第11話「アイデア料」

 十日ほど経ったので、そろそろかまわないだろうとナビア商会の母娘に、試作品の感想を聞きに行く。


「ようこそいらっしゃいました」


 相変わらずメイドたちが素早く出迎えてくれる。


 今回の訪問に関しては予想されているはずがないので、日ごろの鍛え方が違うんだろうな。


 正直、うちのメイドたちよりも優秀な気がするんだけど?

 おなじみの部屋に通されたと思ったら、息を切らして夫人とノーラが現れる。


「ルークさま! いただいた試作品はどれもすばらしいですわ!」


「当商会に卸していただけるなら、喜んで買い取らせていただきます!」


 ノーラも夫人も顔じゅうに喜色が満ちていて熱弁をふるう。

 ちょっとこわさを感じるレベルだ。


 試作品のつもりだったのに、まさかここまで反応がいいとは。


「ウーノ、あれらを量産できると思うか?」


「材料さえ揃えばわらわの魔法で対処可能だな」


 質問に笑顔で即答される。

 さすが最強の精霊、反則的レベルの便利さだ。


「あのう、製法をこちらに教えていただくかわり、アイデア料をお支払いするという形もとれますよ?」


 夫人が遠慮がちに申し出る。

 

「アイデア料方式ですか」


 前世で言うところの権利ビジネスかな? 

 自分でやらなくても収入が入ってくるのは魅力的だ。


 さらに商品化するためには現状人手不足にもほどがあるからありがたいと言えるけど、ひとつ問題がある。


「ウーノが魔法でやってる部分、ヒューマンの技術で再現可能なのか?」


 ウーノだからこそできるという可能性だ。


「さあ? そこまでは面倒を見られないな」


 というウーノの返事はもっともである。

 

「見せていただくことは可能でしょうか?」


 夫人はやけに積極的だな。

 それだけ将来性が有望ってことなら、早いうちに試しておきたいな。


 もしかしたら誰かが思いついて実行して、先に権利を抑えてしまうかもしれない。


「ウーノ、頼んでもいいか」


「仕方ないな。血は新鮮なうちに洗い流せというやつか」


 ウーノが言ったことが一瞬意味がわからなかったけど、ニュアンスと流れから察するに『鉄は熱いうちに打て』みたいなもの?


 夫人とノーラがふしぎそうにしてないので、おそらくこの世界のことわざか何かなんだろう。


 ウーノの庭に素材の残りはあるので、彼女はすぐに取ってきてくれる。

 

「ではさっそくやってやろう」

 

 しかし夫人とノーラと執事とメイドしかいなくていいのかな?

 技術的に可能かどうか判断するなら、専門の職人が立ち会ったほうがいいのでは?


 俺が疑問を口にするより先にウーノは行動に移していた。


「まずこの材料とこの材料をこうして……」


「まぁすごい」


「すばらしいです」


 母娘からは大絶賛されている。


「精霊さまがお使いになっているのは高等魔法ですが、ヒューマンの魔法でも代用できる効果かと存じます」


 ウーノが実演を終えたところで夫人が言った。


「そもそも大して難しい魔法なんて使って」


 とウーノが言うのは余計なことな気がしたので、彼女の口を手でふさぐ。


「むぐ」


 ウーノは眉を動かしたが抵抗はしない。


「精霊さまからすれば、私どもなど下等な存在なのは当然です。お気になさらず」


 夫人もノーラも笑顔で応じる。

 こっちだと精霊は人智を超えた存在だと信仰する人も珍しくないからかな?


「再現できたらお知らせしていただいて、それから契約の話になるでしょうか」


 と確認を入れる。


「ええ。販売価格の一割をお支払いするのが通例なのですけど」


「それで大丈夫ですよ」


 再現できないかぎりは絵に描いた餅だし、素材を集めて試行錯誤するのも大変だろう。


 何もしなくて一割もらえるなら何の不満もないかな。


「ルークさま、学園に進学するご予定はおありでしょうか?」


 と夫人に質問される。

 いきなり何だろうと思ったけど、用件終わったら帰るだけじゃ人脈とは言えない。

 

 雑談もこなしていこう。


「ありますが、三年先になると思いますよ?」


 夫人が言ってるのは王都にある「王立第一学園」のことだろう。


 十五歳になった貴族の子女、あるいは規定の寄付金と授業料を払う平民が通っている。


 学び舎と言うよりは、将来のために顔を売って人間関係をつくるための場所だ。

 貧乏子爵の長男に通わないという選択肢があるはずもない。


「ええ。ですよね」


 夫人はにこやかに答えて、ノーラがぎゅっと両手で握り拳をつくる。

 意味がよくわからない。


 学園で人脈をつくれたら紹介して欲しいってことだろうか?

 ナビア商会ならすでに強力なコネを持ってそうだけど……。


 あれこれ考えをめぐらせながら雑談をしている。

 夫人は親切な人で知らないと言えば、多くの情報を教えてくれた。


 感じのいい対応をしてくれるので、貴族の息子なんて見栄なんてはらなくて正解だなと思う。


「では今日はこれで失礼します」


 いつまでもいられないと判断して話を切り上げる。



 庭に転移したところで、


「なかなか人脈づくりが上手いではないか」


 なぜかウーノに褒められてしまった。


「いや、俺はまだ何もしてないだろう?」


 ナビア商会との関係が上手くいくとしたら、それはウーノのおかげだ。


 契約者として功績をいくらか分けてもらえるのかもしれないけど、彼女に言われることじゃないのでは?


「まあそこがお前のいいところかもな」


 ウーノは笑って意味ありげなことを言う。


「学園に向けて修行にはげんでもらおうか」


「いや、それはダメだ」


 師匠として彼女の方針に逆らうつもりはないんだけど、ここは方針のすり合わせをしておくべきだ。


「目立ってしまうのはよくない。ナビア商会に関しては手遅れかもしれないが、それでも武力についてはあまり広まって欲しくない」


「ああ、組織のボスがお前だと周囲に認識されたくないんだったか」


 忘れてたとウーノはポンと手を叩く。


「ああ。ふだんは平凡な貧乏子爵。実はすごい組織の一員という感じがいい」


 それができないなら陰の組織をわざわざ作る意味がない。

 全員俺の仲間だって両親に紹介するほうが手間はかからないのだ。


「ふむ。だが、それだとわらわもお前の近くにいるのはまずくなるぞ? 平凡な貴族ごときと契約してやるいわれがないからな」


「そうなんだよなー」


 実のところ現在最大の悩みがウーノの存在だったりする。

 彼女が近くにいて手を貸してくれる便利さはさんざん経験してきた。


 だけど、何のとりえもない平凡な貴族の息子が、ウーノ級の精霊の助力を得られるのは、誰がどう考えておかしい。


 いやでも目立ってしまうだろう。


「何か手を考えてみよう」


 とりあえず問題の先送りを決める。


「あの、ルークさま」


 近くで黙って話を聞いていたドゥーエがおずおずと手をあげた。


「どうかした?」


「ルーク様がいらっしゃらない間、リーダーはどうなさるのですか? 代理を置いておくほうが、無関係をアピールできるのでは?」

 

 そう言えばまだ決めてなかったかな。


「クワトロに頼もうと思ってるんだよね。外見と威圧感ならうってつけだろう」

 

 あと戦闘力も。


 ラスボスの魔王を倒せるくらいになった主人公パーティー、あるいはウーノでもないかぎり、まず勝ち目がない強さがある。


「そうだな。組織にするなら、ルークなしでも回せるメンツは必要だ。ゆくゆくはドゥーエにも任せたらどうかと思うが」


 とウーノが言った。


「わ、わたしですか!?」


 ドゥーエはびっくりした様子で自分を指さす。


「俺も賛成かな」


 ゲームでドゥーエのスペックはかなり高かった。

 こっちでもどんどん強くなってる。


「期待してるよ」


「ひゃ、ひゃい!」


 ドゥーエはやたらと緊張した面持ちで返事をした。

 そこまで力まなくてもいいと思うけど。

 

「あとはトーレとの連携だな」


 本当ならもっといろいろと知恵を借りたいのに、彼女とはあまり接触できていない。


 あの子は一応べつの派閥の貴族令嬢で、一族期待の天才魔法使いという立場もあるからなぁ。


 俺と違って有名になってるから、表立って接触はできない。


「そう言えば伝え忘れていたのだが」


 とウーノは何の変哲もない金属製の腕輪を取り出す。


「これをつければわらわとトーレとの間で会話はできるようになるそうだ」


 トーレの発明品かな?


「ウーノ専用なのかい?」


 できれば俺も欲しいんだけど。


「わらわの魔力と空間認識力と遠隔操作力が不可欠だからな。クワトロでも無理だった」


「それじゃあウーノ専用だね」


 クワトロでも無理なら、ウーノ以外には不可能で決まりだとあきらめる。

 

「ウーノ経由で連絡取れるなら楽になるね」

 

 依頼や指示も出しやすい。

 すこしずつでも準備しておこう。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「旦那さま、奥さま、成功しました」


 とナビア商会お抱えの職人と魔法使いが、完成品を夫婦に差し出す。


「おおできたか」


「これはウチの主力商品になれるかもしれないぞ」


 とノーラの父にして商会長は安どする。


「まずは女性店員に使わせてみましょう。実例があるほうが販促効果がありますからね」


「うむ、名案だな。お前たちもつけてアピールを頼むぞ」


「もちろんです」


「はい、お父さま」


 妻もノーラも指示にうれしそうにうなずく。


「しかし、それにしても、精霊さまの言葉を途中でさえぎったり、口をふさいだというのは本当なのか?」


「あなた、何十回も答えたわよ」


 夫の言葉に夫人はさすがにうんざりした顔になる。


「すまない。だが、それだけ信じられないのだ。高位精霊にそんな無礼なすれば、都市が吹き飛んでもおかしくないのだから」


 商会長は情報を集めた結果、ルークがやってみせたことはあり得ないと思う。


「それだけルークさまが偉大な技量の持ち主なのでしょう」


「ううむ……それほどまでとなると、関わり合いにならないほうが良い気もしてきたな。ルークさまが怒ると国が滅ぶかもしれん」


 精霊を意のままに動かせるということは、それほどまでに脅威になりかねない。

 商会長はすっかり弱気になっている。


「それはないでしょう? 善良で優しい少年でしたよ」


「お前がそう言うなら」


 夫人の勘と見る目に信頼を置いているので、ようやく安心した。

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