明日
三鹿ショート
明日
私と彼女の自宅は、隣同士だった。
ゆえに、幼少の時分から現在に至るまで、彼女との付き合いは続いている。
付き合いが長いからこそ、私と彼女は、互いの褒めるべき部分と、苦手とするような部分を知っている。
それは己の弱点を知られているということになるのだが、私は彼女に対して怯えを示すことはなく、むしろ互いに苦手とすることを補うようにしていた。
そのことを面倒だと感じたことはなく、彼女が感謝の言葉を吐いてくれることが、私には嬉しかった。
それに加えて、他の人間たちよりも彼女と過ごす時間に幸福を感じていることを考えると、私は彼女に対して好意を抱いているのだろう。
本人に確認したことはないが、彼女もまた私と同じような想いを抱いてくれていれば、これほど嬉しいことはない。
そのようなことを考えながら日々を過ごしていたところ、ある日、彼女が赤面しながら私に告げてきた。
「明日、話したいことがあります」
明日は私の誕生日であり、彼女は必ず祝ってくれている。
その贈り物として、彼女が愛の告白をしてくれるのではないかと考えたために、私は舞い上がってしまった。
興奮しているゆえに、なかなか眠ることができなかったことは、仕方の無い話だろう。
***
奇妙なことに、起床してから最初に顔を合わせた母親が、私の誕生日について言及することがなかった。
今日が何を祝う日なのか忘れたのかと問うと、母親は首を傾げながら、
「明日ならば、あなたの誕生日だということは分かっていますが」
その言葉に、私は疑問を抱いた。
今日こそが、その日なのではないか。
私が再び問うと、母親は困惑した様子を見せた。
母親はそのまま私の額に手を当て、熱が出ているのでは無いかと心配し始めた。
私はその手を払うと、あらゆるものの日付を確認していく。
どれだけ確認したところで、今日は私の誕生日の前日だった。
つまり、私は明日を迎えていなかったのである。
***
困惑しながら家を出ると、彼女が家の前で待っていた。
彼女の身にも何かが起きたのか、私と同じような表情を浮かべている。
もしかすると、彼女も同じような状況なのかと考え、私は何か問題が起きたのかと問うたが、彼女は口元を緩めながら何でも無いと告げた。
それから彼女と共に学校へ向かったのだが、友人との会話や、廊下で喧嘩をしている人間たちなどが全て昨日と一致しているために、今日が昨日のままだと認めなければならなくなってしまった。
このような不可思議な話を彼女にしたところで、彼女の性格上信じるわけがないと知っているために、私は平静を装いながら、彼女と共に過ごしていく。
体験していた通り、彼女から明日に話したいことがあると告げられたが、その日は興奮することなく、明日が訪れるのだろうかという不安に襲われたために、なかなか眠ることができなかった。
***
結論を言えば、明日が訪れることはなかった。
一度だけではなく、何度も繰り返していることを考えると、私は今日を抜け出すことができなくなってしまったということになる。
理由は不明であり、脱出する方法も分からないために、私には現実を受け入れることしかできない。
同じことを永遠と繰り返すという行為は、想像していた以上に私の神経を蝕んでいるらしく、叫び声を出したくなったことは、一度や二度ではない。
そんなとき、あることに気が付いた。
明日を迎えることが無いのならば、今日を好きなように過ごしたとしても、全てが無かったことになるのではないか。
例えば、今日、私が誰かを殴ったとしても、再び朝を迎えることで、殴られたという事実は消えているのではないか。
試しに、私は寝る前に、自室に置いていた鉛筆を一本だけ折った。
朝を迎えると、その鉛筆は元通りになっていた。
予想が的中したために、私は久方ぶりに喜びを覚えた。
***
それから私は、様々な悪事に手を染めた。
学校で人気を集めている女子生徒を物陰に連れ込んではその肉体を味わい、値段が高いために諦めていた時計を店から盗み出し、友人だが反りが合わない人間の自宅に火を放つなどを実行したことで、私の気分は良い状態を保つことができていた。
それでも、私は彼女に危害を加えるような行為に及ぶことはなかった。
それほどまでに、彼女は大事だったからだ。
だが、彼女が私に対して何を話そうとしていたのかということは、気になっていた。
私に話したいことがあると告げた時点で、彼女が何を話そうとしているのかが決まっているために、彼女がその言葉を吐いた後、私は彼女から聞き出すことにした。
それを実行するべく、彼女の言葉を待ち続けていたが、彼女がくだんの言葉を私に告げることはなくなっていた。
同じ時間を繰り返しているために、彼女がその発言を止めることは無いと考えていたが、何故なのだろうか。
我慢することができなくなった私は、彼女の両肩を掴むと、
「明日、私に話したいことがあるのではないか」
そう問うと、彼女は俯いた。
しかし、即座に顔を上げると、彼女は私の頬を平手で打った。
突然の行為に目を白黒させている私に対して、彼女は涙を流しながら、
「朝を迎えることで全てが無かったことになるとはいえ、様々な悪事に手を染めるなど、言語道断です。私が好意を抱いた相手は、そのような人間ではありませんでした」
そう告げると、彼女はその場から走り去っていった。
残された私は、何故今日を繰り返している人間が私一人だけであると信じていたのかと、疑問を抱いた。
先ほどの言葉から察するに、彼女もまた、今日を繰り返していたのだろう。
ゆえに、私の悪事を知っているということになるのだ。
彼女に嫌われたということが、今日を繰り返すということよりも衝撃的であり、私は近くに落ちていた空き瓶を叩き割ると、その破片を首筋に押しつけた。
激痛に襲われるが、彼女の言葉によって負った傷に比べれば、大したものではない。
だが、私は再び自室で朝を迎えていた。
そして、彼女が私の家の前に立っていることはなかった。
明日 三鹿ショート @mijikashort
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