悪魔的シンセサイズ

漆徇炫

第一章 終末編

第01話 終末的ディアレクティケー

 人類は技術を重ねても,争いを削ぐことは叶わなかった.核兵器や生物兵器を皮切りに,活断層や火山活動を誘発させる残虐極まりないものを創っていき,誇示されていた暴力が次第に地上へこぼれていく.地表を灰で包んだ大戦を最後に,残されたほぼ全ての人類は,肉体を捨てて電脳世界へと消えていったのだった.


 あれから何億年が経過しただろう.


 地下シェルターで球体のサーバーを眺めながら過ごす日々.埃一つない白い部屋の中で,いつしか記憶することすらしなくなっていた.


 電脳世界を観るのが俺たちの仕事だ.肉体を培養ばいようしながら記憶を引き継ぎ,何年も何億年も.数百人の管理者は,いつしか俺を含めて2人になっていた.施設自体は地熱と地下水と微生物の細胞で自己再生できるため,未だに形を保ったままだが,まう者の精神は永遠ではなかった.俺自身もほとんど壊れている.いつしかの自分が身体に刻んだルーティンに,身を任せて生きてきた.培養過程で食事も風呂も回数が少なく済むようになったことも裏目に出た.相方の伊吹いぶきも床に座ったまま虚空を見つめている.何年と切っていないであろうブロンドの髪が,旧時代のコードのように彼女と繋がっている.この肉体であそこまで伸びるもんなんだな.さすがに俺は,髭も髪も半年に一回くらいで切っている.最低限の足掻きだ.安心感のために我々を残す決断をした肉体なき人々は,感謝し謝罪しろ.そんな怒りも,もうない.


 ある日,伊吹が足取り軽く歩いてくるのを見た.伸びていた髪が,肩より短く切られていた.その表情にはかすかに笑みが浮かんでおり,実に不気味に感じた.


「ねぇ,あゆむ?」


 その声に顔を上げる.話しかけてきたのは何年振りだろう?


「もしかして,もう二人だけ?」

「ボケたか? 遥か昔にトールが肉体の更新を止めてから,永遠お前と二人だ」

「そっか.やっぱり歩は,人類一の社畜だね!」

「やっぱりってなんだよ……」

「歩は正義感と忠誠心は人一倍あるって思ってたから」

「何その幼馴染みたいなセリフ」

「ここまで来れば,幼馴染みたいなもんじゃん」


 それもそうか.こいつにいつ出会ったのか,すっかり忘れてしまってるな.というか上機嫌すぎる.久々にクスリでもキめたのか?


「電脳世界の人たちって,どうなってると思う?」

「さあ? 外部からの攻撃もないしデータもそのまま.楽しくやってんじゃない?」

「残念だけど,記憶と人格がそのままな時点で結果は見えてたんだ」

「と言うと?」

「このサーバーの容量が有限だからさ,いつか記憶域に限界がくるんだよね.するとどうなると思う?」

「また,争うってことか」

「そう.この数億年で記憶域を奪い合った結果,人類はこの球体で一つになった」


 断言口調? まあ,内側での争いは管轄外だからどうでもいいけどな.


「予想はできるけど,どうしてそう言い切れるんだよ」

「魂が見えるから.知ってる? 魂が何で出来てるか?」

「本当にどうした.伊吹お前,今日おかしいぞ」


「ここには歩だけだし――

 お別れのあいさつは適当でいっか」


「死ぬのか?」

「ううん,この文明はもう数十分で終わるんだ」


 嬉しさが滲んだ寂しい表情でそう言った.確かにそう聞こえた.こいつは何を言っているんだ?


「だからさ,少しだけ話そうよ.最初で最後の真面目な話を」

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