「違和感がある」報告

 不具合報告の難しさは、目にした状態を言語化するところにある。不具合とは事象であり、事象の多くは形をもたない。動画や画像を添えれば事象の具体性は上がる。しかし、それでも言語化は必要だ。動画をうまく言葉にできていない、画像とは異なる説明がされている、では困りものである。報告を受ける相手は、あなたが発見した不具合をまだ知らない。まずは文章から状況を知る。動画や画像は、文章を補い、事象を鮮明にするために効果を発揮するのだ。

 不具合とは形をもたない事象である。無形の事象を、誰が見てもわかりやすく言葉にするのは骨が折れる。あいまいな表現がひとつでもあれば、まったく別の伝わりかたをすることだってあるのだ。報告どおりにしても不具合が起こらないようでは、「そんな不具合は存在しなかった。報告者の見間違いだ」と判断される可能性もある。

 文字情報でなく、口頭で伝える場面もあるだろう。口頭はおたがいの認識を合わせるのに、とてもよい方法である。しかし、ボイスレコーダーで録音でもしない限り、言った・言わないの問題が起こりやすい。だからこそ、多くの場合、不具合の内容は文字、画像、動画で残される。不確かな記憶でなく、確かな記録として残しておいたほうが、のちのち役に立つからだ。

 不具合報告は記録そのものである。記録とは具体的な情報を指す。誰が、いつ見ても事象を理解でき、半永続的に保存されるのが記録の利点だ。逆に、具体性に欠ける情報は記録にはなりえない。その最たる例が「違和感がある」の報告だ。目の前で起こった事象をうまく説明できない、言葉にする技術が足りないとき、「違和感」の言葉が登場しやすい。『製品のこの挙動には違和感がある』というのだ。

 物事の感じかたは、人によって大きく異なる。あなたが「おや?」と感じたことと、わたしが「しっくりこない」と感じたことは、必ずしもイコールではない。同じ事象を前に、わたしは「おや?」と感じないかもしれない。逆に、あなたも「しっくりこない」と感じないかもしれない。人によって千の差を生む「違和感」という言葉による状況説明は、何も説明していないのと同じなのだ。ときには、『作ったわたしはなんら不自然さを感じていない。それはあなたの主観に寄りすぎているのではないか。どこにどう違和感があるのか、明確に述べてほしい』と、開発者から強く求められる。もし製品の具合がよくないのであれば、修正しなければならない。当然の求めである。

 違和感とは、相手の感じかたしだいでどうにでも変わってしまう不確かなものだ。製品がうまく動いていないのであれば、不具合であると判断したことが他者にも伝わるよう、はっきりと言葉にしよう。

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