第30話 切り札は最後に出すもの

「《共感力》――《瞬間再現》《黒蛇》」


 へらへら笑っている少年がターゲットだ。

 腕でブレスレットになっている《白い箱》が一瞬震えた。


 そして――

 少年の顔色が――変わった。

 彼の体に黒い靄が巻きついたからだ。


「え? …………僕の術?」


 少年の足下から、ナイヤを引きずり込もうとしていた黒い靄が消え去った。


 彼の表情が劇的に変化した。

 拘束されたまま、ぐりっと首だけ回してこっちを見た少年の顔は、本当に何が起こっているのかわからないとばかりに、ぽかんとしていた。


「なんで? え? おいっ! なんだよこれ! ちぃっ、《絶界》」


 少年を縛っていた靄が切り裂かれた。

 自分の術なのだから解けて当然。

 完全に効力が消えた。

 けど、これで一番知りたいことはわかった。


「《瞬間再現》――《絶界》」


 ナイヤに解除の術を使う。

 思ったとおり、簡単に解除できた。

 視線の先で彼女がペタンと尻餅をついた。


 すばやく自分にも《絶界》を使う。

 突然訪れる開放感と接地感。

 だが、悠長にしていられる時間はないようだ。


 少年がギラギラした目を向けて近づいてくる。足取りが荒く、口がへの字に曲がっている。


「……今の何だよ。なんで僕の術が使える?」


 目が据わっている。

 目的も頭から消えてしまっているようだ。

 賊が「何やってる!」「人質優先だろうが!」と叫んでいる。

 だが、少年はそんな声などお構いなしだ。


「おい、答えろって。殺すよ」


 これ以上近づかれるのはまずいと、《強感力》が危険をひしひしと伝えてくる。


 俺は貰った剣を腰に構えた。

 少年も何かを感じたのだろう。

 体の前に黒い靄が噴出された。


 そこに――


「《瞬間再現》――《薄刃》」


 ガダンさんと共闘して化け物と戦った時の技だ。

 正式な名前は《薄刃》というらしい。

 たいした技でもないけどな、とガダンさんは笑っていたけれど、俺にとっては唯一の武器に等しい。


 体が急激に熱くなり、節々が悲鳴をあげた。俺の体には元々、分不相応な技なのだ。


 だが、代わりに放たれるのは世界11位の必殺の一刀。


 ズバッ――

 鋭い音が虚空に響いた。

 黒い靄が見事に引き裂かれ――少年の胸から鮮やかな血潮が吹き出した。

 それでも、戦意の喪失は感じられない。

 ぼんやり光る青い瞳が、ギョロッと蠢く。


「僕の、にん……ぎょうを……」


 少年は目を見開き、驚愕の表情のまま後ろに倒れた。

 だが、地面に吸い込まれるように体がゆっくりと沈んでいく。


「おまえ、……覚えたからな」


 少年の声が響いた。

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