第12話「学園に通う目的」

「ここが学園とやらか。なかなか見事な建物だな」


 とウーノが王立学園の門と校舎を見て言う。


 契約者である俺以外に姿が見えず、声も聞こえなくなるという魔法を、試してみたら普通にできたので、こうしてついてきてもらっている。


 いざというとき、彼女がそばにいるとなると安心感が絶対的に違う。

 俺がどの程度強くなったのか、人前で試すのは避けたいからなぁ。


「ルークさま」


 校門をくぐったところで遠慮がちに女の子に話しかけられた。


「ノーラか」


 膝丈のスカートにブレザーという制服に身を包んだノーラがはにかみ笑いを向けてきている。


 商品の関係で定期的に会っていたので見違えるということはない。


「同い年だったんだ?」


 彼女がこの学園に通えることは意外じゃない。

 ナビア商会の会長の娘がダメなら、おそらく平民はひとりも通えないはずだから。


「はい。今年からよろしくお願いいたします」


「うん、よろしく」


 彼女の礼儀正しいあいさつに微笑んで応じる。

 ついおじぎを返しそうになる日本人のくせは何とか抜けてくれた。


 ちらちら視線を感じるのはノーラが美人が多い女子の中でも、上位に入るルックスだからだろう。


 何で制作サイドはこの子に出番すら与えなかったのかふしぎだ。


「わたしはCクラスなんですけど、ルークさまは?」


「Dクラスだよ」


 日本と違ってクラス分けの連絡は家に届いた。

 一番下がEクラスらしいのでノーラは真ん中、俺は下から二つめとなる。


 貧乏子爵よりもナビア商会のほうが評価されたって解釈していいだろう。

 それでもC止まりなあたり身分社会だということが現れている。

 

「残念です」

 

 ノーラは悲しそうにため息をつく。

 知り合いがいるのは心強いという気持ちは、前世陰キャだった俺にはわかる。


 彼女と会話することで目立つのもちょっと勘弁してほしいけど。


「ではまたお会いしましょう」


 校舎はCクラスまでとD、Eクラスとは別れているらしいく、ノーラは手をふって 去っていく。


「なぁなぁ、お前! いまのめちゃくちゃ可愛い子誰だよ!?」


 いきなり乱暴に肩を組んできた知らない男が、興奮を抑えきれない様子で質問してくる。


「いや、まずきみこそ誰?」


 こっち側に来てる時点でDかEだと思うけど、爵位や家の力まではわかんないので探りを入れたい。


「俺? ロロ家のジョンだよ!」


 ロロ家? ……ああ、たしか辺境の貧乏男爵家か。

 まあウチも似たようなものだ。


「ナビア商会の子だよ。たまたま知り合いになった」


 貴族の情報はとてもすごいらしい(両親談)ので、ノーラについては正直に話す。

 

「へー、あの大商人のところのお嬢さまかあ。天上人だねえ」


 肩を組んだままジョンは言う。

 さすがに天上人は大げさじゃないかな。


 もとが平民なので金の力で手に入るのはおそらく子爵までだろう。


 ジョンは俺が誰かとは聞かずに離れていく。

 男に興味はないってことかな?


 ああいうノリは苦手なので助かる。


「お前の方針を考えると、味方は多いほどよいのではないか?」


 ウーノが俺にしか聞こえないように言う。

 言われてみればその通りなんだよね。


 とは言え、気が合わない奴にまでいい顔をするのは心がつらいので、ウチよりも上の面子だけにしておきたい。


 Dクラスに入って自分の席に座ると、隣がジョンだった。


「よー、さっきぶりだな」


 さわやかな笑顔に仕方なく対応する。

 

「ああ。俺はソルム家のルークだ。よろしく」


「おー」


 ジョンは興味なさそうな塩対応をすると、クラスの女子にさっそく話しかけに行く。


 無視されたり迷惑そうにされてるけど、全然へこたれてない。


「わかりやすいやつだな」


 というウーノの言葉に心の底から同意した。 


 

 簡単に自己紹介させられるのはこっちの世界でも同じだった。

 日本人が作ったゲームに酷似した世界だからかな?


 基本的にこのクラスは力のない子爵、男爵、騎士、裕福な平民が中心のようだった。


 似たようなものを固めるというアイデアはありがたい。

 人脈づくりという観点からはマイナス要素だろうけど。


 昼、ひとりで学食に向かうとノーラが女子生徒に囲まれていた。


「ナビア商会のノーラさまよね? 新作の白粉とリンス、とてもすばらしいのでいつも愛用してるわ」


「ありがとうございます、先輩」


 どうやら新商品のファンである女子生徒たちが、学年を超えてノーラに話しかけてきているらしい。


 俺が受け取ってるアイデア料の金額を考えると熱心なリピーターが多いことは意外じゃなかった。


「ほんといままで使ってたものがもう使えないくらい、素敵だわ」


「これからも買うからよろしくね」


 邪魔にならないようにすり抜けると、ノーラに気づかれて「あっ」と口が小さく動く。


 だが、この状況で話しかけるのは無理だ。


「よいのか?」


 ウーノに話しかけられたので誰もこっちを見てないことを確認し、


「あの商会の客は貴族が多いからね」


 と小声で言う。


 学園では制服だからわかりづらいけど、おそらく伯爵以上の大貴族のご令嬢だっているはずだ。


 貴族令嬢の集団に話しかけても平気な男なんてめったにいない。


「やぁ、きれいなお嬢さまがた」


 それを知らないのか、それとも自信があったのか、ジョンが無謀にも突撃して、全員から憐憫のまなざしと冷笑を向けられ、瞬殺された。


 ノーラですら困った顔をしただけで同情する気配はない。


 上級貴族のご令嬢は美人揃いだけど、俺やジョンみたいな立ち位置の男と縁があるはずもなかった。


 俺は庶民用のメシをひとりでゆっくりと食べよう。


 ナビア商会から受け取ってるアイデア料は使えない。

 貧乏子爵家の収入をすでに超えてしまっているからだ。


 それにあれは俺のこづかいじゃなくて組織の運営費に回したい。

 使い道、実はまだ決めてないけど。


 

 授業が終わってベッドと机しかない男子寮の個室に来て、ふーっと息を吐き出す。


「なかなか面白かったな。ヒューマンの子どもの集団生活は」


 と姿を現したウーノがにやにやしながら感想を言う。


「見世物じゃないぞ」


 と切り返したものの、退屈されるよりはマシなのも事実だ。

 

「ふふ。うん? トーレがお前に会いたいそうだぞ?」


 とウーノが伝えてくる。

 

「わかった。庭に行こう。家より行きやすいかも」


 寮生活なので授業さえ出ていれば、学園側も気にしない。


 一日のうち七割くらいが人目を気にしなくていい時間となると、組織づくりがいままでよりもはかどるかも。

 

 庭に移動したらトーレがやってくる。

 彼女も成長したけど、背が伸びた以外あんまり変わってない気がした。


「リーダー、あたし魔法学園卒業したから!」


「は?」


 いきなりトーレことサブリナは爆弾を投げてくる。


 魔法学園とは魔法使いを育成するための教育機関で、王立学園と並んで二大名門という設定だ。


 飛び級で入学したのは知っていたけど。


「もう卒業したのか!?」


「だって学園や教育よりこっちのほうが楽しいし」


 白い歯を見せてうれしいことを言ってくれる。 


「ところでウーノがリーダーについていくなら、代用できる魔法が必要になると思って開発してみた!」


 とトーレはさらにトンデモ発言をした。


「ほう?」


 ウーノが興味を示したけど、目が笑ってないぞ。


「お前がどの程度なのか、見せてみろ」


「いいよ」


 トーレはすごい勢いで魔法を使っていく。


「これらの魔法を組み合わせたら、ウーノの代理はできるでしょ?」


 と得意顔でウーノを見る。


「うむ。ヒューマンにしておくのがもったいない天才だな。寿命を克服できれば、わらわの足元には届くかもしれん」


 ウーノは驚いた顔で惜しみなく賞賛した。

 いやいやいや、おかしくない?


 たしかにサブリナは天才と明言されていたし、実際に強い上にたくさんの魔法を使える便利キャラだったけども。


 この成長速度、ゲームになかったやばさなんですけど?

 

「へへへ。ここでならいっぱい魔法を使わせてもらえるもんね」


 トーレはワクワクしているが、不意にこっちを見る。


「あたしとウーノがいれば学園に行く意味ないんじゃない?」


 誰かには言われると思ってたけど、このタイミングか。


「一応はあるよ。まず表の顔的に貴族のルールには逆らえない」


 貴族の子どもたちはみんな学園に通うのに、俺だけ行かないと悪目立ちしまくる。


「ああ、しがらみか。面倒だね」


 とトーレが同情してくれた。


「ふたつめ。コネづくりと情報収集には役に立つ」

 

 まだ組織の人員がそろってないんだから、自分でも集める必要はあるだろう。


 ノーラの存在を知らなかったように、ゲームに出てこなかった人たちの存在や人間

関係なんてわかるはずがない。


 学園生活である程度はおぎなっておきたかった。


「最後に。ウーノに対抗できるアイテムがあるかどうか」


「む? わらわにか?」


 黙って聞いていたウーノが初めて反応する。

 邪精霊は世界を滅ぼす力を持った最強最悪の隠しボス。


 対抗するためのアイテムが全部で四つ存在していて、全部集めないと主人公パーティーは強制敗北させられる。


 つまりどれかひとつでもこっちで手に入れてしまえば、主人公パーティーにウーノが倒される心配をしなくてすむ。


「なるほど。お前を見守る以外の目的があるのは楽しみだ」


 ウーノは何やらやる気が出た顔つきになった。 

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