薪割りむすめと氷霜の狩人〜夫婦で最強の魔法具職人目指します〜

寺音

第一章

序 ○○を割る

 彼が大切そうに皮袋から取り出したのは、不思議な球体だった。


 見た目だけなら両手に乗るくらいの大きさの卵。しかしその殻は、ガラスか氷のように透明な色をしている。中身もこの世のものとは思えないほど、清らかで神秘的だった。まるで炎をギュッと丸く固めたような、深い緋色の球体が入っているのである。

 その緋色は瞬きする度に表情を変え、生きているように渦を巻いている。


 これが、噂の――。

 ライサは常時眠たそうに見える瞳を、ほんの少し見開いた。薄い唇から吐き出された息が、部屋の冷えた空気にふわりと溶けていく。


「そう、これが魔物の核、魔核もしくは『心臓』って呼ばれてるヤツな。おれたちはこれを取り出して魔法具に加工するわけだ。で、肝心の魔核の取り出し方は……見せた方が早いな」

 言葉を区切り、彼は壁に立てかけてあった斧を握る。細身の柄の先に、少しだけ湾曲した四角い刃がついているものだ。身長が二メートル近い彼が握ると子どものおもちゃのようだが、恐らくライサが使っていたものと同じ一般的な斧だろう。


「魔核を覆う透明な殻を、こうした斧なんかで割って取り出すんだ。振り下ろせば良い。魔核の殻は固いから手加減してると壊れないからな! 当たったと思った瞬間に力を抜けば、魔核までは壊れないから大丈夫。ほら、こんな風に、な!」

 両手で斧を振りかぶり、彼は言った通りに刃を振り下ろした。


 ガラスを床に叩きつけたような音が激しく響き渡る。粉骨粉砕されたの欠片が、あちらこちらの床に飛び散った。

 どうやら魔核は、彼の一撃で跡形もなく砕け散ったようである。


「あれ?」

 不思議そうに首を傾げたきり、彼は沈黙した。

 木枯らしが丸太小屋の窓ガラスに当たり、ガタガタと責めるような音を立てる。

 ライサは思わず口を開いた。


「あなた、もしかして不器用なの?」

「え? いや、おれは……不器用? え、実はおれって不器用なのか?」

「え……聞き返されても困るのだけど」


 ライサは戸惑って首を傾げる。ブルートパーズにも似た瞳が、戸惑いで揺らいでいる。

 何せ彼と彼女は数時間前に会ったばかりで、ほぼ初対面なのだから。

 沈黙を破り、部屋の角で見守っていた古老の男が彼に殴りかかった。


「ザック、お前は馬鹿力な上、とんでもなく雑なんだろうが! また貴重な魔核を無駄にしやがって、この半人前がぁぁっ⁉︎」

 男の拳は、彼、ザックの肩甲骨の辺りに当たって鈍い音を立てる。恐らく頭を狙っていたのだろうが、身長の関係で肩までしか届いていないのだ。

 それが悔しかったのか男は、こんなにデカくなりやがって、と忌々しげに毒づいている。

 

「じいちゃん、ごめんって! 魔核ならまたおれが狩ってくるからさ」

「そういう問題じゃねぇ!」

 ザックは顔全体を緩ませてあっけらかんと笑う。

 何故、のんきに笑っているのだろう。ライサは不思議に思いながら、パチパチと目をしばたたかせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る