第5話死者からの伝言

白浜長屋から一里ほど離れた、演芸場で旅役者の芝居が行われていた。

舞台が終ると、女形の美形少年市松とその付き人が、町火消しの辰五郎と口喧嘩して、市松と男は辰五郎に殴る蹴るの暴行を働いた。

町火消し仲間はそれを聞いて、丈吉と佐助は怒り狂って市松とその付き人を威嚇した。すると、市松と男は走って逃げた。

町人の一人与太も加わり三人で市松と男の後を追った。

「待たんか!こんくそ役者!」

「ひ、ひぃ」

市松はすぐ捕まり、空き家の中で、後ろ手にナワを巻かれ、柱に片方のナワを結んだ。 

人がいれば市松を助けてしまいそうなので、空き家を選んだ。

ナワは丈夫で千切れない。空き家の出入り口付近でわめいていたが、町の騒音にかき消された。

丈吉と佐助、与太は残る付き人を捕獲に走り出した。

赤い着物が目印だ。

途中、与太が足首を捻り走れるのは丈吉と佐助。

与太は茶屋で一服した。

丈吉と佐助がしばらく走ると、同心の川路が赤い着物の男を捕らえていた。

男は後ろ手に縛られ、岡っ引きの鉄が引き連れていた。

「よ、町火消し!もう一人はどこね?」

「川路どん、あがとさげもす。もう一人は、こん後ろの小屋の柱さね、繋げておりまもす」

と、佐助が答えた。

途中、茶屋にいた与太と全員で空き家に向かう。

川路が戸を開いた。

市松が倒れている。唇に塗ったべにが口の周りを汚し、泡を吹いていた。

川路が確認すると、市松は死んでいた。

着衣の乱れが無い事から、市松は毒殺と川路は判断したが、自信が無い。

こうなったら、あの人を頼ろう。

鉄が白浜長屋へ走った。

「長五郎先生、お邪魔しもす」

「お邪魔、せんでくいやん。碁を打っかたやっで」

長五郎は娘のハツの旦那と囲碁を打っていた。

「旅役者の市松がけしんだとです。どうにかお力を」

長五郎はため息をつき、碁を中断して現場に向かった。


長五郎は空き家に転がる、市松を見た。

「川路どん、こいは殺しやっど」

「な、何故ですか?」

「トリカブトやな」

「で、でも市松は後ろ手に縛られ、こん空き家には水も食べもんなかじゃなかですか!」

「皆さん、市松の死体位置にあたいは立っておりもす。鉄、こんナワをあたいに結んでくいやんせ。そして柱に」

「へいっ」

長五郎は後ろ手に縛られ、柱に片方をくくり付けようとしても長さが足りない。

「川路どん。わかい申した」

「だ、誰ですかいや?」

「下手人は与太!あんさんが市松をり|もしたな」

「長五郎どん。よたは丈吉、佐助と三人でこん男をば追いかけて、足首をくじいて茶屋におったど」

「丈吉、佐助よ、与太と別れた時はがあったとな?」

「はっ、ありもした」

丈吉が自信げに答えた。

「ナワを準備したのは?」

「こん、お人……与太どんです」

川路は少しも理解していない。

「川路どん、こん市松の唇の紅の乱れはこうあたい達に言っておりもす」

「な、何と?」

「柱に括られたナワ先には毒が塗られていたと。そして、与太はくじいた真似をして急いで空き家に戻り、唇でナワをほどいて逃げよとした市松が死んだとこいを確認してから、ナワの先を切ったのよ。そして、急いでまた茶屋に戻って、ずっと茶を飲んじょった芝居をしたとでごわす」

与太は自分の許嫁を市松に寝取られた事の復讐の為に殺害したと番所で話したと言う。

今回の事件は、簡単だった!と、長五郎は川路に言った。川路はお礼にうなぎをご馳走した。もちろん、酒も。

随分飲み食いした長五郎は溝で盛大に嘔吐した。




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白浜長屋の知恵袋 羽弦トリス @September-0919

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