第3話 ギャップに弱い男

「地味子」ってあるじゃん?

 マンガとか小説で良くあるやつ。


 学校や職場では地味過ぎて存在に気付かれないような、髪ボサボサ・メガネ女子の話。実は超絶可愛いアイドルだったとか、付き合ってあれこれ調教したらすっげーエロくて可愛くなるとか、そんなやつ。

 俺もそういうのに憧れ的なのを持ってる訳で。


 大学の研究室にも地味女子はいた。ところが、その姿が目一杯のお洒落で、プライベートは更に地味だったりダサかったりだった。

 付き合ってみた子もいたけど、引っ込み思案過ぎてキスすらできずに別れたというね。


 晴れて就職したこの会社で、理想の地味子を探して憧れのオフィス・ラブとかやりたい訳ですよ。


 だが、しかし。

 だだっ広いワンフロアのオフィスに120人近くの社員がいるんだが、地味子は発見できずにいる。

 同じビルの他社の人でもいいから、と思ってアンテナ張ってるつもりなんだけどな。

 どいつもこいつも、小綺麗なんだよ、この界隈のOLは!


 とかなんとか言いながら、そこそこ仕事も頑張って、チームの飲み会もそれなりに参加して、ようやく明日は土曜日、海の日で三連休!

 明日は昼過ぎまで寝て、マンガ読みまくってダラダラしてやるー!


「あら、お疲れ様です」


 え? 俺?


「そっちのチーム、今日納涼会だったよね」

「あっ、ああ、はい」

「気を付けて帰ってね」

「ああ、どうも」


 誰だ?

 このスポーツジムから出て来たって事はここのジムの利用者なんだろうけど、誰?


 お疲れ様、そっちのチーム、納涼会……

 うちの社員って事? だよな?

 自転車に乗って帰る人……

 しかもあんな、ほぼスッピンでTシャツに綿パンな恰好の女の人なんかいたっけか? 絶対に俺の同期ではないから、先輩って事だよな。誰だったんだろう?




 折角の三連休が、あの謎の女が気になって仕方無かったよー! 今日見つけてスッキリしないと。モヤモヤする。

 とりあえず、まずはコーヒー飲も。


「あら、おはようございます。

 今ボトル取り替えるからちょっと待ってね」

「あ、おはようございます。

 俺やりますよ」

「8Lくらい大丈夫よ。ありがとう」


 ウォーターサーバーの水を軽々持ち上げて凄いな、この人。ハイヒールなのに。総務ってこんな力仕事もするんだな。


『あら、お疲れ様です』

『あら、おはようございます』


 ん? 急にこの前の会話が頭の中に……


「金曜日は無事に帰れたの?

 だいぶ顔が赤かったけど(笑)」

「あっ、はい、無事です」


 えっ、まさか……?

 いやいや、こんな綺麗なお姉さんではなかった……

 Tシャツ、綿パン、スニーカーだったような。


「ああ、もしかして分かんなかった?

 だよね! 私スッピンだったもんね!」

「あ、ああ、まあ……」

「トレーニングの後にシャワー浴びて帰るからスッピンなのよー」

「そうなんですか。

 あの、服とか靴とかは……」

「スーツとパンプス?

 一旦帰って着替えて来るから」

「そんな近いんですか」

「そうよ? この前の通り沿い」


 こんなオフィス街に住んでいるとか?

 自転車でジム通いとか?

 会社の近くでスッピンに綿パンとか?


「なんか、カッコいいですね」

「あらそう? ありがとう」


 しまった、スッピンがカッコいいとか、女の人に言って大丈夫だったかな。うっかり言ってしまったけど、気を悪くしてないかな。


「あ、お湯、ありがとうございました」

「いえいえ。今日も一日頑張ってね」

「は、はいっ」


 やっべー、超カッコいいんだけど、あの人。総務の、名前何て言ったっけ。ハイヒールで水タンク。カッコいいしか出てこない。

 金曜日の夜、たまたま歩いてた俺に気付いてくれたんだよな。


 マジでやばい。総務の彼女が超気になって仕方ない。仕事が進まない。


 あれっ、これって、ある意味『逆地味子』じゃね?

 会社ではクールなスーツにすっごいハイヒールで、髪も綺麗だし美人だし。人当たりも良いし。

 それがプライベートではスッピンに部屋着みたいな恰好でチャリ乗って、オフィス街の会費高そうなスポーツジムに通ってて。

 違うな、見た目だけ地味子だけど存在感もあるしアクティブじゃん。俺の理想の地味子ではない。


 けど。


 あの運動後のさっぱりした感じ、超恰好良かった。あの口調もいい感じで。


 やばい。あの人の事ばっか考えてて、俺やば過ぎ。早く仕事こなさないと。急いでデータ作ってテストして……


「はい、システム課に帳票用紙納品!」


 うわ、そんな時に限ってこっちの席に来るとか、これ何の法則?

 そもそも、いつも総務から物品持ってくるのってあの人だったっけ?

 隣の席の先輩に聞いてみよう。


「いつもあの人でしたっけ?

 総務の物品納品」

「えっ? いつも彼女だよ?

 お前、急にどうした?」

「いや、いつもはどうだったかなー、って」

「ま、当たり前過ぎて時々分かんない事、あるよな」

「ですよね」


 総務なら何かとお世話になってる筈なのに……

 そうか、そう言う事か。

 地味子探しに夢中で、逆に綺麗な人には注目しないから印象に残らないんだ。

 そう言えば、俺って会社の女の人の顔と名前、殆んど覚えていないかも。きっと外ですれ違っても気付かず挨拶していなかったかも。


 なんだか……俺って嫌な奴なんじゃないだろうか。好みの女の子以外はどうでもいい態度だったんじゃないかとか、失礼な言動してたんじゃないかとか、色々と不安になってきた。


 今日は定時でまっすぐ帰って反省しよう。

 いつも俺だけ夕飯食べるの遅くて文句言われてるから、今日は家族全員で食べよう。


 とか思った時に限って残業だよな!

 仕方ない、チーム全体でテストが遅れてんだから。

 でもまあ、1時間で終わったから良かった。


 ……って、マジか。

 向こうからチャリが来たよ。


「あら、お疲れ様です。

 残業だったの?」

「あっ、お疲れ様です。

 そうです、今帰りで。」

「そう。気を付けて帰ってね」

「はい。

 あ、あの、これからジムですか?」

「うん、そう。

 この恰好で分かった?」

「あっ、はい」

「まだやる前だから、顔が描いてあるから分かったんでしょ(笑)」

「あっ、いや、そんな事は」

「うふふ、いいっていいって(笑)

 じゃ、また明日ね!」


 カッケー。超絶カッケー。

 外で自分の会社の社員に会ってためらわずに挨拶できて、しかもフレンドリー!


「きゃー! 恥ずかしー!」


 なんで後ろからまた自転車で追い付いた?

 ジムは行かなかったのか?


「持ってくるバッグ間違えちゃった!

 会員証もシューズも何にもなーい!」


 そんなでっかい声で教えてくれなくても。


「でも家が近いんですよね。良かったですね」

「うん、この先500メートルくらいかな。

 古ーい佃煮屋があるんだけど、そこなの」

「あ、知ってます。ご実家ですか」

「そりゃそうよ。こんなとこ一人暮らしとか経済的にムリ!」

「そうですよね」

「私の家、空襲を免れた建物だから保存対象にされててね、建て替えもリフォームもできないからボロ家なのよ」

「そうだったんですか」

「トイレやお風呂は新しくしてるけどね。

 今度遊びに来てみない?

 関東大震災後に建った家、見てみてよ」

「えっ」

「君んちだってここからバスでしょ?

 ご近所さんみたいなもんよ」


 何だか分かんないけどいい人だ。しかも、カッコいい。

 俺、好きになっちゃったかも。

 地味子じゃなくてもいい。やっぱ綺麗なお姉さんに弱いんだな、俺も。

 いや違うな。

 マンガに出てくる地味子みたいに、ギャップを見せられるのに弱かったのかも、俺。


「他の人も誘って見に行ってるんですか?」

「まさか。君だからよ?」

「えっ、な、なんで……」

「そりゃ、誘いたい男の子と話すチャンスがあれば逃さず誘うでしょ!」


 凄い。凄いです、お姉さん。

 もしかして肉食獣ですか。

 俺、捕食されちゃうんでしょうか。

 スッピンからの綺麗なお姉さんからの、肉食獣。

 そのギャップに参りました。

 どうぞ、捕まえてください。

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