第3話 小笠原源十郎という人物


俺が如月舞人としてこの世界に産まれ、それから5年が経った頃。

5歳である俺は両親に頼み込んで剣術を習う事にした。

魔術どころかろくな武器も手に入らないこの世界において、戦う術を付けるならこれが一番効率的だと考えたからだ。


この平和な時代において果たして戦う術が必要なのか、それは誰にも分からない。

いざと言う時が来るかもしれないし、来ないかもしれない。

だが俺は来るという答えを出した。

直感がそう告げたのだ。

なので今日も今日とて幼稚園の帰りに剣道場へと赴く。


老朽化が進み、広さもそこまではない廃れた道場に着いて早々、靴を脱いで素足になり、挨拶は省くが道着にはちゃんと着替える。

そうして一本竹刀を持ち出してこの道場の主、小笠原源十郎(おがさわらげんじゅうろう)の元へと向かう。


何故こんな古びれた道場を選んだかと言うと、この源十郎が凄腕の爺であるからだ。

流派などはよく分からんが少なくとも、5歳児の身体の俺では到底勝てないのが現状である。

この魔王である俺に敗北を味あわせた、この世界では初めての実力の持ち主であった。

巷では「剣道の神様」などと呼ばれたりもしている。

よりにもよって神を語るとは、許せん。


こちらに気付いた源十郎がゆっくりと立ち上がり竹刀を手に持つ。

俺は鬼気迫る表情で一言だけ吐き捨て、竹刀を源十郎目掛けて思いっきり振るう。


「——死ねっ!!」


するとその一打は簡単に弾かれ、代わりに源十郎の竹刀がぺシン!と音を立てて俺の頭を強く打った。

俺は打たれた頭頂部を擦りながら源十郎を睨みつける。


「来て早々師範に向かって死ねとは何じゃ。いい加減お主は礼儀作法を学びなさい」


「貴様もな」


「何じゃと!?」


この爺はだいぶ短気なのだ。

これしきの事で怒った源十郎はすぐさま竹刀を力いっぱい振り上げてくるが、すぐに他の門下生たちによって止められる。


「くっ!まったく、お主はどうしてそこまで生意気を言うんじゃ。そんなでは良き大人になれんぞ?」


「貴様がな」


「何じゃと!?」


再び門下生たちに止められる源十郎。

哀れな爺だと、俺は内心で吐き捨てた。


けれど門下生たちも庇ってばかりはくれない。

陰でさんざん言われているのは知っている。

だが5歳児の俺よりも弱い有象無象に何を言われた所で、俺は動じなどしない。

もう既に固く心に決めているのだ。

誰も俺が魔王だと信じないのであれば、俺だって誰も信じてやるものか。


そう、それでいいのだ——。




現在。

俺は高校に上がってもこの道場に通っていた。


「何じゃ舞人。高校生にもなって友一人作れんのか」


学校の帰りに立ち寄った道場で、源十郎は1人竹刀を磨きながら俺にそう言ってきた。

源十郎は相変わらず人を逆撫でするのが好きだ。

だが俺は友人が欲しい訳ではないので言い返してやる。


「貴様もな。門下生一人作れん無能が」


「何じゃと!?」


あれから十年が過ぎ、門下生たちは皆卒業して残ったのは俺だけとなっていた。

源十郎も別に稼ぎが目的でやっている訳ではないので死活問題ではないのだが、何とも余計に殺風景な道場となったのだ。

老朽化も更に進み、人もろくにいないのであれば建物など廃れる一方だ。

リフォームの必要性を説いた事もあったが、素直に言う事を聞くたまではない。

頑として首を縦には振らなかった。


それでも俺がここに通い続けるのは、何も源十郎が可哀そうだとかそんな陳腐な理由ではない。

ただ単に、まだこの源十郎から勝利を収めていないからだ。

なので今日も今日とて稽古試合を挑む為、竹刀を一本持ち出し駆け出す。

瞬間、強烈な一打を見舞うもそれが見事に弾かれた。

そのまま次の打ち込みに身構えるも、けれど何故か今日の源十郎はいつもと様子が違った。


「……舞人よ。もうよいのじゃぞ?」


「何がだ?」


竹刀を構えたままの俺に突然そんな事を言ってくる。

言葉の意味が分からない俺に源十郎は続ける。


「お主が力を加減しているのは分かっておる。伊達に師範を続けてはおらん」


「……ふっ、何を言っている?この俺が手加減などする訳がなかろう。ボケるな爺」


何を言い出すのかと思えば、実にくだらん話だ。

俺はそれに対してこれ以上反応せずに竹刀を振るう。


すると源十郎が竹刀を下ろしてしまった。

全く今日は何だというのか、俺は源十郎に苛立ちを込めて言う。


「何をしている!貴様にはプライドがないのか!?戦意喪失など許さんぞ!」


すると源十郎はどこか遠い目をしてポツポツと喋り出す。


「……実はな、この道場を畳もうと思っておるのじゃ。門下生はお主1人だけしかおらんし、そのお主にももう教えられる事はない。まあ礼儀作法は2歳児未満じゃが、お主は聞く耳持たんしのう」


「……。」


そうか。

源十郎ももういい歳だし、余生を楽しみたい年頃だろう。

とうとう俺の恐ろしいまでの才能にも気づいてしまったようだしな。

まあ魔王なのだから当然なのだが。

ならば仕方なかろう、源十郎がそうしたいのであればそうするといい。

俺には止める意思もない。

けれど。


「貴様は早くに妻と子を亡くしている。だからといって俺は貴様を憐れんでいた訳ではない。ただ、何だ。貴様くらいの年代の方が話をしていて楽なのだ。俺の魂は100まで生きた魔王のままだからな」


異世界でも俺は短命の魔王だった。

歴代魔王の中でも100年は短い方だろう。

だが勇者に討たれてしまったのだから仕方がない。


それはさておき俺は源十郎に対して、この時初めて自分が魔王である事を告げた。

どうせ源十郎だろうと信じはせんのだろうが、まあ最後くらい真実を明かしてやってもいいだろう。

そんな心情のまま続ける。


「だから俺は貴様の意思を尊重してやる。これは今までの感謝の意でもある。有り難く思え、魔王の俺がこう言っているのだからな。では——達者でな、源十郎」


そう言って俺は源十郎に背を向けて道場を後にしようとした。

けれど急に、背後から竹刀がこちら目掛けて勢いよく飛んできた。

俺は間一髪でそれを避け、恐らく投げて来たであろう源十郎の方へ文句と共に振り返る。


「何をする源十郎!今いい具合に収めた所であっただろうが!」


すると源十郎は鬼気迫る顔をしてこう言い放つのだ。


「ワシは源十郎と言う名ではない!颯真(そうま)じゃ!小笠原颯真じゃと何度言えば分かる!!」


何を言い出すのかと思えば、実にくだらん話だ。

だから俺はあえてこう言ってやる。


「寝言は寝て言え。その上で鏡をよく見ろ。貴様が颯真か源十郎か、自ずと答えは出る」


そうして源十郎は1枚のカードを取り出してこう言うのだった。


「よいか舞人よ。これがマイナンバーカードという、ワシの存在証明書じゃ」


と——。

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