廃線上のシルフィード
江ノ橋あかり
第一幕 最愛の友との出会い
第1話 まだ名も無き大災害
桜の花びらが舞う爽やかな春の嵐の中、私は大津波により破断されてしまった気仙沼線の駅のホームで、風の精霊・シルフィードと出会いました。
これは、精霊の語る言葉を借りて悲しみに苛まれる人々の心を勇気づけ、最愛の親友にもたらされた残酷な死を否定するための物語。
◇ ◇ ◇
『廃線上のシルフィード・第一幕』
◇ ◇ ◇
──私の舞は「死の舞踏」。
背に小さな羽飾りのついた純白のロングチュチュを着飾り、新国立劇場の眩いステージライトに向けて両の手を伸ばすステージ上の私に、「国内最高峰のバレリーナ」と評してくださった観覧席を埋め尽くす数々の観客達の全ての視線が降り注ぐ。
私は詩情豊かなバレエ音楽にのせて流るる風の如くやわらかに舞う風の精霊・シルフィードとなり、精霊に魅入られた純情なる人間の青年との儚き恋の物語を演じます。
爽やかな緑の木々の間を駆けていく二人。恋焦がれて捕らえようとする青年の手を、精霊は軽やかな身のこなしでつま先で跳ねて、旋回してすり抜ける風のように
実体の無い精霊に触れることが叶わぬ青年の哀しみに年老いた魔女は目をつけ、恋が実ると騙って「呪いのショール」を手渡します。
何も知らぬ青年は精霊の肩にショールをかけると突如彼女の羽が落ちてもがき苦しみ、最期には青年への愛の言葉を残して生き絶えるのでした。
精霊の残酷な死によって物語は終幕となり、その後の観客達の歓声や拍手喝采に応えたカーテンコールの挨拶も終えます。降下する舞台幕で顔が隠れた瞬間に偽りの笑顔を貼り付けていた私は唇を噛み締め強く目を閉じました。
のちに『東日本大震災』と呼ばれるようになる災害が発生してから6時間後のことでした。この場に立っていられるのがやっとというほどのギリギリの精神状態。今晩の公演で無事に舞うことができて良かった……と、心の底から安堵します。
宮城県の三陸沖で発生した地震はこの遠い地の東京でさえ大きく揺らし、アスファルトの地面はひび割れ、ビルが波打つ様を目にした私は恐怖を覚えました。
公演前に震災による影響がないか会場が点検される中、楽屋のテレビが緊急放送で宮城県 の海岸沿いの町に黒色の大津波が襲来して家屋を押し流していく映像を流し、待機していた私含め劇団員の皆がゾッとして息を飲みました。
気仙沼市の海岸沿いに住む親友のことが心配になり、すぐさま連絡を取ろうとしましたが電話が繋がりません。
数時間に及ぶ公演の後、急いで楽屋に戻った私は、ロッカーから取り出したiPhone3GSの着信履歴とメールボックスに親友の名が無いことを確かめると、とめどなく溢れ出る涙を抑えることが出来ませんでした。
ああ、私の舞はやはり「死の舞踏」だ。「死の舞踏」で本当に人死が出てしまったのかもしれない。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……
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