第41話 洞窟最強

「もっとがんばれアルメリー! 今さら逃げ道ないから」

「うん! あ……でも、あっ、まずい……かも……壊されそうな感じが……」

「うぉい!!」


《闇魔術・骸縛り》


 アクアドラゴンの腹の下から骨に似た黒い爪が伸びた。それは這いずり周るように蠢き、みるみる体にひっつくと、細かい棘を出してオーラに食いつく。

 相手の魔力を乱すだけの効果だけれど、魔術を使用中に使えば効果は大きい。


「ナギっ、もっと、急いで!」

「それ、アルメリーが言う?!」

「あっ……ちょっと、ちょっとだけ楽になった! よっし、これなら押し返せる!」


 アルメリーが急死に一生を得たようにほっとして顔を上げた。

 熱をたっぷり浴びたせいか顔が真っ赤で汗だくだ。

 だが、アルメリーの《登楼炎》が言葉のとおり勢いを増した。

 俺の《無間怠惰》もそろそろ体に完全に回っている頃だろう。

 普通は数秒で異変が出るのに、ドラゴンはやはり耐性がある。

 ただ、思った程ではない。

 最悪無効化される可能性も考えていた。


「くらぇぇっっ!」


 腰に構えたアルメリーの拳に瞬時に炎が収斂した。

 一気に押し返したと思ったら、《登楼炎》を解除していたのだ。

 思い切りが良すぎてヒヤヒヤする。

 しかも、その体勢から繰り出されるのは、彼女が習得した《火魔術・焔鷹》。


 師匠がこの技を初めて見た瞬間に頭を抱えた姿が目に浮かんだ。


 ――う、うーん、まあアルメリーらしい術だな。無防備になってからの全力パンチは強いが……もう少し防御に力を割いた方が安全だぞ?


 師匠は何度もそう言っていた。

 けれど、この威力がすごいのだ。


 轟音を響かせ、彗星のような速度で炎弾が駆け抜けた。

 通り過ぎたあとには草一本残らない術だ。

 見事にドラゴンの顔面にぶち当たると、悲鳴のような声を洞窟に響き渡らせながら巨体が後方にひっくり返っていった。


「すげー」


 それ以外の声が出ない。

 何度見ても《火魔術》はすごい。

 アルメリーはもちろんすごいのだけれど、確かに多数が憧れるっていうのもわかる。

 俺も火の適性があれば浮気していたかもしれない。


「えー、まだ立ち上がるっぽい」


 アルメリーが肩を落とし大きな溜息を吐いた。

 ちらりと彼女のお尻の方に視線を向けると、尾が徐々に姿を戻してきている。

 ブーストもそろそろ打ち止めらしい。

 まだまだ《焔鷹》の連発はしんどいようだ。


「一番強烈なデバフ当てて、完全にオーラをぶち破って必殺技ぶつけても、まだ倒せないか……水のヴェールも回復していくし」

「でも、遅くなってるよね」

「遅いな。それとやっぱり頭が……いや角が弱点っぽいな。あそこからヴェールが出てるような感じだし」

「折る?」

「それが早そうだな」

「もう少しなら行けるよ」

「じゃあ、攪乱をお願い」

「任された!」


 アルメリーが大きく息を吸う。

 幾分弱くなった炎を操りながら、両手に炎の槍を作る。

 すばやい移動を繰り返しながら、立ち上がってくるアクアドラゴンに向けて、近場で第一投。

 風切り音とともに高速で飛んだそれが、ずぶりと水のヴェールを貫いた。

 首元に突き刺さった槍が間髪容れず燃え上がる。

 まるで水の中で炎が揺らめいているような光景だ。


「もう、一本! きゃっ――!」


 油断していた。

 アルメリーの真横から長い尾が回ってきた。

 ギリギリでもう一本の槍で防いだ彼女はガリガリと岩場に轍を残しながらも、無理な体勢から槍の投擲を行う。

 ドラゴンの左足に見事に突き刺さった。

 アルメリーが片手を大地についた状態でこっちに視線を向けた。


 ――今だよ。


 目がそう言っている。


「了解!」


《闇魔術・濡れ羽斬り》


 何もない空間に緑色の魔術刻印が浮かび上がったと思えば、その中央から、柄に似た棒がぬっと姿を見せた。

 俺は迷い無く引き抜いた。

 ずるりと液体のような闇を纏いながら、真っ黒な刃が現れる。


《共感力》《薄刃》


 前の街でガダンさんから得た必殺の一刀を、今できる最速で放つ。

 威力は数段上がっている。


 これが、俺が編み出した《闇魔術》とスキルの融合技。

 斬った場所に《闇魔術》を強制的に与える、師匠も真似できない俺のオリジナルだ。


 ――黒い軌跡が走り、アクアドラゴンの角が、小気味よい音を立ててどんと落ちた。


 金色のオーラと水のヴェールに見事な切断面を残したまま、アクアドラゴンが前のめりに倒れていった。

 


 ◆◆◆



「反則級の威力だな。もはやチート並」


 やっぱり《薄刃》の効果がすごすぎる。

 さすが世界11位のガダンさんの技だ。

 この半年で俺もだいぶ鍛えたけれど、《薄刃》を使うと腕が痛いのは消せない。


「ナギ、トドメさすでしょ?」

「もちろん」


 敵が倒れていても復活することはあるかもしれない。

 最後まで気を抜かないようにと師匠からも厳しく言われている。

 倒れたアクアドラゴンに近づき、頭部から首の後ろに回る。

 今は体を守っていた分厚いオーラが無い。

 もう一発薄刃を使えば首を落とせるだろう。

 腰に《濡れ羽斬り》を構える。

 集中力を研ぎ澄ませ――


「そこまでだ、ナギ」


 ポンと肩に手を置かれた。

 その声、感触――俺はあきれ顔で首を回した。

 師匠――《無戦》の魔術師ミュリカが、満足げに背後に立っていた。

 一応周囲の警戒は常にしていたのに俺のパーソナルスペースに、当たり前のように入っている。


「……今度はどうやったんですか?」


 質問に軽く肩をすくめた師匠は、俺の横を抜けてアクアドラゴンに触れる。

 すると、巨体がざわりと波打ち、端からさあっと溶けるように消えていく。

 唯一残ったものは、人間の子供サイズのちびドラゴンだった。

 俺とアルメリーはぽかんと口を開ける。


「師匠……これは?」

「アクアドラゴンのリオちゃんだ」

「リオちゃん?」

「ドラゴンには珍しく変身が得意な子でな。この洞窟の最下層で出会って以来の友人だ」


 師匠はそう言うと、そのリオちゃんなるドラゴンの頭をぺしぺし叩いた。


「起きてるか、リオ?」


 ミュウ? ――という何とも可愛らしい声をあげたリオが細く短くなった首をもたげた。

 そして、師匠の胸に飛びついたではないか。


「おっ、よしよし、がんばったな」

「ミュっ、みゅうっ!」

「悪かった、悪かった。あとで肉やるから」

「……ミュウ?」


 本当に? みたいな目だ。

 言葉は全然わからないけれど、意思疎通ができていることはわかる。

 師匠、超人ですね。


「と、見てのとおり、お前達の訓練相手になってくれたというわけだ」

「ミュウ!」


 今度は偉そうになったちびドラちゃん。

 勝ち気な瞳がきらきら輝いている。

 なぜかアルメリーが対抗するように胸を張った。

 にらみ合いが数秒。

 アルメリーが差し出した手に、リオがすっと尾を差し出した。


「とっても強かった」

「ミュッフ」


 あれ?

 なぜわかりあった感じ?

 俺にはまったくついていけない世界が広がっていく。

 リオの顔がぐいっとこっちに向いた。


「ミュ、ミュフル、ミュフ」

「え? なんて?」

「ナギは気持ち悪いってさ」

「師匠!? 絶対嘘ですよね!?」

「嘘じゃない。お前の魔力からは気持ち悪い何かを感じた、と言っているぞ」

「……そうなんですか?」

「まあ、私もそう思ったことがあるし、リオの言うこともまんざら外れてもいない」

「私はそんなの思ったことないけど」

「アルメリー、フォローありがとう……」


 師匠が腕組みしながら事もなげに言う。


「そんなの大した問題じゃない。魔力が気持ち悪かろうが、強さには関係ないからな。むしろ人と違うなら、それは武器だ。鍛えろ」


 リオが小さく鳴き声をあげる。

 賛同したように聞こえる。

 たぶんドラゴンも師匠に染まってるね。

 師匠が抱いていたリオをアルメリーに渡した。


「リオちゃんは少し疲れているから、アルメリーとここから離れてくれ」

「え? 師匠とナギは?」

「私は弟子の試験と仕上げに入る。アルメリーは洞窟の出口の外で待っていろ。もう《迷いの闇》は解除した。出られるはずだ」


 納得していない様子のアルメリーに目で何かを語り、押しつけるようにリオを預けた。

 そして、話は終わりだと言わんばかりに圧倒的なオーラが師匠の体から漏れ始める。

 臨戦態勢に入ったと一目でわかる。


「いけ、アルメリー」

「ナギに……あんまりひどいことしないで。リオを倒したから、もう終わったんだよね?」

「リオはお前達へのプレゼントだ。ドラゴンの知り合いも悪くないぞ。そしてこれは私の弟子への試練。だが、安心しろ。別に今までと変わらないさ。振ってくる火の粉を全力ではね除けて生き残るだけだ」


 アルメリーが俺に心配そうな視線を向けた。

 

 ――大丈夫、先に行ってくれ。


 と表情で返す。

 濃い付き合いだ。彼女はわかったように小さく頷き、リオを抱えて出口に向かって走り出した。

 その背中が見えなくなる頃――


「出口ってあっちで合ってるんですか?」

「どう走っても出口に誘導される。さあ、洞窟で一番強い私が相手をしよう」

「やっぱりそうなんでずね……あと、途中からずっと思ってたんですけど……」

「なんだ?」

「この洞窟って、師匠の腹の中――ですよね?」


 師匠の端正な唇がにんまり形を変えた。

 この人の声を上げない表情を何度見ただろうか。

 楽しくて仕方ないときに見せる笑みなのだ。

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