《逆》異世界転生しても魔王は勇者とすれ違う

宵空希

第1話 逆異世界転生、そして


人界歴337年。

雷鳴が轟き突風が吹き荒れ、空は真っ暗な分厚い雲に覆われている。

時折落ちて来る雷は自然現象かそれとも意図的なものなのか、これで何人目かの犠牲者を出した。

一方では巨大な食虫植物が貪るようにして人間を喰らっている場面も見受けられ、もう一方では腕力だけで1つの部隊を一掃してしまうような強者から、はたまた業炎により全てを焼き払う者まで。

ここは魔国『インヴェルーグ』、文字通り魔族の支配する国だ。

そして今は勇者率いる人類対魔王軍による最終決戦の真っただ中であった。

死臭が色濃く漂い息を吸えば一瞬で胸やけしてしまいそうな程、人間にとっては地獄にも近しい場所であり難境の極り。

魔族の国にいるのだから当然と言えば当然ではあるが、だからと言って誰一人希望を捨てる者もいない。

それは敵側にとっても同じ事ではあるのだが、自国である為人類側より幾らか有利だと捉えるのは魔族の過信故か。

いずれにせよ最早この場において互いの言葉など意味はなさず、持てる力だけがものを言えるそんな状況下の中で対立する種族間での戦争は行われていた。


勇者が率いるのは各国の騎士のエリートたちが集い、神の名の下に団結した『人類解放神軍』。

規模は大きくはないがそれだけ少数精鋭が揃えられており、人類は神の加護を受けた武器を使って戦うウェポンマスターと呼ばれる者たちによって戦闘を繰り広げる。

剣や槍を扱う者もいれば、少し変わった形状の大剣なども使用されていた。


対する魔王が率いるのは圧倒的な魔術を用いる幹部クラスの魔王直属配下『グリモア教典』。

多種多様な種族が身を置く中で各々自然に則った高位魔術を司る。

力が全ての魔族にとって当然力が絶対であり、故に強さに関しては言うまでもない圧倒的実力主義が揃う中でも上位に数人しかいないメンバーがグリモア教典と呼ばれる者たちである為、なのでこちらは人類以上に少数精鋭となる。


形勢は均衡しており、どちらも壊滅的な被害を出した。

あちこちには討たれた人間やら魔族の死体が無数に転がっている。

現在生き残った者が果たしてどれくらいいるのか、状況をいちいち確認していられる様な余裕はこの場にいる誰一人持ち合わせてはいない。

そして時間も決して止まってはくれない。

やがて自然と流れるように、或いは運命が流転するようにして決戦はそこへと辿り着く。

世界の全てが決まると言っても過言ではないだろう。

いよいよ残るは神に祝福されし勇者と、世界最強の魔王による一騎打ちに委ねられた。


「——あなたの横暴も、これで最後よ」


勇者の名前は『カレン・ローライト』。

淡い茶色のウェーブ掛かったロングヘアーを一つに束ねた女性の勇者だ。

華奢で細い線の身体つきに、何処か穏やかさを感じさせる印象の整った顔立ち。

けれどその紺碧の瞳には明確な強い決意が秘められている事は、誰が見ても一目瞭然だった。

その右手には聖剣エクスキャリバーを、左手には真鍮の盾を。

身に纏う白銀の鎧は軽装だが、神の加護を受けている為防御力にも長けており微かに発光さえして見える。


「——ふっ。思い上がるな、人間風情が」


対して魔王の名前は『アレス・シックザール』。

漆黒の髪に紅の瞳の悪しき存在である。

こちらも細身ではあるが背丈は高くて筋肉質、実力至上主義を絵に描いた様な傲慢さも顔に表れている。

実際自身の力だけで魔王の座をもぎ取った、世界最強の魔族なのだ。

右手には自らの魔力で創り出した魔剣シックザールを、左手には高位魔術が記載された魔術書を。

羽織るのは防御魔術が細部まで浸透した漆黒のマントだ。


勇者はその卓越した剣技と祝福の力による大いなる加護を武器に。

魔王は圧倒的な魔力から繰り出す超高難度の魔術で辺りを薙ぎ払いながら。

互いに持てる全てを出し切って、十日に渡る長き戦いが続いた。

寝食さえ忘れてしまう程にのめり込んだ一戦は、次第に勝敗の決着へと時を進めていく。


「まさか、この俺がここまで煩わされるとはな。だが貴様ら人間に勝ち目はない。身をもって知るがいい!」


魔王は最後の力を放つ。

自身の強力な魔力で編み出した漆黒の魔剣シックザール、それにありったけの魔力を注ぎ込んだ。

膨張する魔力は全て魔剣に集約され、それを頭上に高々と掲げる。

漆黒の魔力の波動が辺りを黒く染める中で盛大に振り下ろし、前方にある全ての物質を空間ごと消滅させていく。

しかしこのタイミングで、勇者もまた最後の力を引き出していた。


「馬鹿な!これを防いだというのか!?」


勇者は全ての魔力を防御一点に使用した。

青く聖なる加護の光が勇者の全身を覆っており、魔王渾身の一撃はとうとうそれを崩せなかった。

未だ漆黒の波動が余韻を残す中で、その反動から真鍮の盾がボロボロと崩れ落ちる。

けれどそれに見向きもせず、勇者は一歩二歩と前に出た。

それが神に愛されし者の定めなのか。

魔王が魔力を切らす寸前でふらついたその一瞬を勇者は見逃さなかった。

勇者の持つ聖剣が魔王の腹を掠め、そのまま更に踏み込んで魔王の心臓を貫いたのだ。

青い輝きを帯びた聖剣が、その悪しき魔力を浄化していく。

その一撃が致命打となって魔王はその場に膝をついた。

霧散していく黒の魔力が、魔王の最期を物語る。


「勝負、あったわね」


「……ふっ、見事だ」


スッと聖剣を引き抜き、鞘に納める。

その瞬間、湧き上がる歓声。

勇者は見事魔王を打ち破り、それによって最終決戦は人類側の勝利で幕を閉じた。

人類にとっては長年の悲願であり、自由を手に入れた事を意味する。

邪悪な魔王によって虐げられていた時代は終わりを迎えたのだと、人々は心の底から歓喜した。

その後、人類は勇者を筆頭に平和な時代を築き上げ、未来永劫豊かで幸せな世界となったのだった。


が、これはあくまでも異世界の物語だ。

現実じゃそんなに綺麗な話にはならないし、未来永劫続く幸せなども存在しない。

故にこの『魔王』の苦労は、ここから始まるのである——。




私立卿皇(きょうこう)学園高等学校。

その入学式の当日に寝坊をしてしまった新一年生である俺、如月舞人(きさらぎまいと)はマイペースに身支度をする。

まだ着慣れていない制服に腕を通し、前髪を分けた黒の地毛に赤のメッシュの髪型を鏡でチェック。

朝食にはハムを乗せたトーストに手作りのコーンポタージュとコーヒーを。

それから鞄を手に持ち財布とスマホと生徒手帳はポケットに入れ、家をゆっくり出て通学路を走る事もなくただ悠然と歩き始める。

ふむ、少し時間がずれるだけで道はこんなにも静かになるものなのか。

これがまともな通学時間に歩いていたのでは、恐らくガキ共が騒がしくて仕方なかった事であろう。

俺はさっそく良い実戦を試みた、とまで思っていた。


さて、何故焦らないのか?と問われるような状況で焦る事をしないのは自身の美学に反するからだ。

たかが学校の遅刻如きで取り乱していては世界最強など謳ってはいられないと俺、いや、逆異世界転生を果たしてしまった『魔王』である俺は考える。

例え元いた世界でのような力がなくても、前世の記憶を持って生まれた俺は生まれながらにして魔王だし、だからせめて心だけは気高くありたいと思うのだ。

何故こんな平和な世界で平凡なステータスの人間に魔王の自分が逆異世界転生してしまったのか考えない訳ではないが、考えたところで致し方ない。

そもそも両親も祖父母も誰も自分が魔王だとは信じてくれなかった。

信じてもらえる材料がほぼ無かったと言った方が正しいか。

とにかく誰一人として俺が転生者である事を認知していないのだ。

なので俺は割り切る事にした。

誰が信じなかろうとも、それは他人の勝手な判断に過ぎない。

ならば自分だけが自分の存在を認めてあげればいい。


故に自分以外の意見に聞く耳を持つ必要がないと感じ、親に勘当されて今は1人暮らしをしている。

生活費は高校在籍期間のみの約束で、何だかんだ親が毎月振り込んでくれているため問題はないどころか、両親ともそこそこの稼ぎがあるのでそこそこの額を貰い、そこそこのマンションに住んでいるという始末。

結局は甘やかされているのだが、そんな事など一切考慮しない。

それが魔王というものなのだ。




入学式が行われている高校の体育館に着き、何でもないかのようにその扉に両手をかけ、大きな音を立てて力いっぱい開く。

中にいた教師や生徒たちが何事かと一斉にこちら側へと振り返るのだが、それには一切動じない。

欠片も気にしていない。

むしろこれは目立ったと少しばかり得意げな表情さえ浮かべてみる。


すると教師の何人かが小走りでこちらまで向かってくるのが見えた。

これにも一切動じない。

動じてなどやらんのだ。


「こら!お前、どこのクラスの生徒だ!?」


教師がそう言ってくるも馬鹿な奴だと思う。

出会い頭のそれも初対面に対して使う言葉ではなかろうに。

内心で唾を吐きかけて静かに、けれど威圧的に俺はこう言い放つ。


「貴様らに教えてやれる程、俺のクラスは甘くない」


すると教師は何を思ったのか、2人掛かりでこちらの片腕ずつを掴んで来るではないか。

そしてそのまま強制的に体育館を出ようとしてきた。

魔王であるこの俺に気安く触れおって、低俗な爺どもめ。

などとも思ったが暴力行為に出るのは流石に抵抗がある、と言うかこの俺が直接手を下すからにはそれなりの理由が必要なのだ。

俺は誰彼構わず相手にするようなレベルの低い存在ではないからな、高貴な魔王である俺と事を構えたければそれなりに相手にも見合った要求をする、それが魔王であるこの俺のスタンスだ。

こんな爺どもを相手にしたところで何の価値もない、なので俺は素直に引きずられていった。


ズルズルと引きずられながらも決して動じずに、やがて辿り着いたのは指導室。

ふむ、俺の為に椅子だけは用意したか。

まあそれくらいは当然だがな。

けれど着いて早々説教をくらうハメになった。

何がそうさせたのかまでは分からん、だがその全ては戯言だ。

この教師どもは諭しているつもりでいるのだろうが、俺にとっては所詮他人の感想文でしかない。

そんなものを素直に聞き入れては魔王の沽券に関わるではないか。

ならば、と。

唯一異世界から持ってこれた魔術をここで使うとしよう。


(精神系干渉魔術、——『オールインオーディブル』!!)


椅子に座ったまま目を瞑り、腕と足を組んで聞き流す。

これが何が何でも言う事を聞かない時に使用する魔術、オールインオーディブル(何も聞き取れません)だ。

術を使用した甲斐があったのか、又はとうとう魔王である俺の高貴にあてられたのか。

まだ来て何もさせられていないというのに帰ってもいいと、教師たちはそう言ってきたのだ。

下民ではあるが一応は教師。

理解が早いなと思い、スッと立ち上がりさっさと指導室を後にした。


実にくだらない時間を費やした。

内心でそう思う俺は、そのまま廊下を進み下駄箱を目指す。

今更ながらに履き替えた上履きで校舎を出るとちょうど式が終わったのか、ズラズラと生徒たちが渡り廊下を歩いていた。

何事もなかったかのように俺はその列に混ざり、聞きたかった事があったのでたまたま目の前を歩いていた少年に尋ねる。


「おい、貴様。俺のクラスが何処か知っているか?」


突然の質問に少年は戸惑うような素振りを見せ、目をぱちくりさせる。

おどおどした態度を取るも、けれど親切にクラスの確認方法を教えてくれた。


「えっと……、校庭のボードに、書いてありますよ……?」


小柄で坊主頭の少年はそう言ってそそくさと去ろうとした。

だがそれを呼び止めて俺はこう言い放つ。


「待て。クラスの確認など必要ない。魔王専用クラスは何処にあるのか、と聞いたのだ」


「……はい?」


小柄で坊主の少年はこちらの意図した質問をまるで理解していないような顔を見せた。

何が分からなかったのか俺にも分からない。

考えられるとするならば、自分が魔王と出くわしたという事に驚いているといったところか。

ならばと思い、鼻を鳴らしてふんぞり返えってやった。

敬愛してくれても構わないぞという意味を込めて。

すると何を思ったのか小柄坊主の少年は、突然高圧的な態度になって命令してくる。


「なんだ、あなたも厨二病だったんですね!じゃあ僕の言ってることが分かるでしょう?命が惜しくば、我の前から消えろ!!漆黒の

悪魔め!!……どうです!?」


何がどうです、なのか全くもって理解できない。

ただ一つ言えるとすればこのニコニコ顔の小坊主の少年にふざけた態度を取られているというその一点であり、だから俺は魔王としての威厳を見せつけなければならない。

ガッ!と小坊主の小さな頭を右手で掴み、そのまま言い放つ。


「小坊主、貴様は何か思い違いをしているようだな。俺は悪魔ではない、魔王だ。漆黒の魔王である。二度目はないぞ」


「……は、はい」


威圧感が少し出過ぎてしまったか、小坊主は大変恐縮していた。

鼻水を垂らしてこちらに命乞いをしてきそうな雰囲気で、申し訳なさそうに顔を青褪めさせている。

ふむ、ひとまず間違いは正せたと納得し、小坊主から手を放してそのまま渡り廊下を進んで行く。


結局自分のクラスが何処にあるのか分からず仕舞いだが、まあ適当に散策していればその内見つけられるだろう。

そう切り替えて校舎内の廊下を進んで行く。

まず一年の階層は何階なのか、それを知った上で魔王である俺の教室は探し出せばいい。

どうせ一緒に歩いているコイツらも今しがた入学式を終えた同年代どもだろう。

ならばその列について行けば自ずとたどり着く。

そう思った俺はそのまま廊下を歩いて行く中で、向かいから俺とは反対方向に歩いて来る女生徒たちに気付いた。

何人かが通り過ぎ、その最後尾を歩くのは1人の女生徒。

淡い茶色のウェーブ掛かったロングヘアーがよく似合う、穏やかそうな印象を受ける顔つき。

ふと、何処か懐かしい感覚が脳裏を過った。

遠い遥か異世界に置いてきた記憶。

廊下ですれ違ったのは、見知らぬ女生徒などではない。


「おーい、華恋ー!早くしないと遅れるよー!」


「——ええ、今行くわ」


何の事はないやり取りをする女生徒たちであるが、思わず俺は華恋と呼ばれた1人の女生徒へと視線を向けて不覚にも少しだけ魅入られてしまう。

儚くも美しいような外見もそうなのだが、それ以上に。

いやそんな訳がないと、そう考えを切り捨てて俺はそのまま歩き出す。

まさか自分と同じ世界の、しかも同じタイミングで転生する訳がないのだと。


そう、言い聞かせながら——。

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