1−6
「────まだ集まれ切れてない。慣れてなくても、無駄じゃなかったかな」
一人ごちて、宇野銀次の意識は眼前へと向けられる。
白い髑髏の幽霊。ここで渦巻く人々の悪感情の集合体。元々、病院はそういうのが溜まりやすい。死や離別、ストレスで発生する感情を集め、それを元に膨れ上がっていく。単一では微弱でも、大群となれば強大となるのは世の常だ。
とはいえ、今回はマシな方だ。まだ集まり切れてない。分霊なのがその証だ。
それは宇野が敷いた結界が効果を現したことを意味する。
結界とは種類として二つに分けられる。一つはこっち側とあっち側を線引きする結界。侵入を拒み、領域を隔離する結界。
もう一つが、逆にこっち側とあっち側を繋げる結界だ。
神道の概念にある、神社と人界を繋げる理。玄関である鳥居は結界の役割を担っているが、それは人を拒むものではない。神と人とを結びつけるものだ。
宇野の結界はその概念を模倣した。結界を張ったのは、空間と結界を繋ぎ合わせるため。その空間で起きたことは、結界を通じて宇野へと伝達される。
(お陰で、人払いの結界を別で仕掛ける必要があったけど────)
だが、手間をかけた割はあった。
結界は聖蹟術式のもの。聖蹟とは奇蹟の一端、神の敵を否定するモノである。悪魔は無論、死した亡霊すら塵へと帰す極光の断片。
それが薄いとはいえ、病院全域に展開されていたら、蒸し殺される前に出るのは当然の帰結といえよう。
「さて」
息を吐き、宇野は静かに腕を下ろした。
「────我が故郷、レーゲンスブルクへと告げる」
全身に走る熱。血管を通じて力が集まる。
……聖蹟は癒しの力だ。他者の病を癒やし、苦しみを解放することに特化した秘儀。祈りとして、歌として、奇蹟は脈々と受け継がれてきた。
それを攻撃として転用……悪魔や亡霊を殲滅するまでには相応の錬磨が必要になる。
神の代行。主に変わり天敵を討つ者は、才能だけでなく信仰心も要求される。
宇野はそれらを全て通過した。ドイツの聖堂、レーゲンスブルクで洗礼を受け、彼は聖蹟の担い手となった。
彼は、悪鬼怨霊を滅する、信仰の徒である。
「彼らに、魂の安息を」
呟きと共に、眩い閃光が広がる。
チリチリ、と両手に迸る熱。足元に広がる青い紋様。それを実感するのと同時に────
「■■■■■■────!」
喚き声が重なる。言葉にならない叫びを一斉に浴びる。常人であれば、内側から圧力がかかり眼球が飛び出てもおかしくない呪詛の唄。
しかし、宇野銀次には、それは通用しない。
彼は腕を振るう。熱が籠る右腕から、一つの光が放たれた。
白い鍵の剣。投擲に特化した細い剣身が、一体の亡霊の胸へと突き刺さる。
断末魔が谺する。危機を捉えたのか、亡霊が四体向かってくる。
白樺の腕を伸ばす。その寸前────白き霊たちは、瞬時の軌跡を捉えられなかった。
宇野の両手には、先程の鍵剣が握られている。瞬時に出現させ、刃を滑らせて、亡霊の腹を裂いた。
胴体が二つへと別離する。消滅するのを見届けて、鍵剣を握る両腕を下ろす。
そして一気に振り上げた。
放たれる二本の鍵。白銀の軌跡を描き、白百合の蕾を砕く。
剣先が亡霊の蟀谷を貫通する。浮遊していた二人の亡霊は、蝶のように落下した。
「あと三つ」
額から一筋の汗が流れる。日中からの結界に加え、円陣の維持と剣の生成。疲労が重なるのは当然だった。
その色を見て……その頭脳が備わっているとは思えないが……判断したのか、無謀にも亡霊は宇野へと突貫する。破れかぶれとも思えるソレに、宇野は憐憫の心を持った。
再び、剣を生成し、投擲。二体の亡霊へと突き刺さる。最後の一体を目にし、再び剣を……
「────!」
宇野は目を見張った。亡霊は宇野へと突撃し、そのまま通りすぎた。
理由は明白。最後となった亡霊は、彼には勝てないと判断した。故に、その手で殺せる兎へと狙いを定めた。
宇野の背後から五メートル。そこには、不安そうに身を縮こませる後輩がいる。
亡霊は歓喜に似た声を出した。既に彼女と亡霊の距離は目前。宇野が動くより、亡霊の指が彼女に触れる方が卂い。
その手が伸びる。柔らかい首筋へと、伸びる。
ごきっ、と何かが砕ける音がした。
「ぁ────」
小さい吐息が、彼女から漏れる。宇野はゆっくりと、振り向いた。
「言ったでしょ。動かないでって。……簡単に、僕の後輩に手を出させるかよ」
宇野の視線の先には、立ち竦む後輩の姿がある。その足元には青い円陣が展開されていた。
円柱の結界。今度は、こちら側とあちら側の行き来を拒むもの。
堅牢な拒絶によって弾かれた亡霊の胸には、穴が開いていた。
背後から刺された白い剣が、亡霊の中心……既に無くなった心臓を刺す。慈悲を与えるかのように、正確にと。
落ちる亡霊。白い骸の全身が燃え始める。青白い炎が白百合を火葬していく。
宇野はようやく、肩から力を抜いた。
分霊とて集合体の一歩手前。全てを斃さないと亡霊に死は訪れない。手間はあるが。それで解決するのなら幾らでも労ずる。
ふう、と宇野は息を吐いた。展開した聖蹟が消滅するのを感じる。
病院を巣食っていた亡霊は倒した。青白い炎は夜明けとともに消える。
宇野は踵を返し、背後にいた後輩の元へと近寄る。彼は笑みを浮かべて、
「終わったよ緋茉莉ちゃん。これで今回の件は、無事解決だ」
そう、彼女を巻き込んだ一つの出来事に、終止符を打った。
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