第40話 プレゼント

「ナ、ナギ! 先手必勝! 早く位置を特定して! 今のナギならいける!」

「もうやってる――《強感力》《波紋》! 《闇魔術・濡羽響》!」

「見つかった!?」

「――見つからねぇ! なんで!?」

「もう! ちゃんとやって!」

「やってるわ! ネズミ一匹見つけられる術なんだぞ!」

「何度も言ったが――」


 師匠の声がビブラートを帯びて全方位から響いてくる。


「スキルや魔術は有益だが、欺く手段は必ず存在する。忘れるな。では――最終日のプレゼントを渡そう。今日まで良く生き残った。これを受け取れたらめでたく卒業だ」


 ズン――と何かの足音が響いた。

 超重量の重機でも近づいてくるかのような轟音が地下洞窟に反響する。

 姿を見せたのは二十メートル級の怪物だった。


「アクアドラゴンちゃんだ」

「そんなカワイイのじゃねぇ!」


 師匠の嬉々とした声を聞いて、俺とアルメリーは顔面真っ青になる。

 ここに来てからすぐ、ケーブドラゴンという七メートル級のドラゴンとは戦ったことがある。

 だが、魔術も直接攻撃もほとんど効果がなく、逃げるだけで精一杯だったのだ。


「この洞窟では二番目に強いが、恥ずかしがり屋で、なかなか出てきてくれないんだ」

「師匠、これは無理!」

「そうだよ、師匠! ナギのいう通り無理だって! ドラゴン強いもん!」

「そうか……無理か?」

「「無理、無理、無理!」」


 俺とアルメリーは全力で吠えた。

 この瞬間――

 俺たち二人の心はぴたりと一致していたのだ。

 シンクロ率100パーセント。

 巨大ドラゴンと戦うなんて命がいくつあっても無理。


「私は今のお前達なら倒せると思うがな」

「無理っ! 絶対無理!」


 確かに師匠に鍛えられて強くなった。

 でも、強くなったからこそわかる。

 アクアドラゴンは強い。

 纏っている金色のオーラの量が多過ぎる。

 あれを突破するだけで命がけだ。


「そうか……仕方ない。じゃあ……もう半年、修行追加だな」

「――アルメリー、やるぞ!」

「わかってる! 絶対倒すよ、ナギ! 私たちならきっとできる!」

「おう、二人ともよく言った。がんばれ」

「この鬼師匠!」

「いじわる師匠!」

「あ゛?」

「「がんばります!」」

「よしいけ。アクアドラゴンちゃんはたぶん頭が弱点だ。必死にがんばって、未来を掴み取ってこい」


 俺たちはその場で罵詈雑言の嵐をこそっと吐き出してから、全力で構えた。



 ◆◆◆



「最後に水属性のドラゴンってひどいな」

「私の攻撃、ほとんど効かないっぽい?」

「火は効きにくいだろうし、容量の差を埋めるのは難しいな……押し負けるとこっちが無防備になるしな」


 様子を見ているアクアドラゴンは睥睨するように俺たち二人を観察している。

 ケーブドラゴンと違って、知性を感じ取れる。


「とりあえず一発仕掛けるか。アルメリー、頼む」

「りょーかい! 《迅狼化》」


 アルメリーの尾が銀色に輝いて消えていく。

 人狼の尾は、普段そこに溜めている力を解放できるのだ。

 簡単に言えばブースト機能のようなもの。

 とん――とアルメリーが大地を蹴る。

 師匠から弱点は頭だと聞いている。

 まずはそこに一発。


 空中で前宙しながら、踵の振り下ろし。

 当然それだけではない。

 《火魔術》《焔纏い》は発動し、アルメリーの全身は赤々と燃え上がっている。


「やぁぁぁっっ!」


 ガン、という水の蒸発音とはまったく違う硬質な音。

 やはりただの水のヴェールではないらしい。

 アルメリーがさらに体を捻って、逆の足でアクアドラゴンの顎を蹴り上げる。


 ――ガン。


 ドラム缶でも蹴っているような音が大きく響く。

 やっぱり普通に殴ってもダメだな。


「それなら、闇はどうだ。《闇魔術・夜纏い》」


 俺の体に光さえ吸い込むような漆黒の鎧がまとわりついていく。

 半年の地獄の成果だ。

 師匠とのやり取りが脳裏に蘇る――


『《闇魔術》と他の魔術をぶつけ合った場合、同レベルなら確実にこっちが負ける』

『一番弱いってことですか?』

『正面から戦うのが苦手ってことだ。《闇魔術》の戦場は、基本的には『妨害』と『搦め手』の二つ。力技で戦うことに向いていない。だから、いくつかの適性があった場合に普通は《闇》を選ばないから、使い手の人数が絶対的に少ない』

『なるほど……』

『その逆で、《火魔術》は大人気だ』

『強いからですか?』

『魔法を放つだけで――そこそこの威力が出るから覚えやすいんだ。見た目は派手だし、大した威力がなくても、燃える点で他の属性よりリードできるしな』

『確かに……』

『ナギ、お前は《闇》適性だが、妨害に長けた魔術に負い目を感じるか? 《闇魔術》は根暗の魔術だと言う者もいる』

『そんなわけないです。妨害上等じゃないですか。妨害なしで勝てる敵は、たぶんどの魔術でも勝てると思いますし』


 俺がそう言うと、師匠は一瞬目を丸くして固まってから、腹を抱えて大笑いした。


『お前はやっぱり《闇魔術》が向いているよ。本気でそう思ってるみたいだしな』

『当然です』


 バフやデバフが無くても倒せる敵なんて、元々どんな戦い方でも倒せるものだ。


『いやぁ、まさかナギからこんなに過激な言葉が聞けるとはな。面白い面白い』

『そうですか? 別に的外れってわけでもないと思いますけど』

『なら、その通りの使い手になるよう、私も頑張らないとな』

『……そこはお手柔らかに』


 ――


 俺は走り出しながら、右手に新たな魔術を作り上げる。


 《闇魔術》


 手首から拳にかけて、俺の目にだけ見える緑色の魔方陣が瞬く間に完成した。


 ――ナギ、《闇魔術》の命は精緻さと緻密さだ。お前は刻印がスキルで見えるらしいな。それは私にもない武器だ。

 ――磨け。ひたすら磨いて、『薄く、細く、研ぎ澄ませ』。そうすれば、お前は誰にも負けない魔術師になれる。


 《無間怠惰》


 黒い靄が鋭く尖っていく。レイピアのような真っ黒な切っ先を持つ武器になった。

 躊躇なく、アクアドラゴンの纏う金色のオーラと分厚い水のヴェールに突き刺す。

 この世界に来てから、元々怖い物知らずの性格だったけれど、格上のモンスターに立ち向かう思い切りの良さはこの半年で学んだ。


 重い粘土のような感覚。

 けれど、俺の怠惰の呪いはずるりと中に差し込まれた。

 直接打ち込むデバフ。

 それは刃物を通さない硬質な皮膚を見事に貫通した。


 低い威嚇音と共に、頭上でアクアドラゴンが首を曲げていた。

 まるで気にもかけていなかったドラゴンだが、チクッと痛みでも走ったのだろうか。それとも何も感じていないのだろうか。

 踏み潰そうと、巨大な前足が上がる。

 だがそれを許すアルメリーではない――


「これでも、くらぇぇぇっ!」


 ゴォン、とアクアドラゴンの首が嘘のように吹き飛んだ。

 着地してからまた飛んだアルメリーの拳だ。

 彼女の細腕には太い炎が巻きついている。

 攻撃力に長けた《火魔術》の本領発揮だ。

 空中で器用にブイサインを作ってから、アルメリーがくるくる回って落ちてきた。


「今のは入った!」

「みたいだな。オーラが一時的に薄くなってる。たたみかけるぞ」


 俺たち二人は同時に駆け出す。

 目の前で首を二度ほどぶるんと震わせたアクアドラゴンの瞳が細まった。

 面倒な敵とでも少しは認めてもらえただろうか。

 突如、肺から喉にかけて魔力の収束があった――


「ブレスがくる!」

「いよっし、力勝負だ!」

「あれ? 避けないの?」

「私一発殴ったし、ここで避けたら負けた気がする!」


 アルメリーはガンガンとガントレットを巻いた拳を突き合わせ、その場で急停止。

 全身から炎が吹き荒れる。

 俺としては無駄な消費はオススメしないが――

 どうにもこの辺は師匠の影響を受けてしまっている気がする。

 別に真っ正面から受け止めなくても――


「もう少し、お淑やかな感じだったけどなぁ」

「え? なに?」

「何でもない。って止められる?」

「ナギの術効いてるっぽいし、大丈夫! 《火魔術・登楼炎》」


 アルメリーの魔術の完成に合わせるように、ドラゴンが巨大な水玉を吐き出した。

 同時に、ぶわっと熱波がさらに吹き上がる。

 アルメリーは瞳を輝かせながら、その衝突の瞬間を見つめていた。

 すべてを燃え尽くすような熱量と重量の塊のような水の蹂躙。

 対するは力任せの火炎の壁。


 一瞬の均衡――だった。


 というか、水弱点だし。無理。


「やっぱり押されてるけどっ!」

「あっれぇ? おかしいなぁ……」

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