第10話「ドゥーエ、メイド見習いになる」

「やってみたいのはまず美容関係なんだよね」


 この世界で金と権力を持っているのは基本的に男である。

 そんな男たちにとって妻と娘が美しいというのはステータスだった。


 女性が美しさを維持するためにはお金がかかるし、ツテが必要になるケースもある。


「妻子が美しいのは、それだけ財力と人脈を持っているアピールになるわけか」


 部屋で俺の話を聞いていたウーノはくだらないという顔で言う。


 性別的には女だから、女性がステータスあつかいされるのには思うところでもあるのかな。


「言っておくとそこまで単純な世界でもないよ」


 女性貴族は独自の社会とツテがあっていて、それを夫を支えるために使う。

 

「つまり夫の勢威は妻の力って見られる面もあるんだ」


 つまり夫側だって女性貴族のステータスになっている。

 男のメンツも女のメンツも懸けられた戦いが存在する世界らしかった。


 貧乏子爵だと直接的には無縁でも、寄り親の争いには巻き添えを食らう悲しい立ち位置である。


 平民はそこまでひどくないみたいなので、平民になりたい気持ちもなくはない。


 子爵家から平民になる場合、いま持ってるなけなしの財産と人脈を失うリスクが高すぎるので、選択肢には入れてないけど。


「相変わらずヒューマンの世界はややこしくて呆れるな」


 というのが邪精霊・ウーノの感想だった。


「同感だよ。だけど、おかげで俺がつけいる隙はあるってわけさ」


 隙がない格差社会じゃあ人生の逆転なんて望めない。

 生まれた時点で絶望するしかないじゃないか。 


 それを考えると知ってるゲームの世界に転生したのはまだマシか。


「話を戻させてくれ」


 話した事情から美容関係はすぐれた商品をつくれれば儲かる。

 母が使ってるので一応この世界で普及してる物に関する知識もあった。


 母はおおらかなに「奥さんのために学ぶといい」と普通に貸してくれる人だから。


「なるほど。利益にできる展望があって、物に関する知識もあるなら、第一歩として選ぶのはわかる」


 ウーノは納得しドゥーエもこくこくとうなずいたの最初のビジョンは決まりだ。


「化粧とシャンプーかな」


 肌と髪は女性の命という考え方がある。

 よって商品も需要は大きいのだ。


 白粉は鉛を材料に使うやり方はまずいだろうから、家の近くにも生えてるオシロイバナを使ったやり方を試してみよう。


 シャンプーはこっちにもあるので、改良する方向で進めたい。

 と思っていた時期が俺にもすこしだけありました。


「こんな感じでよいのか?」


「わぁ! すごい!」


 ウーノがあっさり魔法によってクリアしてしまい、実験台代わりにされたドゥーエが無邪気にはしゃぐ。


 もともと素材はよかったドゥーエだったが、三回りくらいは可愛らしい女の子になっていた。


 前世の知識で稼ぐことに挑戦しようと思ったら、邪精霊チートには勝てませんでした。


「これを一回ナビア商会に持ち込んでみようか」


 あの商会が唯一のコネだし、会長夫人とノーラというふたりの女性もいる。

 彼女たちなら目も肥えて販路も持っている、うってつけの相手だった。


「さて、面会予約を入れたいけど、ウーノに頼んでもいいかな」


 自力で行くにもほかの人に頼むにもお金も時間もかかって、貧乏子爵家には痛い。

 ウーノなら手紙を渡すだけでいいからね。


「ふん、任せておけ。わらわならたしかに一瞬だからな」


 ウーノは得意そうに胸を叩く。

 うすうす思っていたけど、頼りにされるのがうれしい性格っぽい。

 

 俺は急いで手紙を書いて手渡すとウーノは姿を消した。

 そしてすぐに戻ってくる。


「お前ならいつでも来て欲しい、いますぐでも歓迎する。と言ってたぞ。ノーラとやらの母親がな」


 ウーノは笑顔で報告してくれた。


「それでいいのか、ナビア商会?」


 と反射的に思ってしまったが、すぐに社交辞令だと考え直す。

 さすがにどんなタイミングでも訪問していいはずがない。


 常識的な時間、対応ならって暗黙の了解があるはずだし、貴族の息子ならわかってるよね? と思われてるんだろう。


 ……素直にルールを守るなら日を改めるのが当然だ。

 しかし、ここは本当に即日に行ってもいいんじゃないか?


 ウーノの存在はすでにバレてるから、関係が良好だとアピールしておくのはありじゃないだろうか。


「じゃあ本当に今日行ってみようか」


「ほう、それでこそわらわの契約者だな」


 ウーノはニヤリと笑う。

 ドゥーエは……今日早めておこうか。


 時間を見て礼儀作法の勉強もしてもらわなきゃね。

 ドゥーエに手伝ってもらって急いで準備を整えて、電撃的に訪問する。


「ようこそいらっしゃいました」


 まるで俺がそうするとわかっていたみたいに、何人ものメイドと執事たちがにこやかに出迎えてくれた。


「奥さまとお嬢さまがお待ちです」


 とエヴァンスに言われる。


 マジかよって思いながら前回も通された部屋に案内されると、すこしだけ待たされたので、本当に予想されていたわけじゃない、よね?


「お待たせしました、ルークさま」


 ノーラと夫人のふたりが入ってくる。

 ふたりとも上等だが華美じゃない範疇の服装だった。


「本日は何か商品のアイデアを持ってきていただいたとか?」


 あいさつもそこそこに夫人が切り出す。


「ええ。見て率直に評価していただければと思います」


 と言ってシャンプー、リンス、白粉をウーノが夫人に渡した。

 夫人に直接渡していいのか。


 あ、ウーノは精霊ってばれてるから特別にオッケーだとか?

 

「これらですと実際に使ってみてからの判断になりますね」


「当然ですね」


 夫人の言葉は正しいとうなずく。

 まあ一週間後くらいに感想を聞かせてもらえればいいかな。


 いきなりヒットは難しいだろうから、改善のヒントをもらえるとありがたい。


「今回は試作品を持ってきただけですし、みなさんお忙しいでしょうから」


 と言って多少雑談して庭に引き上げ、ドゥーエとクワトロと合流する。


「今日も盗賊とか探してみないか?」 


 ノーラたちを助けたことでちょっと味を占めたので提案してみた。


「賊ばかりと戦っても仕方ないからな。今日は魔物と戦ってもらうとしよう」


 残念ながらウーノの考えは違うらしい。

 

「魔物を狩って素材を売れるようになれば儲かるしね」


 すくなくとも上位層は豊かな領地を持つ貴族並みに稼げているそうだ。


「組織なんだからゆくゆくは魔物を狩るチームと商品をつくるチームが欲しいな」


 稼げる事業は複数あるほうが望ましい。

 

「じゃあわたしは魔物狩り担当かな?」


 黙って聞いていたドゥーエが言った。

 彼女は手先が器用ってわけじゃなさそうだから、武力に期待したいと俺も思う。

 

「ああ、ドゥーエ向きだね」


 彼女が成長してチームリーダーを任せられるようになってくれるのが理想だ。

 

「うん、がんばる!」


 ドゥーエの笑顔がまぶしい。

 貴族教育をするなら自宅に連れて行って家人に任せるのが無難なんだよなぁ。


 組織の幹部候補で考えていたから、知り合いが増えても困ると思っていままで連れて行かなかったんだけど。


 そこは組織の一員と疑われないように、こっちで気をつければいいか?

 ウーノは想像以上に万能だったので、何とかしてくれると期待しよう。


「よしドゥーエ、俺の家に行ってみようか」


「ふぇええええ!?」


 何か知らないけど、めちゃくちゃ驚かれてしまった。


「礼儀作法なら、俺よりも教えるのに適任がいるからな」


「あっ、なるほど」


 急にスンとした表情になる。

 落ち着きを取り戻すのが早いのは頼もしい。


「じゃあウーノ頼む」


「わらわはすっかり移動役だな」


 愉快そうにウーノは笑っている。

 怒りっぽい性格じゃなくてよかった。


 ……ゲームの言動とは別物過ぎるのは気になるけど、害がないなら放置しておこう。


 

「は、初めましてドゥーエといいます」


 緊張した面持ちのドゥーエが玄関でぺこりとおじぎすると、


「まぁ可愛い!」


 母さんこと子爵夫人が歓声をあげた。


「行くアテがなくて困ってる子らしいんだけど」


「いいわよ、うちにきてもらって。メイド見習いとして育てましょう」


 さすが母さんだ、話が早いにもほどがある。


 こうなることは予想できていたので、自分の中でふんぎりがつくまでは連れて来なかったのだ。


 母さんの背後にひかえている執事とメイドも、やれやれという顔をしている。

 みんな母さんの性格くらい承知してるもんな。


「さぁ、着替えましょうね」


 家に連れてくるにあたって、困窮してる感じを出すため、わざと出会ったときのぼろい衣服にしたからだ。


 

 

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