06
そのうち、別部署の編集者が飲食店特集に取り上げようと取材を申し込んだらしいが、丁重に断られたらしい。
だけど俺たちの布教活動が功をなしてか、はたまた美味しさが口コミで広まっていったのか、日を追うごとに定食屋はこのオフィス街の人気店になっていった。
いつでもすぐに案内された店内は客で溢れ、ついには昼時に行列をつくるまでになった。
ドンピシャな昼時に行くと入れないことが多い。
「なーんか、嬉しいというか寂しいというか」
小金井がポツリと呟く。
「お前、朝子さん大好きだもんな」
「先輩だってそうでしょう?」
「まあ。ていうか、あの定食が無性に食べたくなる瞬間がある」
「あっ、わかります。なんか恋しくなるんですよね。ご主人が作ってるのに、なんとなく母の味を思い出すというか懐かしい気持ちになります」
小金井はしみじみと言う。
そういや実家には去年の年末以来帰っていない。
「小金井は一人暮らしだっけ? お母さんは朝子さんと同じくらい?」
「んー、同じくらいですかねぇ。生きてたら」
「は?」
「いや、うちの母は私が大学生の時に亡くなってて、生きてたらこんな感じかなーなんて」
「えっと……なんかごめん」
軽々しく聞いたことがまさか重い話になるとは思わず、俺はバツが悪く謝る。
「えっ、やだなぁ先輩。そんなしんみりしないでくださいよ。何とも思ってないですよ」
小金井は明るく笑い飛ばしたが、なんとなく申し訳ない気持ちになった。
詫びも込めて、俺は言う。
「あのさ、今日、行くか? 定食屋。仕事終わってから」
「いいですねぇ」
「んじゃ、気合い入れて仕事しろよー」
「はぁい」
定食屋は夜も営業しているが、二十一時には閉店してしまう。ダラダラ残業をするとあっという間に時間が過ぎてしまうので、定食屋に行くために早めに切り上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます