第29話 前方で注意をひいて

 戦力はほぼ互角だった。

 アルメリーが部下の三人を。ゲインがリーダーの男を相手している。

 よく見ればゲインは太ももから血を流していた。

 動かしづらい足をかばいつつ、見事な剣技で敵の刃を裁いている。


「――この人狼、やるな」


 アルメリーと対峙した部下の一人がぼそりとつぶやいた。

 彼女はずっとつ素手で戦っている。

 尖った爪先から手首までを金色のオーラが覆っている。

 華麗に舞いながら刃をかわし、距離を離されすぎないように踏み込んでいく。

 気負いも体の固さもない。

 とても実戦慣れしているように見える。

 強いわけだ。


 ただ、敵のコンビネーションもすごい。

 アルメリーが深く入り込もうとすると、他の二人が死角から攻撃をしかけて、主導権を渡さない。


「それと……なんだろう。この違和感」


 リーダーも部下たちも本気で戦っていないように見える。

 負けない戦い方と言えばいいだろうか――

 何かを待っているような――


「だ、誰?」


 独り言が聞こえてしまったらしい。

 岩陰にいた俺を、ナイヤが怯えた表情で見つめていた。

 茶色い髪とオレンジ色の瞳。

 まだ10歳そこそこくらいだろうか。

 青いオーラに薄い紫色がじわじわ広がっていく。

 引きつった顔から察するにたぶん恐怖だ。

 慌てて手を振った。


「あの子の仲間で敵じゃないです」


 落ち着いた声で伝えてアルメリーの方に視線を向ける。

 危害を加えるつもりはないというアピールだ。

 ナイヤのほっとした吐息が漏れた。

 危ない危ない。

 もう少しで賊の仲間入りだった。


「ゲイン、勝てる……かな?」


 不安そうな声が漏れる。

 俺たち二人はゲインとアルメリーと賊の息もつかせぬ攻防を見守っている。

 ナイヤの薄い紫色のオーラが青紫色に変化していく。

 恐怖から心配といったところだろうか。


 勝てる。

 ほんとはそう言ってあげたい。でも、賊と互角の戦いを見ていると、アルメリーみたいに俺は確信を持てない。

 その代わり――


「俺も手伝うから、大丈夫」


 拳に力を込めてゆっくり立ち上がる。

 小さなナイヤに、少しだけ笑顔を向けて岩陰から踏み出そうとして――


「――っ?」


 突然の悪寒に後ろを振り返った。

 隠れていた岩の表面に黒い靄のような縦線が生まれていた。

 高さは二メートルほど。

 縦線は奇怪な音を立てて裂けた。

 

 中から男が現れた。

 黒いローブ。黒い髪。黒い杖。青い目と小さな頭蓋骨をあしらったイヤリングが特徴的だ。

 

 男は一瞬、俺を見て驚いた表情を浮かべ――

 すぐさま杖を前に突き出した。

 金色のオーラが杖先に集まり、ゆっくりと緑色に変わっていくのが見えた。

 

 しかも――

 緑のオーラが奇怪な魔方陣を象ったのだ。


「なっ――!?」


 すると、俺の体に蛇のような黒い靄が巻きついて、体が拘束された。

 しかも足が地面から離れない。


「背後から回れ、って偉そうに言うなら、これくらい確認しとけよな」


 まだ幼さが残る顔つき。高い声だ。

 身長は俺と同じくらいだけど、少年のようにも見える。

 彼のまとわりつくような視線がナイヤを射貫く。


「えものはっけーん」

「い、いや……こないで……」

「逃げんなよ、めんどくさいから。とりあえずつかまえてっと――《黒蛇》」


 少年は俺にかけた黒い靄の術をナイヤにもかけたようだ。

 声は出せるようだが、彼女の動きが止まってしまった。


「おーい、終わったよぉ」


 少年はけだるそうな雰囲気をころっと変化させて、賊の四人に向かってぶんぶん杖を振った。

 まるで初めから予定されていたかのように。

 少年の足下に大きな靄が広がっていく。

 ナイヤが拘束されたまま、ずるずるとその靄に引きずられていく。


「お嬢様っ!」


 リーダーと剣を打ち合っていたゲインが大声で叫んだ。

 だが、邪魔はさせまいと敵の剣激が一層激しさを増していく。

 背中を見せれば殺す、とでも言うように。


「ゲイン! 助けてっ、ゲイン!」


 悲痛な叫びをアルメリーも歯がみして聞いている。

 彼女も動きたいのだ。

 けれど、三人を相手にしていてはそう簡単に背中を見せられない。

 アルメリーの視線が、一瞬俺に向いた。


 ――もちろんわかってる。手が空いてる俺が動くしかない。

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