第4話 ファーストコンタクト

高校に通い始めて二週間が経った。

が、俺は相も変わらず下校後には源十郎の所へ行っている。

別に暇な訳ではない。

これでも学校の勉強はそれなりにやっているし、宿題だって欠かしていない。

魔王である俺が何故勉学に励むのか、それは将来を見据えての事だ。


暴力で支配できない世界であるならば財力で支配してしまえばいい。

その為にはまずそれなりの学校に進みそれなりの企業に就職する。

その上で財力を蓄え、いずれは世界規模での活動を視野に入れているのだ。

具体的にはどうするのかって?俺は魔王だ、基盤さえ築いておけば金の方から自然とやって来るというもの。


そもそも将来何をするのかは今考える事ではない。

流れは常に移り変わるのだ。

その時目の前に現れたチャンスを掴む準備さえしておけばいい。

夢は追う事に意味があるのではなく掴むことに意味がある。

結果主義の俺にはそういうスタンスが丁度いいのだ。


「舞人よ。お主はもう少し、他人と関わった方がよい」


今俺が居るのは道場ではなく、源十郎の家の縁側に座っている。

隣で呑気に茶を啜っていた源十郎がいきなりそんな事を言ってきた。

俺は今更何を言い出すのかと嘆息し、源十郎に諭すように言ってやる。


「貴様は阿呆か。魔王である俺が何故人間如きと関わらねばならん。ボケたか爺」


「何じゃと!?」


源十郎はこめかみに筋を浮かべてこちらに強い視線を送って来るが、知った事か。

寝ぼけた事を言ったのは源十郎の方だ、ならば正当性は俺にある。

けれど落ち着きを取り戻した源十郎は、俺の言葉を聞いていなかったかのように続けてくる。


「魔王だろうが何だろうが、今のお主に必要なのは他人の考え方じゃ。それこそワシではなく、同年代の若い思想じゃな」


同年代だと?あんなつまらんガキどもの思想に何の価値がある。

俺は大層気分を害した為、スッと立ち上がり源十郎家を後にする。

その去り際で源十郎が訳の分からぬ事を呟いていた。


「お主もいずれは、誰かと恋に落ちるじゃろうて。ほっほっほ」


全くつまらん時間を費やしたと思い、俺は自宅のマンションへと帰るのであった——。




あれから一週間が過ぎた。

俺は1-Bのクラスにも大分慣れてきており、いつものように授業を受ける。

のだが俺の高貴なオーラにあてられたのか、眼鏡を掛けた女性教師が恐る恐る言ってくる。


「……あの、如月さん?机の上に足を乗せてはいけませんよ……?」


この教師は相当頭が悪いようだ。

そんな事は生徒手帳の規則に表記されていない。

校則上違反ではないのだから、いけない訳がないではないか。

だが俺はあえてこう言ってやる。


「貴様の目は節穴か?机の上に乗せているのは足ではない、矜持だ。貴様は俺の自尊心すらも否定するつもりか?」


「……そういうことじゃなくて……」


歯切れの悪い教師はようやく自分の間違いを認めたのか、そのまま授業へと戻った。


俺はあれから源十郎の所に一度も行っていない。

前回の発言が大変気に入らなかったからだ。

今更どうして他人の言う事を聞く必要がある。

俺の存在を先に否定したのは人間の方ではないか。

ならば最早相容れる事などないし必要もないと、俺はそう自分に言い聞かせていた。


どうしたって信頼できる配下がいたのも、全ての魔族の頂点に君臨していたのも、過去の栄光。

それに縋って生きるほど俺は軟弱ではない。

1人でだって生き抜いて見せる。

そう決意を改め、俺は昼休みのチャイムと同時に食堂へと向かった。




食堂で食券を購入し、いつもの婆にそれを渡す。

婆は手慣れた様子でいつもの醤油ラーメンをお盆に乗せてくる。


「お兄ちゃん、チャーシューサービスしといたよ!いつも残さず食べてくれてありがとうね!」


「……ふん、余計なお世話だ」


快活な婆に対して俺はそう言い残し、いつもの窓際の一番端の席に座る。

割り箸を大雑把に割り、ラーメンを啜る。

特別美味い訳ではないのだが、人の作った物がついつい美味く感じる。

いつも自分で用意する物しか食べていないからか、何だか無性に他人の料理が食べたくなるのだ。

だから学校のある平日は毎日ここで昼食を済ます。


ここまでは特段代わり映えのない日常。

だが目の前に座って来たこの人物によって、その日常が少しだけ変化する。


「——相席、失礼するわ」


対面する形で席に着いたのは淡い茶色のウェーブ掛かったロングヘア―に、生徒会の証である腕章をつけた人物。

以前廊下ですれ違った、見覚えのある女生徒であった。


「ごめんなさいね、今日はとても混んでいるから」


「あ、ああ。別に構わんが」


俺はこの人物を知っている、前世の記憶にハッキリとある。

だが他人のそら似と言うだけかもしれない。

なのでここではそこに触れないよう、ラーメンを啜る事に集中する。


「くすっ。あなた、一年生?随分と美味しそうに食べるのね」


女生徒はこちらに穏やかな視線を向けてそう言ってきた。

女生徒の方は日替わり定食だったか、豆腐ハンバーグに野菜サラダと白米に味噌汁がお盆に乗っていた。

健康食思考かと思い、俺は辺り障りない言葉を選ぶ。


「貴様はラーメンを食べるタイプには見えんな。人生を損している事に気付きもしない、哀れな女だ」


「いいえ、食べるわよ?ラーメンも焼肉も、牛丼屋だって1人で行ったりするもの」


「何だと!?」


衝撃を受けた。

この女生徒の意外性もそうなのだが、1人で牛丼屋など俺でさえまだ達成していないミッションだ。

それをこの女生徒は軽々と、何でもないかのように言ってきた。

凄まじい衝撃に脳が揺れる感覚を覚える。


「誰にも言わないでね?生徒会長が下校時にこっそり寄り道なんて、あまり良い印象ではないでしょうから」


「……安心しろ。言うべき相手が俺にはいない。だから情報が漏れる事もない」


そう言って俺は再びラーメンを啜る。


話してみて分かったが、この女生徒はあの勇者とは関係ない。

見た目は近しいものがあるが、あの高圧的で神秘的な雰囲気が感じられなかった。

なので俺はさっさと食べ終えて席を立つ。

しっかりとスープまで飲み干して。

すると女生徒は何を考えているのか、こちらに向けてスマホを差し出してきた。


「良かったら連絡先を交換しない?」


「……何故だ?」


俺の問いに女生徒は少しの考える素振りを見せて言う。


「どうして、かしらね。何となく、が理由ではいけない?」


「……別に、構わんが」


何故だか俺も断る理由を見つけられず、それに従ってスマホを取り出した。

いつもなら簡単に切り捨てられる筈なのにどうしてか。

ピロン!とメッセージアプリの通知音が鳴る。

実際両親以外初めての連絡先の登録であった。

俺はそれをマジマジと見つめてしまう。

『柊華恋』(ひいらぎかれん)、それがこの女生徒の名前のようだ。

たった今出会った人間と連絡先を交換した事に、或いはそれを素直に受けた自分自身に不思議な感情が湧いてくる。

それが何かは分からないが、この女生徒には特別な何かを感じていた。

すると女生徒も確認し終えたのか、こちらに声を掛けてくる。


「如月舞人。そう、それがあなたの名前ね」


そう言って華恋と言う女生徒が立ち上がり、別れの挨拶をする。


「それじゃあ如月君、またお会いしましょう。私はこれから、——ご飯をお代わりしに行くわ」


やけに多く盛られていたご飯を平らげた上にお代わりとは。


「……ふっ、追い飯か。悪くない」


見所があるではないかと俺は思い、その生徒会長はササっと婆の方へと向かって行った。

対する俺は今夜の献立をどうするか考えるのであった——。

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