第25話「精霊に会いに行こう」

 クストーデの冒険者ギルドをあとにして、ガーデンに逃げるように帰ってくる。


「いやー、冒険者って稼げるんだね。夢があるとは聞いたことあったけど、こんなにすごいとは思わなかった」


 建物にあるお茶室で、ドゥーエはメイドとして俺にお茶を淹れながら言った。


「ふたりで三億だから、ひとり当たり一億五千だもんな。そりゃ貧乏な子も、家を継げない貴族も、こぞって冒険者を目指すよ」


 知識としては持っていたのだが、自分で実際に体験したときの説得力は別物としか言えない。


 俺の計画が失敗したら、このメンバーを連れて冒険者に本腰を入れてもいいだろう。


 ウーノとトーレがいる以上、目立たないのはいまより困難だろうけど。


「うん? わたしの稼ぎはボスのものでしょ?」


 ドゥーエはふしぎそうに首をかしげる。


「リーダーと組織のために稼いでるんじゃなかったっけ?」


 ひょっこり顔を出したトーレもそんなことを言う。


「そう言えば、利益の分配を考えてなかった」


 予算を稼いでくれ、としか言ってなかった気がする。


「ボスって行き当たりばったりだもんね」


 とドゥーエが笑う。

 うっ、これは言い返せないかも。


「手探りでいちからつくっていってる感じが楽しいよ」


 トーレはケラケラ笑いながら擁護してくれる。


「わらわがカバーするから平気だぞ」


 なんてウーノのフォローもありがたい。


「仲間を集めたんだから、仲間でやればいいじゃないか」


 とやってきたクワトロも言ってくれる。


『仲間が頼りないならばならば、ボクに任せたまえ』


 何とシンクエが声だけ飛ばしてきた。

 あれ、ガーデン内部なのに状況をリアルタイムで把握してる?


『きみとの簡易契約はボクも結んであるからね。きみのことはほとんど把握してるさ』


 えっ、そうだったの?


「ルーク、契約に合意した覚えがないなら、わらわが強制破棄するぞ?」


 ウーノが警戒心を強めた表情で提案してくる。


 地神龍が結んだ契約を勝手に破棄できるって、やっぱりこの子は最強の邪精霊なんだなあとしみじみと思う。


「いや、心当たりはあるな」


 キスされたときっていう可能性が一番高い。

 ウーノには言わないほうがよさそうな雰囲気だけど。

 

「ドゥーエはともかく、トーレは生活費をどうしてるんだ?」


 いい機会だから忘れる前に聞いておこう。


「あたしはお金持ちに援助してもらってるから、気にしなくても平気だよ?」


 トーレはあっけらかんと言った。

 そう言えば原作でも天才サブリナを支援してるパトロンはいたな。


「適当に成果を渡してれば満足してるから、ごまかし放題だよん」


 悪女というには幼い表情で彼女は笑う。

 

「バレずにうまくやってるなら何でもいいか」


 あんまり締めつけても、俺が管理しきれない可能性が高い。

 やっちゃダメなことだけ決めて、あとはゆるくやっていきたい。

 

 そのほうがきっと俺もラクできるから。

 

「おっ、そういう方針のほうがあたしも気楽だから助かるよー」


「トーレって案外テキトーだよね」


 うれしそうなトーレを見て、ドゥーエがしみじみと言う。

 俺が不在の間に何か思うことでもあったんだろうか。


「とりあえずまあ、組織にも研究成果を回していくからね」


「何かできた?」


 進捗のほうを聞いてみる。


「おっと、伝えてなかったっけ? 【アイテムボックス】があれば持ち物五十個くらい運べるよん」


 とトーレは言って、大きな箱を指さす。


「それならウーノから【精霊のポーチ】をすでにもらったな」


 ちょっと気まずく頬をかく。


「ええっ? 何それ、反則じゃない? 精霊に勝てるはずないじゃん!」


 トーレはのけぞってすっとんきょうな声を出す。


「こっちこそ伝え忘れててごめん」


 ミスには違いないので謝る。


「いや、いいよ。ウーノを制御できるなんて、ボスしかいないんだし」


 トーレは両手をぱたぱたと振った。


「頼みごとしようにもボスにべったりだしねー」


 と彼女はウーノをちらっと見る。


「ルークの護衛に勝る優先事項などない」


 ウーノはそっけなく答えた。

 俺も彼女を護衛から外したくはないけど、状況は改善させたい。


「頼みごとを聞くくらいはかまわないだろう?」


「言うだけ言ってみろ」


 ウーノは仕方なさそうにため息をつく。


「精霊の力がこもった素材があると、研究がはかどって助かるんだけど大丈夫?」


「わらわの分だとやりすぎになりそうだな」


 トーレの要望にウーノは考え込む。

 もっともな反応だと思ったので助け舟を出そう。


「力の強くない精霊でもいいだろう? そいつらと交流したりする方法はない?」


 と質問する。

 実は主人公なら条件を満たせば強い精霊と契約できると、俺は知っていた。


 ただ、俺でも同じことをできるか未知数だし、それよりも精霊であるウーノを頼るほうが早いかもしれないと期待している。


「弱い精霊でもいいなら、【精霊塔】へ行くという選択肢がある」


 とウーノが言った。

 【精霊塔】は聞いたことない場所だな。


 実装されなかった隠しダンジョンか何か?


「それって俺が行ってもいいやつ?」


「お前にはわらわがいるだろうに」


 ウーノがはっきりとすねた顔をしてそっぽを向く。

 これはまずいからなだめよう。


「だってウーノは強すぎるじゃないか。冒険者として契約しててふしぎじゃない、それなりの精霊を探したいんだよ」


 彼女は最強だけど、イメージがあまりにも悪い。

 シンクエはイメージは問題ないけど、逆に信仰する人たちが多すぎる。


「たしかに。ウーノかクワトロか、それとも地……シンクエかって普通の存在がいないにもほどがあるよね」


 とトーレがケラケラ笑う。


「それを言うならトーレも入ると思うよ」


 とドゥーエが遠慮なく指摘する。

 たしかに彼女は天才だ。


「普通なのはたぶん俺だけだな」


 しみじみとつぶやくと、


「えっ」


 全員からそんなバカなという表情で見られてしまった。

 げせぬ……。


「こほん」


 ウーノが咳ばらいをする。


「わらわはあまりにも強すぎるので、小間使いが欲しいというなら理解はしよう」


 どうやら彼女の中で折り合いをつけてくれたらしい。

 

「じゃあ【精霊塔】に行くのは俺とウーノとトーレかな」


 と言うと、ドゥーエが手を挙げる。


「わたしも行きたい。わたしと契約してくれる精霊いないか、探してみたい」


 彼女の主張はもっともだ。

 精霊と契約している仲間は多いほど好ましい。


「よしじゃあ四人で」


「承知した」


 俺たちが飛ばされたのは荒野の中にぽつんと立つ塔だった。

 空は分厚い雲で覆われていて、暗くて寒々とした空気に包まれている。


「ずいぶんと陰気な場所だね」


 トーレが遠慮なく感想をつぶやく。

 

「この塔は上に登っていくほど強い精霊がいる。まあ基本はぐれだがな」


 とウーノは言う。


「そりゃ普通の精霊がこんな場所にいないでしょ」


 トーレの言う通りだ。


 まともな精霊は自然を好む性質を持つので、ダンジョンなんかに住み着いてるはずがない。


「……わたし大丈夫かな。ボスやトーレは平気だろうけど」


 ドゥーエが自信なさそうにうつむいてしまったので、そっと彼女の手を握る。


「精霊はたくさんいるんだ。相性のいい子を見つければいい。根気よく続けていけば、きっと大丈夫」


「う、うん」


 ドゥーエは恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべ、うなずいてくれた。

 どうやら元気が出たらしい。


「本当にやばいのは俺じゃないかな? ウーノにビビって精霊が寄ってこないかも」


「それはありそう」


「たしかに」


 冗談のつもりで言ったら、ドゥーエとトーレは同意して笑ってくれた。

 

「ならもっときついところに案内してやろうか? わらわにケンカを吹っ掛けてくる連中なんてどうだ?」


 ウーノがムッとしたので慌てる。

 

「勘弁してくれ。お前にケンカを仕掛けるやつって、三神龍クラスだろ」


 シンクエや魔王クラスじゃないと、戦いが成立するのか怪しいほどに彼女は強い。


 そんなのが来たら今度こそ俺たちは巻き添えで即死だろう。


「安心しろ。お前はわらわが守るさ」


 ウーノはいい笑顔で言う。


「俺しか入ってないじゃないか」


 切り返すと彼女は大きな声を立てて笑った。

 

「ウーノが戦ってる隙に逃げるくらいならワンチャン?」


 トーレが腕組みをしてぶつぶつ計算をはじめる。


「いまのはウーノの意地悪だから気にしなくていいぞ」


「だ、だよね」


 ドゥーエはホッとして、ウーノは舌打ちした。

 もうすこしビビらせていたかったらしい。


「お前たちならわらわなしでも中層くらいにはクリアできるはず。気負わずにやれ」


「うん」


 まじめな表情に切り替えたウーノに背中を押されて、俺たちは塔の中に足を踏み入れた。


 直後、カチッという音がして一階の床全体が消失する。


「は?」


 ウーノすら一瞬固まってしまったため、俺たちはそのまま転落した。

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