第4話 居候の女
『賃貸契約更新のお知らせ』
ああ、とうとう来ちゃった。アパートの更新。
契約終了は3月末日。1月末までに更新手続きをしないと契約終了になっちゃう。
今日は11月25日。あと2回のお給料と、来月出るかもしれないボーナスで更新手数料を捻出できるかな。
更新料が1ヶ月分って言ったって、それ以外に手数料や火災保険とか色々取られて結局倍以上になるんだから。
そもそも! 家賃の値上げって聞いてない! 家賃が上がれば更新料も上がる!
これは人生最大のピンチって言うやつじゃない?
私、どうしてこんなに金欠なんだろう。貯金も全然できない。
何かお金の使い方を間違えてるのかな。それとも節約が足りない? 増やし方を知らないって事?
毎月、奨学金の返済と家賃とかの生活費、親が借りた教育ローンの返済分も含めた仕送り。これだけで手元には5万も残らない。
更新せずに引っ越そうにも、敷金・礼金とか、そう言うのナシの物件でも結構手数料や保証金で取られたり、初期費用が用立てられないから無理なのよね。
どかーんとボーナスが3か月分、ううん、2か月分も出てくれれば何とかなりそうなんだけど……。残業だって事前申請制で稼げないし、ボーナスだってカットの噂が出てて、もうめちゃめちゃ不安。
「えっ、ローンの審査通ったんだ!」
「今のうちの会社の状況で、よく銀行が許したなあ」
「いや、安い中古物件だし、第二地銀でやっとだったんだよ」
「それじゃ利率高いだろう?」
「そうなんだよ。繰り上げ返済目指すか、早めの借り換えも考えないとなあ」
「いよいよお前もこんな話題に加わるようになったんだな」
あ、経理の人達、お昼から戻ってきたんだ……声大きいなあ。
「次は結婚式かあ、暫くは慌ただしいだろ」
「うん、今は招待状を準備の時期に入ったよ」
「年末年始挟んで2月なんかあっという間に来ちゃうぞー(笑)」
あの人、来年結婚式なんだ。住宅ローンとか、新居を買ったのね。羨ましい。
いつも大きめの声で元気に話す人だよね、何歳くらいなんだろう。
ニコニコして本当に嬉しそう。私もつられてニコニコしてみよう。そしたら幸せにあやかれちゃったりして。本当、あやかりたーい!
大体、私貧乏を引き寄せやすいのよ、きっと。さっきお母さんから来たラインも不幸の手紙だったし。
実家の畑がイノシンの被害に遭って収入が激減な上に対策費用がかさんで、借金を増やしたって。だから仕送りを増やして欲しいとか、困っちゃったなあ……
助けてあげたいけど、アパートの更新の時期が来ちゃったのよね。
ああ、今日は折角のボーナス支給日なのに、くらーい、ずどーんと暗い。おかしいな、こんなの。このご時世出るだけマシだけど、1.5か月分だった。そこからの手取り額じゃ足りないの。結局実家を助ける事になっちゃったから。
もう諦めて、会社に内緒で副業しようかな。手っ取り早く塾講とかね。夜のお仕事はうちの会社にバレやすいからできないし。
「マジで? 別れちゃったの?」
「その噂、俺も向こうの営業所から聞いたよ。
大丈夫か?」
「それ、実話だから。俺、結婚取りやめになったよ」
また経理の人達……声が大きいってば。
「彼女、業者の男とデキ婚したんだよ」
「『した』って言ったよね、『した』って」
「言った言った。
記入済みの婚姻届見せられて、んで別れた」
「すっごい修羅場」
「それよりお前、家どうすんの!」
「うん、俺だけで住むしかないね」
「3階建ての一軒家に?」
「そう、4LDK。
トイレなんか3つもあんの(笑)」
凄い話聞いちゃった。そんなに大声で話してて良い話題なの?
ふむふむ、結婚式ってキャンセル料取られるんだ、えっ、40パーセントも?
へえ……結納金って返して貰えるものなのね。もし私が誰かと婚約してダメになったら返さなきゃいけないって事か、覚えとこ。
はっ、人の事より自分の事!
このままじゃ年末の帰省もできない貧乏よ。それはそれで節約だし、実家の愚痴を聞かなくていいからラッキーですけどね。
早く週末の単発バイト見つけなきゃ。週明けには塾講師のバイトの面接に行って……頑張らなくちゃ。
玉砕。全て不採用。
WワークOKの塾でもダメだった。うちの会社が副業NGだから。会社に内緒で働く人は雇わないって。当然だよね。
週末の単発バイトだけじゃ1月末の更新に間に合わないかも。年末年始の間もバイトして、それでも無理……かもしれない。多分ムリ。
やっぱり夜のバイトしかない?
でも、うちの会社、そういったお店にも営業してるよね?
会社の人達もよくキャバクラ行ったり風俗行ったりした話をしているし、いくらお店が沢山あるって言ってもバレる可能性はあるよね……
休みは全部単発の日払いバイトに明け暮れて、お陰で光熱費が安く上がったかもと少しだけ明るい気持ちで仕事始めになったけど。ちょっと待って、隣の経理部うるさいんですが。
「へえ、新しい家具買ったんだ」
「実家のはもう古いしさ、新居には新しいの置きたいじゃん?」
「一人暮らしじゃそんなにいらないだろ」
「そう。だから最低限しか買わないよ。」
「空き部屋ばっかりなんだから、シェアハウスとかやれば?
ローンの足しにはなるだろう?」
「いやー、知らない人と住むのはちょっと勇気いるなあ」
「あ、じゃあ俺とかは?
カミさんと喧嘩したときの避難先に」
「こらこら(笑)」
シェアハウス! その手がありましたか!
目から鱗です。経理の皆さん、ありがとうございます。
シェアハウスなら初期費用が賄えるかもしれないし、きっと家賃も安いかもしれない。
今までアパートしか考えていなかったけど、視野が狭かったわ。
大急ぎでシェアハウスを探してみようっと。
なるほどなるほど、安くてイベントもなくて女性専用は満室ばかり……。会社に通いやすくて良さそうなところは……契約金が案外高いのね。家賃と共益費で今と変わらなくなっちゃう。1年入居確定で割引があるのは魅力だけど……。
でも、シェアハウスに気付けたお陰で探す範囲が広がった。昔ながらの下宿屋さんとかも探してみよう。
……って、世の中そんなに甘くない。なかなか無いものなのね。
また明日の昼休みに探してみよう。うん、きっと見つかるって信じる。
あ、あの人。ひとりで一戸建てに引っ越す人だ。
トイレが3つもあるって言ってた。
トイレでもいいから、下宿させてくれないかなあ……。
!!!
そう、それだ! 下宿先! 居候先!
当たって砕けろでお願いしてみよう。
新しい部屋を借りる資金を貯める間だけでいいから住まわせて貰えないか、聞くだけでも。
恥ずかしがってる場合じゃないからね、もはや。
よし、明日の昼休みに時間を貰って相談してみよう、勇気を出せ自分!
そして翌日。
あっ、席を立った。
トイレ? コピー? よしっ、コピー室!
頑張れ自分、頑張れ自分、頑張れ……。
良かった、コピー室にひとりだけ。でもドキドキする。緊張する。
勇気、頑張れ、恥ずかしがってちゃ駄目!
「お疲れ様です。
あの、ちょっとお時間頂けますか?」
「あっ、いいですよ?
会議室使います?」
「いえ、もしお弁当でないのでしたら、お昼食べに行きませんか?」
「うん?」
わ、引いてる。引いてるよね、急にお昼に誘ったりして。
「いいっすよ?」
良かった、諦めずに頑張れ。
「じゃ、昼休みに玄関で待ってます」
「はいよー。よろしくね」
ああ、良かった。何とか声を掛けられた。
この場合、私がお昼代を出すべきだよね? 必要経費と思って払うべきだよね?
「悪い、今日は営業部の子と飯行くから」
きゃああああああ、思いっきり声に出されてる!
いつも経理部の人達一緒に行ってるから仕方ないのかもしれないけど、恥ずかしい。
皆さんそんな笑顔でこちらを見ないでください。本当に恥ずかしいです。
きっと、『あの子だよ』とか、『誘われちゃって』とか噂してるんですよね。
でもまあ、裏表の無い人、なのかな。きっと。
私の無理なお願い、怪しまずに聞いてくれると嬉しいな。
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