第17話 目標

 リアンは、執務机に着くロクサナの前に立つ。



「わざわざ私たちを待ち構えているなんて、いい度胸だね。私たちと交渉でもしようと思った?」



 ロクサナは、緊張した面持ちで、しかし、しっかりとリアンを見つめて、告げる。



「あなたたちは、間違っています」



 想像していなかった言葉に、リアンは戸惑う。



「……もしかして、私たちに説教をするためにここに残ってたの?」


「そう、とも言えるでしょう」


「本気? そっちがどれだけ私たちの事情を知ってるかはわからないけど、怒りや憎しみで暴れ回ってるやつに、説教をするの? それ、口うるさい私を拷問の末に殺してください、って言ってるようなもんだよ?」



 リアンは右手の指先から糸を伸ばし、ロクサナの左の耳に巻き付ける。ほんの少し力を加えるだけで、その耳に血が滲んだ。


 ロクサナは痛みに軽く眉をひそめながらも、怯みはしない。



「あなたたちのこと……いえ……我らがワイアット帝国が行っている、非道な行いについては、私も多少は知っております。直接の関わりはありませんが、不穏なことをしていると知り、信頼できる者に調査させました」


「ふぅん……。魔物を犠牲にした蠱毒の儀についても、多少は知ってるってことね?」


「はい」


「そう。あの忌まわしい儀式を知っていて、私たちの怒りや憎しみも想像できて、それでもなお、お前たちは間違ってる、なんて説教をするわけ?」


「はい」


「……バカなの?」


「愚かなのは、あなたたちです」



 リアンの後方に控えていたコンラッドが、一歩踏み出す気配。魔力の高ぶりも感じられた。


 リアンは軽く振り返って、コンラッドを手で制する。



「待って。一応話くらいは聞いておこう。殺すことはいつでもできる」


「……リアンに、従う」



 怒気を隠さない目で、コンラッドは一歩引く。


 リアンは再度ロクサナを見て、首を傾げる。



「私たちが愚かである、というのも、わからない話じゃないよ。きっと……私が大切に思っていた人たちが今の私を見たら、愚かだって言うと思う。けどね、それはロクサナが言うことじゃないんだ。客観的には正しかろうと、心の傷を余計に刺激してしまう。それくらいはわかるよね?」


「わかって、います」


「じゃあ、なんでわざわざそんなことを言ったの? 殺してほしいの? 拷問されたいの?」


「どちらも違います。私があえてあなたたちが愚かであると指摘したのは……あなたが、話の通じる方だと思ったからです。現に、今も私は生きています。拷問もされていません」


「……私の行動に、話が通じると思わせる要素が合ったかな?」


「あります。あなたの後ろに」



 リアンの後ろにいるのは、カミラとザリナ。


 

「ここに来る前からあの二人の人間を従えていて、さらに、二人に対する態度は決して横暴ではありません。ただただ人間を恨んでいて、痛めつけたり殺したりすることを望むのであれば、二人はここにいないでしょう。いたとしても、全身に殴られた痕があるような、酷い状態のはずです」


「……なるほどね。大した観察眼と推理力だよ。確かに、私は目に映る人間全てを殺し尽くそう、なんて考えで動いているわけじゃない。人間を利用することも、人間と対話することも、ありだと思ってる」



 自分が元人間だというのも影響しているだろう。人間は全部敵、という発想にも至らない。



「話の通じるあなただから、私は尋ねます。私と、対話による平和的な解決を試みませんか?」


「平和的な解決ね……。ロクサナとしては、どういう結果を想定してるの? 私たちが改心して、死んで罪を償うことでも期待してる?」


「そこまでは想定していません。ただ、これ以上の殺しをやめ、そして、対話による人間との関係修復に努めていただきたいです。私と共に、人間と魔物が共存できる世界を目指しませんか?」



 ロクサナは本気でそんな提案をしているらしい。青い瞳に迷いは見えない。



「……その提案は魅力的だとは思うよ。私にも、魔物と人間が共存する世界を目指したい気持ちがある」


「それなら……っ」


「でもね、それは今じゃない。大切な人たちを殺されたから、復讐で殺し返す……そんなの、とても愚かな選択だとは思う。復讐が復讐を産む、負の連鎖が続くばかりだとも思う。悲惨な目に遭う人が増えるばかりだとも思う。

 それでも……私たちは、少なくともこの怒りがもう少し落ち着くまで、人間に復讐したいと思ってしまう。賢いとか賢くないとか、正しいとか間違ってるとかじゃない。この怒りは、理性的に制御できるものじゃない。落ち着くまでには、心ゆくまでの復讐と、長い長い時間が必要なんだ。ロクサナの提案を受け入れることはできない」



 リアンの言葉に、コンラッドは口を挟まない。同じ考えではなくとも、似たような考えでいるということだろう。



「し、しかし、それでは、取り返しがつかないほど、人間と魔物の間の溝が深まってしまいます! 今ならば、きっと人間と魔物の関係修復にも希望があります! 果てしない復讐の連鎖が続くことを、止められるかもしれないんです! どうか、ここで、手打ちとしていただけませんか!? 暗く悲しい未来ではなく、明るくて新しい未来を掴みませんか!?」


「その未来を選ぶには、私たちの傷は深すぎる。明るい未来を望むには、失ったものが多すぎるんだよ」


「それでは……本当に、人間と魔物が延々と殺し合う、暗黒の時代を選ぶというのですか!? 何十年、何百年続くかもわかりません! やがては、何が争いのきっかけだったのかもわからず、相手が魔物だから、あるいは人間だからと殺し合うだけになります! それでいいのですか!?」


「良くないよ。全然良くない。そんな未来は望んでない。未来に生まれる子供たちにまで、暗い戦争の時代を生きてほしいとは思わない」


「だったら!」


「私は人間と戦争し、勝利しようと思う。そして……」



 そして、どうするのか。


 数秒考えて、思いつくままに言葉にする。



「私は魔物が統治する国を作り、その国を世界の覇権国家にして、人間たちには敗者として私たちに従属してもらう。従属と言っても、奴隷というほど酷い扱いをするつもりはない。ある程度の自由や自治、繁栄を認める。魔物が作ったルールや規範の中で、人間が生きることを認める。魔物と人間は対等な存在として共存するのではなくて、魔物が人間を支配する形で共存するんだ」


「覇権国家……? なんですか、それは……。あなたは、一体何を考えて……?」



 覇権国家という概念は、まだこの世界には存在していない。どこか一つの国が世界に対して圧倒的な影響力を持つとか、ルールや規範を作るとか、自国の通貨を基軸通貨とするとか、そんなことはできていない。


 ロクサナがリアンの言葉を上手く理解できないのも無理はない。


 おそらく、口でどれだけ説明しても、理解は曖昧なものになるだろう。


 リアンとしても、ロクサナとの対話の中でふと思いついたことにすぎない。明確なビジョンがあるわけではない。単に、そういう未来を目指せば、心情的にも満たされて、破滅に至る未来も回避できるだろうと思っただけ。


 そもそも、覇権国家が生まれるには、世界的な通信網など、様々な基盤が必要だ。地球にあるような覇権国家は作れない。正確には、覇権国家のようなもの、を目指すことになるだろう。



「……覇権国家の説明は、少し難しい。世界征服と言ったら、世界を一つの国にまとめるとか、異文化を認めないとかになるのかな。覇権国家は、他国の存在を認めるけれど、世界の大まかなルールを決めたりする。実質、世界征服に近いものになるか……? とにかく、私は世界の覇権を握る。そんな荒唐無稽なことを実現する力を、お前たちが私に与えた。蠱毒の儀で得た力で、私は世界の覇権を握る」


「あなたの言っていることを、私は正しく理解できていないと思います……。でも、その未来を実現するために、多くの命が失われることは容易に想像できます。本当に……本当に、そんな未来を目指すのですか……?」


「うん。目指すよ。上手く行く保証なんてもちろんないけど、私は全力でこの世界を作り変える」



 ロクサナが沈黙し、初めて畏れのようなものを瞳に浮かべた。



「……あなたは、一体何者なのですか? ワイアット帝国のように、ただ世界を一つの統一国家にしようなどと企むわけでもなく……覇権国家という新しい概念を持ち出して……」


「私は、アラクネの村で育ったただの小娘だよ。ま、話し合いはここで一度打ち切ろう。私の望む未来のため、ロクサナにも協力してもらう。私に交渉を持ちかける度胸なんかは評価できる」


「私に、何をさせるつもりですか……?」


「まずは、この町が私の統治下に入ると宣言してもらう。私が宣言するより、ロクサナに宣言させた方がスムーズにいくはず。それに、ロクサナには政治的な参謀役になってもらうかな。私は政治に疎いから、恐怖以外で人を支配する方法をよく知らない。ロクサナの力を借りて、より良い支配を目指す」


「もし、私が断れば、どうするつもりですか?」


「ロクサナにはこういう脅しが効くかな? ロクサナの目の前で、領民を一人ずつ殺していこう。協力する気になるまで」


「……わかりました。協力します。ですから……これ以上、領民を殺さないでください」


「わかった。この町での殺しはひとまず終わり。……コンラッドもそれでいい?」



 リアンはコンラッドを振り返る。コンラッドは重々しく頷いた。



「俺はリアンに従う。リアンが何を目指しているのかは俺には上手く理解できんが……リアンの目指すものを、俺も見てみたいとは思った。永遠に争いが続く未来とは違うものを、俺に見せてくれ」


「うん。きっとね」



 話し合いはこれで終わり。


 リアンはロクサナに毒を打ち込んでおいて、いざとなればいつでも殺せるようにした。


 リアンが町の支配者となったことは、町全体に追々通達される予定。ラジオがあるわけでもなく、電話のような遠距離通信の手段もないので、通達には時間がかかる。


 まだまだ覇権国家設立には遠いけれど、その一歩を踏み出した。

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