第27話「精霊の塔」

 ウーノとシンクエが揃っていれば脱出は難しくない。


「それはわらわの役目だ」


「ここに落とされたマヌケは引っ込んでいたほうがいいんじゃない? ボクに任せてくれないかな」


 どっちが俺を助けるのか、彼女たちが争っている点を除けばだが。

 お互いの会話は禁止したものの、俺へのアピールは禁止してなかった結果だ。


「ここはウーノに頼む。シンクエはコッペリアをよろしく」


 と指示を出すとウーノは勝ち誇った笑みをシンクエに向ける。

 こいつらほんとに仲良くできないな……。


 コッペリアの邪精霊への敵視を思えば、こっち組み合わせのほうが安全そうってだけなのに。


「ドゥーエとトーレを忘れないでくれ」


「承知しておる」


 ウーノとのやりとりを聞いたトーレが首をかしげる。


「あたし、飛行魔法なら使えるよ?」


 天才魔法使いなら本当に使えそうだ。


「上までどれくらい距離があるかわかんないぞ?」


 大丈夫だろうかと疑問を持つと、


「やるだけやってみろ。ダメだったら拾ってやろう」


 とウーノが言う。


「はーい」


「ヒューマンにこの距離はきついんじゃないの?」


 シンクエの考えに俺は賛成なんだけど、ウーノがフォローしてくれるなら何とかなるだろう。


 ウーノとシンクエはほとんど瞬間移動で、一階まで一気に帰還する。

 床は元通りになっていて、着地しても何も起こらなかった。


「やっぱりヒューマンにはついてこれないね」


 トーレの姿がないのを見てシンクエは言う。


「当たり前だろう」


 とウーノが答える。


「床がこれじゃあ飛行魔法では戻れないかもしれないから、ウーノ頼む」


「たしかに」


 俺の懸念にうなずいて彼女が手をふると、トーレが目の前に移動してきた。


「あ、あれ?」

 

 飛行魔法を使ってるつもりだったらしい彼女は困惑する。

 床を指して


「念のため、ウーノの力を借りた」


 と言うと彼女はすぐに理解した。


「あたしの魔法じゃ、障害物は超えられなかったから正しい判断だね」


 トーレはちょっと悔しそうに認める。

 

「いつか転移魔法を覚えたいな」


「ヒューマンで使えるやつはいないんだが、お前ならできるかもな」


 ウーノがはげますようなことを言う。


 残念ながらゲームでそんなことにはならなかったけど、だからって否定するのは野暮になる。


 第一、俺だってゲームの破滅フラグから逃げようとしてる。


「お互いにがんばろう」


「うん!」


 声をかけるとトーレは笑顔でうなずいてくれた。

 一階はワナとなった床以外には、二階へ続く階段しかない。


 気を取り直して登るとあたり一面、うっすらと青く光る部屋にたどり着く。

 

「精霊たちがウーノのやつをこわがって近づいて来ないよ」


 とシンクエが小声で俺に耳打ちしてくる。

 

「力の差がありすぎるのだから仕方あるまい」

 

 ウーノは開き直ったように胸を張った。


 それだけじゃないだろうと思ったけど、承知のうえで連れてきたのだから、言っても仕方ない。


「ウーノが俺たちから距離を取ってみたらどうだろう?」


 力の弱い精霊たちなら、めったなことはないだろうと判断する。


「かまわないけど、お前と契約したら結局同じだぞ?」


 ウーノの指摘はもっともだった。


 いつどこで破滅イベントが発生するのかわかんない以上、彼女にはそばでいて欲しいもんな。


「ウーノを怖がらない子を見つけないと、意味なさそうだね」


 というトーレの言葉に俺とドゥーエもうなずいた。

 遠巻きに見ている精霊たちに目を向けると、こそこそと隠れてしまう。


「相当ウーノがこわいらしい」


「上の階に行ってみたらどうだ? 下の階ほど精霊は弱いのだから当然だろう」


 とウーノが俺の背中を押して急かす。 

 自分をこわがる精霊しかいない状況が気に入らないようだ。


「まあそうだな」


 あまりにも弱い場合、たいして役に立たないかもしれない。


「もうちょっと上に行ってみよう」



 結局、俺たちに興味を持って近づいてくる精霊が見つかったのは、五階に来てからだった。


「俺は光、ドゥーエは水、トーレは火か」


 精霊たちの属性は正直意外である。

 とくに俺が光属性の精霊に好かれるなんて……。


「バランスはいい感じだな。偶然だろうが」


 というウーノの評価は正しいと思う。

 そもそもほかのふたりが仲間になったことが偶然だから。


「このダンジョンをクリアしたときの報酬って何?」


 ウーノなら知ってそうなので、せっかくだから聞いてみる。


「お前がクリアする意味はないぞ? 【精霊の小袋】だからな」


 それ精霊のポーチの下位互換アイテムじゃないか。


「たしかに俺だと意味はないな」


 ドゥーエとトーレのふたりはべつだけど、必要だろうか。

 ふたりのほうをちらっと見る。


「何かの素材に使えるかもだから、一応ほしい」


 とトーレは右手をあげて言った。


「わたしはどっちでもいい」


 トーレの研究材料になるかもしれないなら、とクリアして精霊の小袋を三つもらう。


「ウーノたちはカウントされなかったか」

 

「当然だね」


 ウーノもシンクエも笑っている。


 三枚ともトーレに渡して、


「何かいいアイテムつくってくれ」


 と注文をすると「りょーかい」と敬礼された。


「もう用はないし帰ろう」


 ウーノが言ったところで待ったをかける。


「クワトロたちに【セイ】を会わせたいから、いっしょに連れて行ってくれ」


「……仕方ないか」


 頼んだらウーノはいやそうにしながらも引き受けた。

 セイとコッペリアも庭に入ってくる。


「へえ、ここがこいつの庭か。少女趣味だけど、悪くないね」


 とシンクエの評価を聞いたウーノはイラっとした顔になった。


「こいつはすぐに追い出してもいいか?」


 と俺に聞いてくる。

  

「ちょっと待った。クワトロはどこだ?」


 いつもならすぐに来るのにと思っていたら、ようやく姿を見せた。

 彼はコッペリアとシンクエを見た瞬間、身がまえて臨戦態勢に入る。


「地神龍に対魔決戦人形!? なぜここにいる!」


 猛獣のうなりを思わせる迫力のある叫びだった。


「お前との顔合わせのために俺が招待した。これからは仲間だ」


「……仲間? 人形も?」


 クワトロはあぜんとした顔でこっちを凝視する。


「マスターとなった方の取り巻きが劣悪なのはこちらも不本意ですが、マスターに逆らう意思はないのでご安心を」

 

 セイは人形らしく淡々と告げた。


「クワトロとも相性は悪そうだな」

 

 となるとセイの居場所はどこにすればいいのか悩むな。


「無難なのはシンクエのところか?」


「それがいいだろう。きみがこの子を必要とする機会なんて、ザラにはないだろうし」


 シンクエに賛成され、ほかからも反対の声は出なかった。


「ところでクワトロは何かあったのか?」


 いつもより遅かったし、何やら話したいことがありそうな様子だったのが気になる。


「ああ。欲しがっていた情報がある程度集まったから、コアーク伯爵の領地に魔物をけしかけてみた」


「なるほど」


 これからも絡まれ続けたらうっとうしいので、そんな余裕がなくなるほどコアーク伯爵家にダメージを与えてもらえたらありがたい。


「ただ、地理的にコアーク伯爵領だけ狙うと不自然だったから、ほかの貴族の領地も適度に襲わせているぞ」


「その判断でいい。助かる」


 俺がコアーク伯爵に絡まれたとたん、コアーク伯爵家が狙われたなんて、勘繰る者が現れない保障はないもんな。

 

「思ったんだけど、リーダーが冒険者として助けに行って活躍すれば、ちょうどいいんじゃない?」


 とトーレが提案してくる。

 それじゃあマッチポンプじゃないか、と思ったもののアイデアは悪くない。


 破滅から逃げるために、打てる手は全部打っておきたかった。

 ただ、懸念材料はひとつだけある。


「クワトロの配下の魔物を俺が倒すのはよくないんじゃないかな?」


 クワトロと魔物たちの間にある仁義的な意味合いで。

 

「今回暴れてるやつらは吾輩の部下ではなく、その地域に住み着いていた連中だ。遠慮なく倒してしまっていいぞ」


 クワトロはちょっと驚いたあと返答する。


「そうなのか。じゃあせっかくだからいろいろ稼がせてもらうとしよう」


 と腕まくりをするマネをしたがすぐに問題に気づく。


「クストーデからの移動時間をどう説明するかだな」


 転移による移動はウーノやシンクエという、世界最強クラスの力を借りなければならない。


 それを説明できないと怪しまれるだけだろう。


「ボクと契約してることはべつに明かしても平気なんじゃないかい?」


 シンクエが首をかしげる。


「あんまり見境なくバラすのはよくないと気がする。お前が契約したヒューマンって、過去に何人いる?」


「過去にも未来にもきみだけだよ」


 彼女の返事がやたらと重い気がした。

 未来のことはわかんないだろうに……。


「要するに俺しかいないなら特定しやすいじゃないか」


 これ以上情報をまき散らすのはひかえたい。

 何がきっかけで死亡フラグが発生するか見えないので。


「危機管理というやつだな。お前の正体にたどり着くやつは片っ端から始末してもよいのだが、それはいやなんだろう」


 ウーノが悪全開みたいなことを言う。


「もちろんだ」


 そんな大悪党みたいなことはしたくないので、きっぱりと肯定しておく。


「クストーデとやらの位置がわからんな。調べ次第決めるということでいいか?」


「それでいこう。時間がかかりそうならまた考えればいい」


「では調べてこよう」


 すっかり情報収集担当みたいなポジションになったクワトロが姿を消す。

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