第16話 未来

「ねぇ、ザリナ。私、人間の魔法に詳しくないんだけど、ここに張られた魔物を弱体化させる結界、どうやったら壊せる?」



 リアンは、屋敷の敷地内に入る前にザリナに尋ねた。


 ザリナは、すっと目を細めて領主邸の前庭を眺めた後、答える。



「……たぶん、地下に魔法陣か結界石があって、それで結界を発生させてる」


「地下か……。何メートルくらい下?」


「十メートルくらい、だと思う」


「深いな……。私、派手な破壊は得意じゃないんだよね……。地面を毒で溶かすか……いや、こういうのはコンラッドに頼もう」



 リアンは、まだ興奮が冷めずに荒い息を吐いているコンラッドに呼びかける。



「コンラッド! 地下十メートルくらいに、魔物を弱体化させる魔法陣か何かがありそうだって! そのパワーで地面を掘り返してよ!」


「了解した!」



 コンラッドは剣に魔力を込め、ただ力任せに地面を殴りつける。地面が爆発し、土と人間の破片と血しぶきが舞う。



「おーおー、本当にすごい破壊力だね。何の捻りもなく、ただ魔力をぶつけるだけであんな破壊を生み出すなんて、普通の魔物や人間にはできないよ」



 ほんの数分で、領主邸の前庭は完全に崩壊。半径十メートル、かつ深さ十メートル程のクレーターが出来上がった。


 その過程で魔物を弱体化する魔法陣も破壊してしまったようで、敷地内に漂っていた嫌な気配が消失する。



「コンラッド! もういいよ! 結界は消えた!」



 コンラッドは、返事をするより先に、もう一度派手な爆発を引き起こした。ドォン、とミサイルでも落ちてきたような音がして、地震と共に地面がまた派手に崩れた。



 弱体化した状態でも、簡単にクレーターを作ってしまったのだ。素の状態では、もっと協力な一撃を生み出せる。


 コンラッドは、味方でいる間はとても心強い戦力だ。



(……いつまで味方でいてくれるかわからない、というのが問題かな。私の目指すところと、コンラッドの目指すところは、たぶん少し違う。コンラッドは人間全部を根絶やしにしたいくらいに思ってるけど、私は、違う……)



 リアンは、右手で自分の下腹部をそっと撫でる。


 前世ではなかったけれど、今の体には子宮がある。子供を宿すための器官が、ある。


 アラクネの村を滅ぼされ、友達も家族も奪われて、人間を滅ぼしたいという怒りはもちろんある。


 だけど、同時に、復讐の先も見据えてしまう。


 自分の体が女であることが、復讐の先を見据えさせてくる。


 既に多くの人の命を奪っているし、カミラやニコールに酷い仕打ちをしているし、これからも多くの人を殺すだろう。


 それでも、子を生み育てる未来を、捨てきれていない。


 これだけの罪を背負いながら、明るい未来を思い描くなんて、客観的には許されないことなのだろうけれど。


 そういう倫理道徳や正義を、リアンは意図的に無視することにしている。


 通常とはかけ離れた地獄を味わった者に、当たり前の倫理道徳や正義が通用するわけがないとも思っている。



(……コンラッドは、いずれ私と道を違えるかもしれない。敵同士になることだってあるかもしれない。そのときは、お互いに納得のいくまで喧嘩しよう……)



 リアンは密かに思いながら、地面から這い出てきたコンラッドを笑顔で迎える。



「ありがとう、コンラッド。おかげで弱体化の不快感を感じずに済んだよ」


「まだまだ暴れ足りん。もっと敵はいないのか?」


「ここにはいないんじゃないかな? 残念だけど、存分に暴れるのはまたの機会に」


「この町の人間、全員を殺してはいかんのか?」


「それはダメ。殺し尽くしたところで大して得るものはないし、流石に途中で力尽きて返り討ちに遭うかもしれない。殺すより、支配して奴隷として働かせる方が得策だよ。生産活動をさせてもいいし、兵士として戦わせてもいい。私の毒魔法を使えばそれも難しくない」


「むぅ……そうか……」


「ちなみに、考えるだけ考えているんだけど、いずれ魔物を集めてちゃんとした軍を作るのもありだと思ってる。そのとき、どうしたって補給を担う人員は必要だ。兵士としては使えない人間を補給要員にすれば、魔物の軍はより強力になるんじゃない?」



 リアンの思いつきに、コンラッドは一瞬呆けた顔をして、それから低く唸る。



「ううむ……なるほど……。リアンはやはり賢いな。俺のように、目の前のことしか見えていない者とは違う……」


「コンラッドに、ただひたすら耐えろとも、恨みを忘れろとも言わない。でも、暴れる場所とタイミングはなるべく私の指示に従ってね」


「……わかっている。指揮官はリアンだ」


「ん。それじゃ、とりあえず領主を殺しに行こう。まだ残ってるかな? とっくに逃げ出してたら、そのときはそのときかな」



 その後、領主の屋敷を探索したけれど、領主の姿はなかった。危険を察知してさっさと逃げ出したらしい。領民を捨てて逃げるなど領主として実に恥ずべきことだが、特別に勇敢でも責任感が強いわけでもなければそんなものだろう。


 そして、領主だけではなく、従者なども既にいなくなっていた。


 ただ、ほぼ空き家と化していた屋敷で、領主であるシリン子爵の代わりに、その娘が残っていた。


 ザリナによると、彼女の名前はロクサナ・シリン。十五歳前後の女の子で、背中に掛かる金髪が美しく、青い瞳は海の深さを感じさせる。身長は百七十センチ近くあり、優しい顔立ちながら目には力強さがある。


 領主は逃げ出したけれど、一族で彼女だけは屋敷に残り、執務室でリアンたちを待ち構えていた。

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