第2話 根菜剣


俺は如月舞人、魔王である。

正確に言うと前世では魔王であった、これが正しいのだが納得はしていない。

記憶を持っている以上、俺は魔王と言う自我がある訳だ。

つまり0歳から如月舞人であると同時に、心は魔王である。

この世界の人間がいくら納得しなかろうが、何の証明も出来なかろうがそれは確固たる事実なのだ。

母は産んだことを後悔し、父は見損なった様な態度を取ろうとも関係ない。

もう一度言おう、俺は魔王である。

そう、例え元いた世界に居なくても、だ——。


「……中々見つからんものだな」


小坊主と分かれて暫く、俺は自分の教室を探しているのだが一向にそれらしき場所に行き着かない。

探していれば自ずと見つけられると思っていた為に、だんだんと心の中で不可解さが如実に現れてくる。

この魔王である俺の教室だ、さぞ豪華に施されているに違いない。

ならばすぐに目についてもおかしくはない筈なのだ。


不思議に思うも埒があかないので他の生徒に聞いてみる事にした。

廊下でたまたま目に留まった、金髪でピアスを付けた男子生徒に声を掛ける。


「おい貴様、魔王専用クラスは何処だ?」


「は?何言ってんのお前?」


とぼけた顔でとぼけた事を抜かす男子生徒は、こちらの意図した回答を示さない。

ここでいよいよ俺の中に迷いが生じ始める。

そう、これまでもなかったのだ。

小学校にしても中学校にしても、俺の通っていた学校は全て普通のクラスしか。

もしかすると、まさか高校に上がってまでもないと言うのか。

俺に相応しい教室が。


「てかお前、さっき堂々と遅刻して来た奴だろ?もう有名人だぜ?あ、ちなみにお前のクラス多分ここな。さっき先生が文句言ってたからさ、自分のクラスに厄介な生徒が来たって」


男子生徒はそう言ってこの廊下から真隣の教室を指さす。

残酷にもその扉の上のルームプレートは、1-Bを表記していた。


「……なるほど、やはりこの学校もか。仕方ない」


やむを得ず俺はその事実を受け入れる事にする。

ここで立ち止まっていてもしょうがない。

相応しい対応を得られないのであれば、こちらもそれに相応しい対応をするまで。

そう割り切った俺に金髪の男子生徒が続ける。


「なあ、お前面白いから友達になろうぜ!俺は神山翔太(かみやましょうた)!お前、名前は?」


爽やかにそう言ってきた男子生徒。

なるほど、ここで手駒を増やしておくのも悪くはない。

俺は含んだ笑みを浮かべてこう返す。


「ふっ、阿呆が。俺の名前を知りたければ、まずは貴様から名を名乗れ」


「え……?いや、言ったんだけど……」


そうぼやくだけで名乗りもしない男子生徒に、俺は無価値の烙印を押した。

この世界に有能な奴はいないのか。

呆れを通り越した俺はそのまま金髪を置き去りに教室へと入っていく。


黒板には既に席が指定されており、俺は素直に名前の書いてある席へと向かった。

窓際の一番後ろの席だ。

すると俺の前の席には先ほどの小坊主が座っているではないか。

けれど小坊主は俺に気付くとサッと目を逸らし、こちらが見えないよう首を横に向ける。

俺はその動作がとても気に食わなかった。

だから右手で小坊主の頭を掴むと、そのままこちらに顔を向かせてこう言う。


「おい小坊主、魔王への挨拶は首を左に向けるんじゃない。方向は常に、——下だ」


「……す、すみません」


今にも泣き出しそうな小坊主から手を離し、俺はその後ろの席に座る。

やれやれ、今日はやたらと他人に教えを説く日だな。

入学早々少しばかり下民に付き合い過ぎたなと思った俺は、この後の教師の説明もそこそこに聞き流して帰りの時間を待つのであった——。




帰り道。

期待外れな高校からようやく解放されたと思いながら、俺は商店街へと歩いていた。

1人暮らしをしている為、夕飯の買い出しをしにスーパーを目指して。

安売りを良く行ってくれる近所のスーパーの存在は有り難い。

仕送りがあると言えど無限に入る訳じゃない、月20万でやりくりせねばならんのだ。

高校生にしては大金かもしれんが光熱費が3万。

そこからひと月の食事代と日用品と携帯台が引かれる。

決して金が有り余る訳ではない。

ん?家賃はどうしたと?マンションは親の所有物だ、そんなもの必要ない。

けれど俺はそれでも不服であった。

魔王である俺が住む場所なのだ、城じゃない方がおかしいであろう。


スーパーにたどり着いた俺はそのまま入店しようとした。

けれど横目に見知った人物の小坊主が、数人の他校生徒に囲まれているのが見えた。


「おい田中ぁ。俺ら親友じゃん?お前の金でゲーセン行こうぜ?」


「……ち、ちょっと今日は、急いでて……」


田中と呼ばれた小坊主が弱々しく抵抗を見せるも、いいからいいからと肩に手を回されてそのまま連れて行かれる。

俺は少し悩むも、その連中へと歩みを進めた。

最初に小坊主が俺に気付いたようで、振り向き様にこちらに助けを求める様な視線を向けている。

俺はそれを気にもせずに他校生徒へと言う。


「おい。そいつは田中ではない、小坊主だ。名を間違えているぞ」


「あの……田中は、あってます……」


そう言った小坊主を他所に、他校生徒たちが俺の周りを固め始める。

逃げられないように退路を断ったのだ。

実につまらんと俺が内心で呟く反面、小坊主の方は余計に怯えているようだった。

他校生徒は苛立ちをぶつけるようにして乱暴に言ってくる。


「てめぇ卿学の奴か!コイツを庇うって事は分かってんだろうな!?」


私立卿皇学園高等学校、略して卿学である。


「庇ってはいない、間違いを正しただけだ。だがまあ、たまにはこういうのも悪くはないな」


俺はそう言うと鞄から竹刀を取り出す、と思いきや入っていなかった。

そもそも長さ的に入る訳もなかった。

仕方なく俺は小坊主に長い物を要求する。


「えっと、さっきお使いで買ったゴボウなら……」


そう言って手渡されたのは疑いようもない、紛れもないゴボウであった。

俺はまたも少しだけ悩む。


「ふむ。5棒、と言う割には4本ほど足りんな、棒が。過不足が生じてしまっている」


「何ごちゃごちゃ言ってんだてめぇ!!」


他校生徒が拳を向けて振り被って来た。

俺はそれを何の労もせず避けると、仕方ないのでこれで戦う事を決める。


「魔剣シックザールには遠く及ばんが、まあいい。貴様ら程度、この根菜剣カブソクフォーで十分だ」


俺はゴボウで他校生徒の後頭部と首の付け根を性格に狙い、多少強めに打ち払う。

すると立っていられなくなった生徒がズルズルと崩れ落ちていく。

脳震盪を引き起こしたのだ。


「なっ!?コイツ、ゴボウでやりやがった!」


「ゴボウではない。根菜剣……何だ……。ふっ、脇が甘いな」


魔王は相手に容赦などしない。

俺はバッタバッタと他校の奴らを屠っていく。

そうして6人ほどいた他校生徒は全員あっという間に戦闘不能となった。

俺は根菜剣を鞘に納めようとして気づく。

これは剣ではなく、ゴボウであった事に。


「あの、助けてくれてありがとうございました!」


小坊主が礼を言うと財布を取り出した。

何を思ったのか札を数枚纏めて掴み、こちらへと向けてくる。

見せびらかしているのだろうか。


「少ないかもしれませんが、お礼です!受け取ってください!」


その手には諭吉が5枚ほど握られており、俺に差し出してきたのだ。

だが流石の魔王である俺も考えてしまう。

これでは金を支払う相手が変わっただけではないかと。

そんなに物欲しそうに見えたのか、みすぼらしく見えたのか。

俺は小坊主の勘違いを正す為、こう言い放つ。


「礼が欲しくて助けたのではない。貴様が余りにも情けないから仕方なくやったのだ」


小坊主は金を受け取らないのが余程衝撃だったのか。

目を丸くしてこちらを伺っていた。

だからこう付け足してやる。


「小坊主。貴様を臣下に迎えて、俺が直々に鍛え直してやろう。喜ぶがいい」


すると小坊主は満面の笑みを浮かべると同時に、俺の手に強引に金を握らせ駆け足で去って行った——。

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