第6話 狩る女
私は決して可愛い系ではない。もちろん綺麗系でもない。
趣味が筋トレと海釣り、通勤は自転車。高校と大学ではヨット部に所属。だからスポーツ系なんて言い方があると嬉しいな。
パンプスよりもスニーカーの方が楽だけど、うちの会社はカジュアルウェアを認めていないので我慢してる。ブラウスやスーツもね、ストレッチ素材の動きやすいものばかり選んで買ってるの。
でもね、可愛いものは好きだったりするよ?
特に小動物は好き。生体そのものも好きだし、小動物モチーフのキャラクターなんかも好き。
あとね、彼氏にしたいタイプも可愛い男の子が好き。
バリっとビシっとスーツを着こなして、タイピンやチーフが決まっている人よりも、テレっと着たスーツにリュックみたいなのが好きね。
そうそう、可愛い男の子と言えば、今年の新人でめっちゃ好みの子がいたの!
背がちょっと低め。ヒール履いた私と変わらない感じだから、170ちょっとかな?
丸顔なんだけど、すっごい小顔なの。
髪型は……何て言ったらいいの? ちょっと立ち上がって見えるかな。いたいた。マッシュショートって言うのかな、よくある男子の髪型。あんまり髪型に拘ってないのかな、いつも適当におでこ全開な感じだから。それがまた可愛いけどね。
二重のクリっとした目も綺麗だし、唇もブヨっとしてて柔らかそう。ジュースのストロー吸ってる顔なんか、もうキュンキュンしちゃうんだから。
私は総務だから結構関わる事もあって、その
既に彼女がいるのか、社内の女子社員には全く興味ない感じで、チャラついてないのがまたいいのよ。
私も勤続4年目に入って、途端に周りが『彼氏は』『結婚は』『産後は』なんて事を言い出してちょっと戸惑ってるところなんだけど、特に親がうるさくなってきて困ってる。
今時、新卒入社して2・3年の腰かけ勤務で結婚退社って無いわよねえ。実際私が勤めてるこの3年ちょっと、そんな人いなかったもん。
でも親にしたらそれが理想なんでしょ。まだお勤めするのかって言われちゃった。
あーあ、あの新人君、彼女いるのかなあ。それともやっぱり草食系とか?
今度聞いてみようかしら。
「そしたらー、6時30分に現地集合でお願いしまーす!
私の名前で予約してますのでー!」
あらー、システム課、これから納涼会ね。
ここの所システム課は全員残業続きだったから、皆さん今日は早めに上がって楽しんで来てくださいな。
おっ、新人君も参加のようですね。
同じ日時で同じ場所なら良かったのに。
さてと、私も定時で上がって帰ろう。
今夜は見たい番組があるから、急いで帰ってジムに行かなくちゃ。
トレーニングの後に泳ぐ時間あるかな?その為にも、とにかく急いで帰らなきゃ。
「今日もいい感じですね」
「お陰様で」
会社の後に通うから、いつも同じ顔ぶれなのは仕方ないんだけど。でも無駄にコミュニケーション取ってくる人は嫌なのよね。
数を数えてるの分かってるでしょ?
って。次声掛けてきたら文句言ってやるんだから。
返事をして呼吸のタイミングが乱れるのも嫌。
まあ……ちょっとだけ
あなたの下心には気付いているのよ、私。
その後エアロバイクに行って、あの女の子の隣で乗って、ちょいちょい話し掛けるのも知ってるの。お喋りなんかしたら脈拍変わっちゃうのに。
あーあ、またあの人に声掛けられてテンション下がっちゃった。次からはトレーニングの順番変えようかしら。
泳いでも、サウナ入っても気持ちが上がらなーい!
こうなったらさっさと着替えて、さっさと帰って、例の特番見なくっちゃ!
えっ? ちょっと待って。
歩いて来るの、彼じゃない? バス停に向かってるの?
あ、飲み会帰り? すっごい偶然。これは挨拶しなくっちゃ。
「あら、お疲れ様です」
ふふん。その薄い反応もいいじゃない。
「そっちのチーム、今日納涼会だったよね」
「あっ、ああ、はい」
「気を付けて帰ってね」
「ああ、どうも」
いやだ、首ひねりながら歩いてる。もしかして、私って気付いてない感じ?
仕方ないかあー、お風呂上がりのスッピンだから。来週顔合わせた時に聞いてみようかな。私だと気付いてなかったかどうか。
あの子、いっつも朝イチでコーヒー作りにウォーターサーバーの所に来るのよね。
今日の特番も楽しみだし、明後日の釣りも楽しみだし、火曜日の朝も楽しみになったわ。
って、ウキウキしながら出勤したけど、どうしてこんなにタイミング良く空っぽになってくれてるの、このウォーターサーバーったら、もう!
私にボトルを替えて欲しいって事よね? 勿論替えてあげちゃうんだから!
もう朝からハイテンションで絶好調。
朝ご飯いっぱい食べたし、髪も服もちゃんとしたし、靴もピカピカ!
顔もちゃんとメイクしたんだから。いつでも来なさいって感じ。
ほら来た!
「あら、おはようございます。
今ボトル取り替えるからちょっと待ってね」
「あ、おはようございます。
俺やりますよ」
「8Lくらい大丈夫よ。ありがとう」
優しい。可愛い上に優しいって、天使なの、あなた。
そうそう、金曜日の事を聞いてみなくちゃ。
「金曜日は無事に帰れたの?
だいぶ顔が赤かったけど(笑)」
「あっ、はい、無事です」
ふふ、面白い顔。これは頭が混乱してるな……。
やっぱり私だと気付いていなかったのね。
「ああ、もしかして分かんなかった?
だよね! 私スッピンだったもんね!」
「あ、ああ、まあ……」
「トレーニングの後にシャワー浴びて帰るからスッピンなのよー」
「そうなんですか」
だよね、顔が違い過ぎて分かんないよね。面白い。
「なんか、カッコいいですね」
えっ。
私? カッコいい? 本当?
「あらそう? ありがとう」
すっごく嬉しい……。そんな風に見えてたなんて。
今日もお仕事頑張れそう。とっても嬉しい。
「あ、お湯、ありがとうございました」
「いえいえ。今日も一日頑張ってね」
「は、はいっ」
振り返ってペコリとか、良い子だわー。
さあ、彼から元気を貰ったからには、張り切って働きますよ!
郵便物の配布、納入品の配布……週明けってお届けが多いから大変。
でも、次はシステム課! 台車、台車っと。
うっかりしてた。せっかくシステム課に行ったのに、あの子の事見るの忘れてた。
あそこは残業がちだから、帰りに会うチャンスも無いから残念。
また明日のお楽しみね。
「あら、お疲れ様です。
残業だったの?」
「あっ、お疲れ様です。
そうです、今帰りで。」
「そう。気を付けて帰ってね」
何て幸運! ジムに行こうと思ったら彼が歩いてたなんて、しかもお話もできたなんて。今日は朝からツイてるけど、もしかして占い1位だったのかしら。
……ううん。そんな事なかった。
これ、ジム用のバッグじゃないわ。間違えちゃった。取りに帰らなきゃ。
あの彼、もうバス停に着いたかな。もうバスに乗ったかな。また会ったら恥ずかしいいよ……。
これ、運が良いのか悪いのか、どっちなの?
しっかりバス停に彼いますけどー!!!
「きゃー! 恥ずかしー!」
そうよね、苦笑いするよね。
「持ってくるバッグ間違えちゃった!
会員証もシューズも何にもなーい!」
もういいわ。胡麻化してもしょうがないんだから。恥ずかしいけどしょうがないんだから。
彼だって普通に話してくれるし。優しい。可愛い。
ああ、もう! すっごい好き!
君の事、誘っちゃうからノってきて!
捕まえるから、逃げないで!
ここからはじまる カシ夫 @NEXTZONE
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