第26話「コッペリア」
「ありがとう」
と俺はウーノに礼を言う。
ケガひとつなく地下道に着地できたのは彼女のおかげだ。
「ふん。ワナに気づかなかった失態は取り返したぞ」
ウーノはちょっと気まずそうに目をそらしながら答える。
ああ、アレを気にしてるのか。
「ワナって言うよりは隠しルートだったと思うよ」
ゲームでは「ワナではないのでワナ探知が効かない」なんて隠し設定があったやつだ。
ダメージや状態異常を食らうわけじゃなかったので我慢できたが。
「ふむ? ワナではないならわらわが気づけなかったのは納得だが、ルークは柔軟だな」
ウーノは興味深そうにこっちを見る。
まさか本当のことは言えないので、あいまいな笑みで受け流す。
「ボスは優しくて柔軟だよ」
「そうそう、あたしにも自由にさせてくれるからね」
ドゥーエとトーレがここぞとばかりに援護してくれた。
前者はともかく、後者には自由にさせたほうが上手く回るという計算もあるんだけど、言うのは無粋だろう。
「よし、先に行こう。ウーノ引き続き頼む」
俺はためらわずに頼む。
こんな何が飛び出すかわかんない場所、彼女の力をアテにするのが最適解だ。
「任せておけ」
ウーノはうれしそうに張り切って光源をつくり出し、浮遊したまま先頭を進む。
道は細い一本道であり、老朽化が進まずホコリも見当たらないのはダンジョン特性だろう。
体感で二、三分ほど歩いたところでドアが見つかったのでウーノが開ける。
その先はベッド三台分ほどの広さしかない部屋で、ひとりの少女が簡素な木のベッドの上で寝ていた。
人間じゃないどころか生物ですらないと思う。
「こいつ、まさか!?」
ウーノが驚愕して、膨大な魔力を放出する。
地神龍と遭遇したときに近い反応だ。
少女は目を開き、ウーノを見る。
「邪精霊、確認。抗戦します」
機械的な声を出し、青白い障壁を展開してウーノの攻撃を防ぐ。
部屋は無事じゃないが、少女自身は無傷だった。
「ちっ、さすがコッペリアと言うべきか。守り切れるかわからんぞ」
ウーノは悔しそうに舌打ちして、俺を背中にかばう。
コッペリア?
たしかプレイヤーの選択次第で隠しボスになるか、邪精霊と戦ってくれるゲストユニットになるか、分岐があるあのコッペリア?
「邪精霊がヒューマンをかばう? なぜ?」
コッペリアは金色の瞳でふしぎそうに俺を見る。
「あなた、邪精霊と契約した? なぜ?」
問いかける瞳に感情らしきものはない。
答え次第では殺されそうだ。
上手い言い逃がれが何も思いつかず沈黙する。
「邪精霊を呼び覚ました外道? まずは貴様が死ね」
コッペリアのスピードは尋常じゃなく、瞬間移動だとしか思えなかった。
それでもウーノの防御魔法が間に合って、彼女の手刀をはじく。
シンクエから教わった【神堅殻】を展開したけど、ウーノがいなかったらぶち抜かれてたかも。
距離をとったコッペリアは目を見開く。
「それは地神龍の技。それに地神龍の気配も感じる。なぜ? あなたは地神龍とも契約してる?」
無表情だが、とても困惑していることは伝わってくる。
俺だってどうしてこうなったかわかんないんだから、彼女に理解できるはずもない。
にらみあいがはじまるかと思いきや、いきなりシンクエが転移してくる。
「こらこら、何をいきなり殺されかけてんのさ」
彼女は俺を見上げつつ、頬を指でつつく。
「ちょうどよかった、助けてくれ」
コッペリアは対邪精霊というべき存在で、ウーノ単体で勝てるにしても俺たちは巻き添えを食らうだろう。
ウーノが連続で攻撃をしかけなかった理由のひとつだ。
シンクエにはそんな影響はないので、ウーノに守ってもらいながらシンクエに倒してもらうのが確実と言える。
「降伏する。地神龍さま相手に勝てるはずがない。戦う理由もない」
コッペリアはシンクエの正体に感づいたらしく両手をあげた。
「どうだいどうだい? ここはボクに感謝するべきじゃないかい?」
シンクエはどや顔をして俺を見上げる。
「うん、ありがとう」
素直に礼を言うと、彼女は真っ赤になって目をそらす。
「こ、ここまでシンプルに言われると照れるな……」
「ちっ」
ウーノは大きく舌打ちをして、俺に質問する。
「こいつを破壊しないのか? わらわとシンクエのやつがいれば必要ないだろう?」
実は考えてないわけじゃなかった。
コッペリアは戦力として強大だけど、ウーノと契約してるというだけで自動的に敵認定されてしまったのはきつい。
安全のためには破壊するほうがいいか。
「異議ありだね」
とシンクエが割って入ってくる。
「彼が狙われたのはきみの過去のおこないのせいだろう? ならばならば、この子には罪がないとボクは考える」
「わらわだけ狙うなら譲歩してやってもよかったが、ルークも狙うなら論外だ。ここで始末する」
ふたりの間でバチバチ火花が散って、ドゥーエとトーレのふたりが俺の背中に隠れた。
「彼女たちを止められるのは、ボスしかいないと思う」
とドゥーエが訴えて、
「リーダー以外が割って入ったら死んじゃうよ」
トーレも同調する。
ウーノはともかくシンクエのほうは手加減してくれると思うけど。
「コッペリア、俺をマスターと認めるか?」
彼女たちの間に体ごと割って入りながら、渦中の存在に問いかける。
コッペリアは愕然とした表情で俺を見て、小さな口を開く。
「……認めます。地神龍さまと邪精霊を止めるなんて信じられません。あなたはただのヒューマンではないのですか?」
「ただのヒューマンだよ」
意味が分かんない質問だと思う。
破滅フラグに警戒して、回避する努力をしてるだけの一般人にすぎないぞ。
「理解不能。ですが器の大きさは感じられます」
「ちょっと待った! また仲間を増やすのか!?」
ウーノが大きな声をあげて異を唱えてくる。
「地神龍はともかく、こいつも?」
こっちを見上げながら不満のオーラを浴びせてきた。
「味方戦力は多いほどいいからね。それに人手不足になってきてるだろう」
「それはたしかに」
クワトロに任せていたら人外が増えていて、見た目が人な組織構成員が少数派になりつつある。
人間(ヒューマン)自体は俺とトーレしかいないのは仕方ないとしても、もうすこし見た目が近い存在は欲しい。
「というわけでお前のコードネームは【セイ】だ」
「その前に契約をお願いいたします」
コッペリアの対応はそっけなかった。
「契約?」
ああ、ゲームでは仲間にするときに何かあったな。
「ええ。あなたの魔力をワタシに登録してください」
と言ってコッペリアは俺の手をとって口づけをする。
「なああっ?」
ウーノ、ドゥーエ、トーレから声があがった。
逆だったらまだわかるけど、男がキスされただけじゃないか?
「あなたの魔力を認識しました。あなたをマスターとして認めます」
「信じていいのか?」
コッペリアに対してウーノの当たりは強い。
「こいつはマスター登録したものに危害を加えられない。だからだから、信じていいぞ、ルーク」
とシンクエは俺に言う。
「そうか」
だからと言って近くに置くのはためらわれた。
安全もそうだけど、ウーノと確実にギスギスするからだ。
ここで彼女が手に入るとは思ってなかったので、どこに配置すればいいのかまったくわかんない。
「ひとまず俺たちは上に戻って、【精霊塔】で精霊と契約したいな」
本来の目的に戻ろうと提案する。
「え、精霊? なになに、お前クビになるの? ならばならば、大変めでたいことだが」
シンクエは勘違いしたのか、それともわざとか、ニヤニヤしながらウーノを煽った。
「小間使いを増やすという話をそう解釈するとは、トカゲの頭はやはり残念なのだな」
ウーノは負けじと煽り返し、両者の間でもう一度バチバチ火花が散る。
「ボス」
「リーダー」
ドゥーエとトーレは困って俺に助けを求め、コッペリアは知らん顔だ。
「シンクエ、邪魔するなら帰ってくれないか?」
「ぐっ……」
俺の注意を聞いたシンクエは悔しそうにうなる。
「わ、悪かった。ボクがコッペリアを見張ろう。ならばならば、同行するのは問題ないだろう?」
「ああ。よろしく」
彼女は言うことはきちんと守ってくれるという信頼はあるので即決した。
「ボクに任せるがいい。そこの精霊より役に立つところを見せよう」
「新入りが生意気だな。お前、下っ端だと自覚ないのか?」
なんて三度目のバチバチが起こりそうになったので、思わずため息が出る。
「どっちもお互いとの会話は禁止させてもらおうか」
俺以外との会話も禁止したいくらいだけど、それだと不都合が生じる可能性はあるからな。
「わ、わかった」
「きみの命令じゃあ仕方ない」
ウーノもシンクエも素直に従ってくれる。
「邪精霊と地神龍さまを制御するなんて、マスターはいったい何者?」
コッペリアのつぶやきは聞こえなかったことにした。
俺は普通の貴族だって言っても信じてもらえない気がしたので。
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