第28話 出会ったからには

「一体、何だったんだろう?」

「さあ……白雪ちゃん、大丈夫?」

「見たところ変化はなさそうですけど……」

「食べちゃった……よね?」

「たぶん……」


 俺とアルメリーは顔を見合わせて互いに首を傾げた。

 わからないことだらけでどう反応していいかもわからない。


 ――さっきの笛のせいか? 何かを呼び寄せるとか?


 そんな疑問が心の中に浮かぶ。

 金色のオーラ――

 アルメリーを救うときに倒した見えない敵が纏っていた。

 もしかしたら特別なアイテムなのかもしれない。

 ズボンに挿した笛を手に持つ。

 今はもう光っておらず、ただの縦笛だ。

 イマイチ効果がわからない。

 もう一度吹いて少し待ってみたが、さっきの謎の生き物は現れなかった。


「ナギ、それなに?」

「なんか、木の幹の中にあって拾ったんです」

「……木の幹の中?」

「俺もよくわからなくて。突然、木が裂けて笛が現れて」

「……?」

「そんな話、聞いたことありますか?」

「ううん……ないけど」

「ですよね……まあ、とにかくあまり役に立たなさそうな笛で、一応リュックに入れといてください……ん?」


 そう言えば、力を込めてじっと見つめていると名前が見えてくることを忘れていた。

 笛に視点を集中し、しばらく待った。


 ――《喚び魔の笛》


 うーん。よくわからない。

 とにかく何かを呼び出したのか? 羽のあれがそれなんだろうか?


「ナギっ、何か来る!」


 考えこんでいると、アルメリーが急に瞳をつり上げた。

 狼の耳を立て、右に視線を向けた。

 リュックを大きな岩のそばに置き、俺をそこに引っ張り込んで、耳を澄ます。


「うん、人の足音と剣の音だ。やっぱりこっちに来る」

「……剣の音?」


 誰かが争っている?

 俺はアルメリーが見つめる方向に向けて、《強感力》を全開にして範囲を広げた。


 ――見える。

 恐ろしいほどに正確だ。

 いつからこんなにくっきりとわかるようになったのか。

 人の輪郭まで見えてくるようだ。

 遮蔽物の岩まで無視して感じられるとは。

 しかも頭痛もない。


「これならいける」


 ――《強感力》

 ――《強聴覚》

 ――《強視覚》


 同時にスキルを解放すると、アルメリーの言うとおり二人が駆けてくる音がした。

 軽い足音と鎧の重い音。

 その後ろから追ってくる四人の足音。

 止まれ! 逃げても無駄だ! と響いてくる野太い怒号。


「ナギ、助けにいく?」

「……勝てますか?」

「大丈夫! 任せて」

「なら、行こう。俺も手伝います」


 短いやり取りを交わし、荷物の中から貰った剣を手に取った。



 ◆◆◆



「ナギはここで待って」


 アルメリーは何か考えがあるんだろう。

 俺を慌てて手近な岩の陰に押しとどめ、自分は近づいてくる二人組の方に走っていく。


 こちらにやって来るのはまず二人。

 茶髪をポニーテールにした小柄な少女と、軽鎧に身を包んだ短い黒髪の男性だ。

 少女をかばうようにして走る男性が、厳しい視線を背後に何度も向けている。

 時折、少女の背後に何か声をかけている。


 ――ナイヤお嬢様、もう少し頑張ってください。

 ――わ、わかってる!


 《強聴覚》を使っている俺に聞こえる程度の会話。

 ナイヤと呼ばれた少女は革袋を背負って走っており、すでに息が上がっている。

 男性の方はまだ余裕がありそうだ。

 

 と、男性が嶮しく眉を寄せた。


 目の前にアルメリーが現れたからだ。

 すぐさまナイヤの肩を引いて背後に隠す。

 男性がすばやく剣を抜いた。きらめくような銀剣だ。

 表情には浮かぶのは緊迫感。


「追われてるの? 協力する」


 アルメリーは微動だにせず短く言った。

 ほんの一、二秒。

 男性はアルメリーの装いや表情を見て、敵ではないとわかったのだろう。

 体からふっと力が抜けた。

 そして、「助かる。俺はゲインだ」と口にすると、ナイヤの背中を優しく押してアルメリーの奥に進ませ、自分は背中を預けるように振り返った。


 ナイヤは心配そうな顔で男性の背を見つめ、俺が隠れた岩のそばに寄ってくる。


 ちょうど、向こうから四人の男たちが走ってきた。

 すれ切れたバンダナと使い込まれた装備。わかりやすい賊のような身なりと血に濡れた剣。

 彼らは自分たちの前に立ち塞がる二人を見て、すばやく周囲に視線を巡らせる。

 他に仲間がいないかの確認だろう。


「敵は5人だ」

「4人しかいないけど」

「一人は魔法使いっぽい男だった。ついてこられず、はぐれたかもしれん」


 男性とアルメリーが言葉をかわす。


「お嬢さんのボディガードがまだ残っていたとは。全員殺したと思ったけどな」


 賊のリーダ格の男が油断なく正眼に剣を構えた。

 部下の一人がリーダーに耳打ち。


「あれ、人狼ですよ」

「チャンスがあればついでに捕まえる」


 不穏な会話を耳にして、俺の拳にぐっと力が入る。

 絶対にさせるか。


「かなりの手練れ達だ。殺すつもりで頼む」

「もちろん」


 ゲインの言葉にアルメリーが頷き駆け出す。

 とうとう戦闘が始まった。

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