒会長と言うからには、眼鏡を掛けた地味そうな娘か?」


「貴様は生徒会長を何だと思っている?古の時代とはもう違うのだ。今は勉学よりもリーダー性を問われる。つまり……まあ、何だ。そこそこの外見ではあろうな。魔王であるこの俺が関わっているのだ。それくらいの美的要素とカリスマ性は必要不可欠であろう。……ん?何だ、その目は?」


爺の何か言いたそうなニヤニヤ顔に、俺はだんだん不愉快な感覚になってきた。


「今日はよーく喋るのう?ほっほっほ、まあ良き事ではないか」


「……ふん、貴様を喜ばせに来たのではない。茶を飲みに立ち寄っただけだ」


湯呑を一気に傾けてグイっと飲み干す。

実際ここで出される茶は美味いし、良い物を使っているのだろう。

俺はその場で立ち上がり、源十郎に背を向けて言う。


「貴様もたまには老人会に顔を出せ。爺は爺らしくな」


「ふん!それこそ余計なお世話じゃ!」


人の事はさんざん言っておいて自分の事になるとこれだ、まったく老人という者は。

だがそれなりに付き合いの長いこの爺が、そう言うだろうと分かっていた俺もまた。

既にこの世界に、人間に毒され始めているのかもしれないなと、ふと思いながら帰宅するのであった——。

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