第9話「史上初の偉業」

 俺たちがもらったのは三つのアイテムだった。


「【魔法軽減のペンダント】【矢よけのブローチ】【防刃の小手】ですか」


 どれも俺にはうれしいけど、もらいすぎという意識もある。

 それだけ子どもたちが大切なんだろう。


「それと賊ども賞金もすべてルークさまのものに」


 何でもないようにノーラ父はつけ加える。


「それはできません。あなたがたの護衛の働きのおかげもありますので」


 さすがにぎょっとして断った。

 功績はたしかに目的のために欲しいけど、独り占めはよくない。


 独り占めは妬みや恨みを買いやすくなるんだから。

 

「もちろん護衛たちにはべつに報いますとも」


 ノーラ父の言葉にすこし安心する。

 ナビア商会の財力ならそれくらいわけないだろう。


 報酬の支払いをケチらないほうが人はついてくるだろうしね。

 

「捕らえていただいた賊は【紅蓮剣団】というタチが悪い賊だったようで、銀貨三百枚の賞金が懸けられておりました。ご確認ください」


 とノーラ父が言うとメイドが立派な革袋を差し出す。

 これは俺が直接受け取れないので、目で合図してウーノに頼む。


 いやな顔をせず引き受けてくれる邪精霊、ガチでありがたい。


 ドゥーエは礼儀作法的な勉強はいっさいしてないので、こういう場合では不安だらけだからね。


「たしかに」


 中身を見たウーノが報告してくる。

 銀貨三百枚だとたぶん三百万ゴールドだな。


「おお……精霊さまがそこまで」


 何やらノーラの両親が同時に驚愕しているけど、べつに深い理由はないんだけどなぁ。

 

 俺の都合のいい方向に勘違いしてくれたなら、訂正しないほうがお得かな?


「では末永いお付き合いできることを祈っております」


 というノーラ父の締めの言葉で、俺たちは引き上げることになった。


「こちらこそ」


 貧乏貴族としては非常にありがたいつながりだけど、余裕があるようにふるまう。

 もちろん見抜かれてるに決まっているが、手を抜いてはいけない部分だ。


「お帰りはどうなさいますか? よろしければ馬車を手配いたしますが」


 という配慮を丁重に断る。


「このウーノがいれば解決できます。秘密にしていただけますか?」


 手の内をちらつかせつつ、いたずらっぽく聞いてみた。


「もちろんですとも。子どもたちの大恩人を裏切りマネはいたしません」


 ノーラの両親はそろって即答する。


 商人としての言葉は信じ切れないけど、子どもを愛する両親としての言葉なら信じたい。


 ウーノに合図していつもの庭に運んでもらう。


「ふー、やれやれだ」


 見慣れた場所に戻って来たことでようやく肩の力を抜ける。


「すごい場所だった。お金持ちってすごい」


 空気になってたドゥーエが感嘆の息と言葉を漏らす。


「三百万ゴールドの臨時収入はありがたいな」


 何をやるにも軍資金は必要なんだし。


「あのやりかただと盗賊団がため込んだ財宝はもらえないのはミスだったかな」


 とウーノが反省を口にする。


「いや、ナビア商会との縁ができたのは、財宝よりもデカいからいいよ」


 よほどの大盗賊団でもないかぎり、莫大な財宝なんて持ってないだろうからね。


「ところで商会に見せる商品って、何かアテはあるのか?」


 とウーノに質問される。


「アイデアはね。商品になるかどうか、みんなにまずは相談したいんだけど」


 と俺は答えた。


 どうやればこっちの世界で再現できるのか、想像もつかないようなものが多すぎるからだ。

 

 こっちの世界にもあるか、代用できる素材なり手段が存在しているものからつくってみるしかないだろうね。


「とりあえず今日は休んでもいいかな?」


 と俺が言うと、


「甘いな。実戦を経験したことを、忘れないうちに鍛錬だ」


 ウーノは優しい笑顔で答えた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「情報と実物は違うと知っているつもりだったが、ソルム子爵家のルークさまこそ最たるものだな」


 とノーラの父は冷や汗をぬぐいながら深々と息を吐き出す。


 夜、仕事を終えて自宅に戻った彼は書斎で部下と情報と意識のすり合わせをおこなっている。

 

「鬼族の少女も強大な魔力を内包しておりましたが、あの精霊は格が違います」


 と執事長であり、歴戦の戦士の顔を持つ彼の側近が同調する。

 

「高位の精霊でありながら、ウーノなんて名前は聞いたことがない。おそらくルークさまは契約して名づけもおこなったのだろう」


 とノーラの父が予想を話す。


「そんな話、聞いたことがありませんな。間違いなく史上初でしょう」


 それだけ精霊と契約して名付けるのことは困難だと知られている。


「あれだけの精霊がまるで従者のようなふるまいをするだなんて、完全に心服しているということでしょうね」


 とノーラの母、商会長夫人が頬に手を当てた。


「精霊は気位が高く制御は困難だ。あんなふるまいを要求したら術者は殺され、巻き添えで都市も滅ぼされるのが常識だからな」


 と彼女の夫がうなずく。


 つまりソルム子爵家のルークは、彼らの常識をはるかに超える規格外の怪物ということだ。


「彼自身は善良で礼儀正しく、子どもたちを危ないところを助けてくれる義侠心がある方でよかった」


 とノーラの父は言う。


「彼がその気になればこの商会は滅ぼされて、すべての財産を奪われてしまうだろう」


 彼らがルークのことをまったく疑っていない理由である。


「できればルークさまと縁を結びたい。向こうにその意思はあること、ノーラが彼を慕っているのことが幸いだな」


 と彼の言葉に妻も黙って首を縦に振った。


 婚姻は関係を強固にするための常とう手段である。

 ノーラは親のひいき目なしに美しい少女であり、頭も気立ても悪くない。

 

 そして本人はあきらかにルークに気がある。

 両親の提案に喜びこそすれ、反発はしないだろう。

 

 そしてさらに重要な点もある。


「失礼ながらソルム子爵家の方なら、ノーラとは不釣り合いではありませんからね」


 と商会長夫人が言うように身分の問題だ。


 裕福な子爵かさらに格が上の伯爵であれば、ナビア商会の娘との縁組は断られるだけだろう。


「男爵家の爵位を買うという手段もあるしな」


 それが大商人の財力というものである。


 爵位を手に入れることで貴族相手の商売をやりやすくなるというメリットもあった。


「彼らの寄り親もうちとの関係はきっと歓迎してくださるだろう」


 ルークとノーラが結婚すれば、当然ナビア商会が経済的に支援することになる。

 そして子爵家の寄り親も間接的に支援にいく。

 

 侯爵家の賛成は得やすいだろう。

 

「もちろんルークさまのお気持ちしだいなのだが」


 とノーラの父は自制する。


 いくら財力で勝る大商人と言っても彼らはあくまでも平民だ。

 子爵家に縁談を断られても食い下がることはできない。


 ただ、彼らは縁組を断られる可能性を考慮していても、ルークが寄り親の侯爵から距離を取りたがってるとは夢にも思っていなかった。


 両親はもちろん、ウーノやドゥーエにもはっきりとは告げてないのだから、当然である。


「侯爵家にも根回しするべきか?」


 だからノーラの父はこのようなことを考えてしまう。


「気が早いですよ、あなた」


 しかし、彼の妻によって制止される。

 

「そうだな。今は関係を深めることに注力するか」


 彼はまだ冷静さを残していたので妻の言葉を素直に聞き入れた。


「あれだけの精霊がいるなら、あの方が貴族社会の中心になっていくこともありえますな」


 とエヴァンスが言う。


「うむ。精霊と契約している貴族は、すくなくともこの大陸には誰もいないはずだからな」


 それこそナビア商会がルークの将来性を評価する最大のポイントだ。


「そうそう、ノーラとエヴァンスの証言によると、もう一柱精霊がいたそうだな?」


 ノーラ父は思い出したとつぶやき、視線がエヴァンスに集中する。


「はい。獰猛そうな風貌と禍々しく強大な気配を感じました」


 エヴァンスは正直に報告した。


「闇に属する精霊とでも契約しているのか? 制御できているなら特に問題はないな」


 とノーラ父は結論を出す。

 ルークはまだ知らない考え方である。


 もっともウーノとクワトロの正体を知られたときは、さすがに評価が正反対になるだろうが。


「一柱でも偉業と言われる精霊契約なのに二柱も? かわいそうだけど、ノーラじゃ器量不足かしら」


 ノーラ母が娘の心情を思い、そっと嘆息する。


「否定できないな。王族だって欲しがりそうだ」


 ノーラ父は妻の言葉に同意した。

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