第2話 奪い合いの女

 やっちゃった。

 やってしまった!

 また、やってしまった。性懲りもなく。


「先輩、ヴァカなの?」

「わかってるってば」

「もう止めたらいいんじゃない?

 会費、結構な金額だよね?」

「分かってる、分かってるってば」

「そろそろ退会促されたりしない?」

「ちょっとキツいわ、その言い方」

「すみません」


 もうすぐ33歳の誕生日。結婚したくて紹介所にも入会してる。何度か男性を紹介されてお見合いもしたけど、また会いたいと思える人には巡り逢えず。


 昨日だってそう。


「良かったらまた次も会いませんか?」

「いいえ、大変申し訳ありません。

 今回限りと言う事でご容赦ください」

「えっ」


 またこれで終わりにしちゃった。


 ちょっとでも『合わないな』と思うと目も耳も心も閉じてしまうの、私の悪い所だよね。分かってる、分かってるんだけど、終わりにしたい一心でピシャリと言ってしまうのよ。

 家に帰ってから後悔するのが毎度のパターンで、本当に泣きたくなる。

 初対面だから相手の事が全て分かる訳じゃないし、何度か会えば『合わないな』と感じた部分も修正できるかもしれないのに。


「私ってどうしてピシャっと切り捨てちゃうんだろう」

「まー、そこが先輩の良い所でもあるんだけどねー」


 毎度毎度、お見合いに失敗して落ち込んでる私に付き合ってくれる後輩君、本当に良い子なの。彼は男の子なんだけど、自分の中では『クエスチョニング』なんだって。

 人を好きにはなるけど、それは友情としての『好き』の域を出ないものなのだそう。だから生まれてから一度も恋愛した事がないって言ってた。


「ほーんと、何でそんなに結婚に拘るのか、全然分かんないっての」

「こればっかりはねえ、結婚を焦ってみないと分かんないものなのよ」

「だからどうやったら結婚を焦る気持ちになるの(笑)」

「だってもうすぐ33歳だし」

「はいはい、先輩の固定観念ね」

「そう言う事にしといて」


 酔いが回ってきたところに、後輩君の言葉が染みてくる。

 私の良いところをたくさん言ってくれる。たくさん褒めてくれる。そして、たくさんたくさん励ましてくれる。


「私よりずっと頼りになるよね、君」

「だったら僕、会社辞めてバーのママにでもなろうかな」

「いいんじゃない?

 そしたらお見合いダメになる度に飲みに行っちゃお」

「嫌ですよ、先輩みたいな酔っ払い(笑)」


 この彼はちょっとアイドルっぽい風貌で、会社でもモテる人気者なの。だけど「クエスチョニング」だから、誰からの誘いも断ってるのよね。

 婚活に必死な私なら安心できるらしくって、だからいつも2人でつるんでるって訳。

 私の周りはと言うと、婚活中と彼氏持ちばっかりで。ちょっと女性社員の間がギクシャクしてるから、彼とつるむ方が楽なのが本音。

 婚活してお見合いしてるのは皆知っているので、私が彼を狙ってると誤解される事もなくて安心なのよね。


「先輩、そろそろ次行く?

 それか、帰ります?」

「君は? 時間大丈夫?

 今日まだ月曜日だけど(笑)」

「僕はむしろもう一軒行きたい感じで――」

「あれっ、あなた方は――」


 声掛けてきた、この人誰だっけ?

 やだ、私ってば酔い過ぎて分かんなくなってる?


(公共事業部二課の課長。

 来月の人事異動で、うちの課長になるって)


 後輩君がコソっと耳打ちしてくれた。


 なんですと?


(今日内示があって、うちの課にも挨拶に来てたのに。

 覚えてないなんて、昨日のお見合いで相当落ち込んでたのね、先輩)


 コソコソと、また耳打ち。

 何と、全く記憶がない。私、本当に大丈夫?


 新課長、人の顔見てクスっと笑ったりして、ちょっと失礼じゃない?でも間も無く上司になる訳だし、挨拶はしないとね。


「これは気付かず大変失礼いたしました。」

「いえいえ。僕こそ急に声掛けちゃって申し訳ない」

「課長はおひとりでいらしてるんですか?」

「あ、いや。連れが今……ほら、来た来た。」


 やっばー、よりによって何故


「なんだ、お前らもここで飲んでたのかあー」


 サイアク。昔付き合ってた同期にバッタリとか、勘弁してよ。


「うちの課長が今度7階に異動しちゃうからさ、2人でお疲れさん会やってたんだ。

 まだ月曜日だけどねー(笑)」


 ペラペラと、相変わらずうるさい男。


「なになに、お前と知り合い?

 僕の異動先のメンバーなんだよ、この2人。ねっ?」

「はい。私は彼と同期入社なんです」

「なるほど、そうだったの。

 だったらどう?

 次の店、4人で」


 嫌です。絶対に行きません!


「お誘いありがとうございます。

 折角ですが、私達はこの後も予定がありますので、ここで失礼させて頂きます」


 ニッコリ笑顔でお見送り。

 あっさり諦めてくれて助かったわ。


「出た、ピシャリとシャットアウト。

 見てて気持ちいい!」

「そう?」

「先輩の元カレ、何度も振り返ってたけど、一緒に来て欲しかった感じですかね」

「まさか。私と君を疑っただけじゃない?

 あの人、そう言う下世話な話題が好きだから」

「次期課長に変な事吹き込まれる心配ありありだなあ」


 全然構わないけどねー!


 2人で声を合わせて笑い飛ばしたら、もういい気分。

 そのノリで次はカラオケに決定。宅飲みでも良かったんだけど、さすがに月曜日から泊まりって訳にもいかないから。


 あ、私と後輩君、互いの部屋に泊まる仲だけど、『男女』じゃないから。親友に近い感じだから。

 って、誰に言い訳してるのよ、私ってば。




「ちょっと思ったんだけど、先輩?」

「うん? なあに?」

「あんまり僕とつるんでるから、社内の男性達が近寄れなくなってるのかなあ、って」

「私に好意を持った人が、って意味?」

「そうそう」


 僕と付き合ってると誤解して諦めちゃう人がいるかも。

 僕といつも一緒にいるせいで先輩の色気が薄れてしまったかも。

 元カレだって実はヨリを戻したかったかもしれないし。


 えええ、君、そんな心配しちゃってるの?そんな風に思わせてたなんて、私も責任感じちゃうな。


「あっ、そんな風に受け止めないで、先輩。

 僕はいつも一緒にいてくれて嬉しいし、いつまでも一緒にいたい感じで」

「やだもう、それ、愛の告白みたいじゃないの」

「そうでなくて。大切な親友としてだって」

「分かってるってば(笑)」


 何だかんだで月曜日から飛ばして3軒目。

 ちょっと飲みすぎたかも。話が段々ネガティブになってきちゃった……




「ぐぅ」


 えっ?

 ええっ?


 今私、イビキかいた? 待って、寝てたの?  寝てた? 私?


「ですから、僕はずっと一緒にいても良いと思ってますから」


 あれ、さっきの話、まだ続いてた?


 待って、私、どこに座って……え、抱っこされてる! どう言う事???


「お前さあ、さっきはアイツと付き合ってないって言ってたじゃんか。

 男女の関係じゃなくて、大切な友達だって」


 この声……

 やだ、元カレ! 何で? 何でここにいるの?

 目が、瞼が重すぎて。でも起きなくちゃ。

 誰なの、私を抱っこしてる人。


「うん、ちょっと整理しよう。

 君と彼女は過去に付き合ってたと」

「そうです」

「で、今の彼女のパートナーは、君?」

「彼氏じゃないですけどね」

「男女の友情が成立してるって事?」

「それとも違います。

 けど、説明が難しいのでそれでいいです」

「そして、彼女に迫られた僕、と」


 なーんーでーすーとー?!


 あっ、課長、課長っ!

 これ、次期課長の腿の上?!

 私、一体ナニをしたの?


「先輩返してくださいよ」

「や、俺が連れて帰るから。

 家の場所も、中も分かってるから」

「僕だって今日も泊まりコースだったので」


 待って、何について揉めてるの? 私?

 何か粗相しちゃったって事?

 どうしよう、目がちゃんと開かない、動けない……


(修羅場だなー。

 どっちも諦めて俺に預けていけよ)


 !!!!!

 聞こえましたけど?

 言ったよね? 独り言。聞こえたよ?

 次期課長が言ったよね?


 やだもう、この状況。

 誰か説明して!

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