第29話

「何をやっているんです」

 何度目だろう。起きてからずっと王子に言い続けている。

 アニクスは二日間眠っていた、らしい。その間も移動。馬車でなく、荷車で運ばれ。傍にはエレーオ、ラズも。起きれば泣きながらしかられた。寝ている間もミリャ、リアノは包帯を変え、薬をり。シオンは馬に乗り、移動。アニクスより軽傷だったようだ。

「何、とは」

「はっきり言わなくてもわかるでしょう」

「それなら答えなくても、ここにいることでわかると思うが」

 笑顔で。

屁理屈へりくつ言わず、帰れ」

「臣下達を殴ってきた。フレサのことも手酷てひどくふった。戻っても。叫ぶと傷にさわる」

「だったら、叫ばすな」

 こんな調子で言い合っていた。

 ミリャからは「傷が完全にふさがるまで無理はするな」と。

 今は塞がりかけ。歩くくらいは許してくれたので、見張りつきで、休憩時歩いていた。そこでも王子に付きまとわれ。

「カディールがいるのはわかりますけど」

 シオンの父を見た。見張りはいない。

「本物かどうか確かめに来たのもある。本物なら今度こそ決着をつけたいと。彼も限界が近い。シオンにゆずれても、次に譲れるかどうか」

 おそらく、アニクス、カディールに宿やどる竜も。

「兵は連れて来られないが、カディールとミリャの仲間達で。奴の手下てしたはいないのだろう」

「……手下はいませんけど、動かすのなら、レルアバドの兵。退いていました?」

「グラナート殿の話では、まだ退いていないと」

 グラナート、フィーガも驚いただろう。リンドブルムの王が現れたのだから。

「あの、シオンから聞きました? 体を変えること。竜のすえや竜から力を奪い、みずからの力にしていたこと」

「カディールと合流した時に手紙を見せてもらった。私に宿やどる竜もカディールに宿る竜も驚いていたが、納得してもいた」

「納得、ですか」

「ああ。私に、私達に宿る竜は力をおさえているがおとろえていく。それはあの竜も。しかし、あの竜は衰えがみられない」

 他の竜の力を取り込んでいたから。

「あの竜だけが人を憎んでいたのではないと」

「人も、竜もそれぞれ考えがある。統一されていれば、今も竜と共存していたか、竜だけの世界となっていた」

 今、人を憎んでいるのはあの竜だけ。他の竜は人の味方を。

「君に宿る竜も人を嫌っていたそうだよ。でも、人の味方をしてくれている」

 宿っている竜が教えたのか。笑っている。

「人の中にも人を嫌っている者はいる」

「ですね」

 なんともいえない気持ちに。それでも倒さなければ。

 息を吐き。

「それはそうと、どうして連れてきたんです」

 軽く睨む。

「王子のことなら、本人に直接言ってくれ」

 苦笑された。


 レルアバドとギーブルのさかい。グラナート達のいる駐屯地に着く頃には傷は完全に塞がり。

「久しぶり、フィーガ、グラナート」

 以前と同じ挨拶あいさつ

「お久しぶりです。ご無事で何より。また大変なことに首をつっこみましたね」

 グラナートの苦々しい声。連合の件か。

「ザラフがナサロクの女王に婿入りした。恩もちょこっと売っといたから、今すぐここに手を出さないと思うよ。こっちはどう?」

「こちらで話しましょう」

 出入り口で立って話していた。出て行った時と違い、人数は多く、リンドブルムの王までいる。そのため出入り口は混雑。

 案内されたのは大きなテント。そこにはハトゥムと友人兄が。

 王子を見た友人兄は傍に来て「デュロスは」とたずねて。

 そういえばいつも傍にいる友人弟がいないことに今、気づいた。

「どうぞ、おかけください」

 人数分の椅子を用意。グラナートは椅子をすすめる。エレーオ、ディーン、リアノがお茶の準備。ミリャはシオンの父の後ろに立ち。

「連合の騒ぎにじょうじて動くかと思われましたが」

「動かなかった?」

「はい。指揮はアルアヤド家のままだと」

 アニクスが動けなくした。だが口は動かせる。連合が動くのを待っていた? ニノ本人が戦場を見て駆け回れないから、動かなかった? 上手く伝令できなければ。

 シオンはなんともいえない目でアニクスを見ている。

「退きはせず、そのまま。こちらが進攻すると思っているのかもしれません」

 こちらも退いていない。進んでもいないが。こちらが退けば、レルアバドも退いた?

「今のところ動きはありません」

 今は。

 レルアバドの兵を動かすのか。あの竜だけでいどんでくるのか。

「こちらはすぐに動ける?」

 シオンの父が口を開く。

「ええ、動けます」

 フィーガが答える。

「ふむ。たぶん、兵は近いうちに動く。道連れは多いほうがいいようだから」

「は?」

 わかる者にはわかる。憎い人を少しでも道連れにしようと。

「あの。あなたは、なぜ、こちらに。リンドブルムはこことは離れている。レルアバドとギーブルのいくさなど」

 友人兄は遠慮がちに。

仇敵きゅうてき、というのかな。リンドブルム周辺を騒がしてくれたものがこちらに移り、今度はこちらで大きな戦を起こそうと画策している。一矢報いっしむくいようと思ってね」

「それでも、王自ら」

「ちゃんと采配さいはいしてきた。ここでのがすと、次は」

 何年後になるか。いや、何十年、何百年になるかも。すえはばれている。その血筋の者を狙われれば、その時に万全かどうかもわからない。

 逃がせない。終わらせなければ。こんなこといつまでも続けられない。歴代の末もそう思い、挑み続けた。

 逃げた末もいた、のだろうか。逃げたくなるのもわかる。初代は竜の姿の時に戦った。自分より体の何倍も大きなものに。何度も立ち向かった。諦めず。人と竜の未来を信じて。しかし結果は。今は。

「奴に同調するなよ」

 内から響く声。

「していないよ。そっちこそ」

 アニクスにも護りたい人はいる。この竜が家族を護りたかったように。

「するか。終わらせてやるのがすくいだ。われが力になってやると言い、奴の一部となっても奴はなんとも思わない。感謝も、悲しみもない。思うままに力を使うだけ。ただ、それだけの存在」

 仲間、同族でなく、力を増す、保ち続ける道具の一つ。

「すべて終わった後のことを考えておけ」

 すべて終われば。終われば。

「アニクス」

 声をかけられ、肩を叩かれ、はっとする。

 話しは終わったのか。残って話す者、出て行く者。

「大丈夫か。まだどこか痛むのでは」

 声をかけてきた王子は心配そうにアニクスを見て。

「大丈夫です。ちょっと考えごとを」

「そう、か」

 王子は近くの椅子に腰を降ろし。

「終わったら、話してくれ。全部」

 話し? 全部?

「何も話してくれていないだろ。あの男に狙われている理由も」

 どういう説明をしたのか。間違ってはいないが。

 話しても。物語。おとぎ話。頭のおかしい者。それで諦めてくれるのなら。

「それと、これを」

 王子がどこからか取り出したのは、チェーン付きの指輪。切れたチェーンは新しいものに。

「なんでもいい。話してくれ」

「帰ればどうです」

「そればかりだな」

 王子は苦笑。

「帰っても気になって何も手につかない」

「結婚して、そちらを考えていれば」

 準備から何から。ハルディは大変そうだった。

「準備を進めてもいいのか」

「花は贈ります」

「違う」

「私でなければ誰でも」

 よくはない。国王、臣下達が気に入らなければ。一生結婚できない? 少し王子がかわいそうになり、そのような目を向けた。

「父上は、アニクスとの結婚を、あのパーティーで発表した」

「余計なことを」

 舌打ちしたいがこらえる。

 もし、すべて終えて動けるのなら、すぐにでもこの国を出ないと。あの竜と戦って五体満足で済むとは思っていない。弱っているところを狙われれば。

「父上は、アニクスの母親を知っている。初恋の人だと。父上とも話せば」

 何を、話すのか。母が選んだのは父。父の帰りをずっと待っていた。帰って来ると信じて。あの町で。

 母のためにも父の体を取り戻さないと。

 両手を強く握る。目を閉じ、再度、決意する。

 倒して、母の元へ父を連れて行くまでは倒れていられない。倒れるのはその後。

 今頃母と会い、喜ばれているか、泣かれているか、しかられているか。

 会えていればいい。あの体にいなければ。

 父と母が会っている場面を想像し、小さく笑った。


◆◆◆

 目を閉じ、小さく笑っているアニクス。わかってくれたのかと、ほっとしたが、つぶやかれた言葉にこおりついた。

「いいなぁ。父さんは母さんに会えて」

 心底羨   うらやましそうに。

 わかってくれたのではない。リゲルの言葉が届いていないだけ。そして、アニクスは両親の元へいくことが。

 握られている手にそっと触れると、目が開かれる。

「少しでもいい、俺を見て、言葉を聞いてくれ」

 静かな水色の瞳。そこにはなんの感情もない。


◇◇◇

 翌日、駐屯地内をラズ、モカ、ビットと歩いていると、

「あ、姫様」

 エレーオが駆け寄って来る。

「動いた?」

 レルアバドの兵が動いたのかと。

「いえ、リゲル王子の護衛の方々が来て」

 騒いでいるのか。

「近づかないでおく」

 うんざりしたように。

「ええ、そうしてください。姫様に斬りかからんばかりの勢いです。おじい様、お父様、フィーガ様は護衛を睨んで」

「聞き流すよう伝えておいて。この国にすれば、悪いのは全部私、なんだから」

「そんなことありません」

 エレーオはむくれて。

「王子のせいにできないでしょ。だったら」

 エレーオ達にしたら悪いのは王子、なのだろうが。

「レルアバドが動いていないなら、馬でその辺駆けようかな」

「あまり遠くへ行かないでくださいよ」

「ラズがいるから行けないよ」

「それもそうですね。ラズ、姫様をお願いします」

「うん」

 信用ない。

 護衛達に会わないよう、馬がいる場所へ。

 レルアバドの斥候せっこうと遭遇してもいいよう、小物入れ、刀もある。

 あの護衛達なら、友人兄の連れて来た兵達を味方につけ、アニクスをこっそり始末するよう言っても。

 内部分裂すれば負ける。もし、アニクス達が勝っても、フィーガ、グラナートがアニクスをかばい、処罰されれば。ニノは攻めやすくなるだろう。

 これは、離れた場所にテントを張って一人でいたほうが。

 馬で荒れた地を駆けていた。天気は良い。このまま、どこまでも駆けられれば。

「姉上」

 ラズの声。アニクスも気づいた。荒野に誰かが立っている。速度をゆるめ。馬の足下を走っていた子犬二匹は唸り。

 顔ははっきり見えないが、黒髪、体格からして男性。

「ああ」

 竜に言われなくても気づいた。

 馬を降り。

「ラズ、シオンに伝言頼める」

「伝言?」

「そう。シオン以外に話したらだめな、秘密の伝言」

 口元に人差し指を立て、笑顔で。

「うん。姉上は」

「様子見」

 男のいる方向を見た。

「ラズのペースで行っていいから」

 ラズも乗馬の練習をしていた。

「見つけた。そう伝えればわかるから」

 手綱を握らせ、方向を変える。軽く馬を叩くと、来た道を戻って行く。

「さて」

 どのくらい一人でもつか。周囲に兵が隠れて。見る限りいない。離れた場所にしげみがあるので、あそこに隠れていたら、馬で、全速で駆けてこられたら。

 足下をちょろちょろする何か。

「……ビット?」

「わん」

 元気よく返事。

「じゃない。なぜここに。ラズと一緒に帰りなさい」

 駐屯地方向を指差すが、アニクスの周りを走っている。

 何度も帰れと言うが帰らず。アニクスは唸りながら、時間稼ぎもね、ゆっくり男へと進んでいった。


◆◆◆

 デュロスとともに来たスワドと四人の兵。連合に一緒に向かった面々。

「お戻りください、王子」

「なぜ、ライルが次の王。ライルにこびを売ればいい」

「王子!」

 スワドは叫び。

「今回の件はすべてあの女が招いた。あの女は国王を殺害しようとした。罪人となりました」

「なん、だと」

「もちろん王子との結婚も白紙。国王命令で婚姻届は無効になりました」

「父が、陛下が、そう言ったのか」

「ええ」

 スワドは胸を張り。

 リゲルはデュロスを見た。

「詳しいことは、おれも知らない。お前を追いかけ、すぐ城を出た」

 デュロスは顔をしかめ。

「フレサ様と結婚するのなら、あの女の罪は軽くするそうです。罪は罪、ですから。ああ、斬ってもいいとも言われています」

「陛下がそんなこと言うはずない。何かの間違いだ! 確認して」

 ラディウスが反論、デュロスも頷いている。グラナート・ボルシェ、フィーガ・バッルートもいる。彼らもスワドを睨み。

 信じていた。信じたかった。アニクスはリゲルより父を理解していた。話しなど通じない。無駄なことを。助けられておいて。パーティーで結婚の発表をしておいて。馬鹿正直に信じて。それとも何か裏が。

 連合、か。ギーブルの貴族の話しは聞かなくても、アニクスの話しなら。どこまでも利用しようと。

「お戻りの準備を」

 返事をせず、テントを出た。


◇◇◇

「ひとり?」

 話せる距離まで来て、止まる。足元のビットは唸り。

「どうだろうな」

 男は笑みを浮かべ。

「お前こそ。他の奴らはどうした」

「まさかここにいるとは思わなくて。散歩していてばったり。レルアバドの兵をぶつけてくると」

「ああ。動かすさ。どちらが勝とうと」

 歪んだ笑み。勝つのは自分だと。

 どれだけ一人でやれるか。時間を稼げればいい。シオン達が来るまで、竜を奪われなければ、倒れなければ。

 男は剣を構える。アニクスも刀を手に、構えた。これが最後になるよう、刀を握る手に力を込めて。


 離れた場所からレルアバドの兵が出てくることもなく、静かな広い荒野に剣がぶつかる音が響く。

 強い。初めて会った時、二度目もそう思った。きたえてきた。それでも限界がある。この男、竜はその限界を軽く超える。戦えば戦うほど強くなっているような。

 傷は塞がったが、また新たな傷が。また泣きながら叱られる?

 無心に、とは思うが、これまでの思い出が。

 息があがる。あちこち痛むが、まだやれる。傷一つつけられていない。相手は余裕綽々よゆうしゃくしゃくの表情。

「アニクス!」

 イオの声が響き、馬のまま男につっこんで。

 なんとか耐え切った。と息を吐く。気はゆるめず。

 シオンは槍を、カディールは剣を手に男に向かっていく。

 三人を軽くさばき。

 シオンの父まで槍を手に。

「王様、無理するなよ」

「う~ん、息子ほどではないが、鍛えていたんだが」

 シオン、カディールの動きに比べ、シオンの父親の動きはにぶい。

 一人に対し五人。下手すれば同士討ちになりかねない。そのためか、ミリャと師匠も来ているが参加せず。男もわかっている。弱い者から狙い。

 シオン、シオンの父、アニクスが前。イオ、カディールが後ろから狙っても、後ろに目があるかのように受け流され、かわされ、はじかれ、蹴りや剣が迫ってくる。ただ右腕の動きはにぶい。

 もし、アニクス達が倒れても、師匠とミリャがいる。あの男も弱っている。誰かの力を取り込まれる前に、師匠とミリャがとどめを刺す、討ってくれれば。などと弱気なことを。

なつかしいな。姿は違うが、以前もここで、こうして戦った。あの時はもっと仲間がいた。それが」

 この場にいる者だけ。

「あの時は何日戦った? 体力のない人は次々に倒れ」

 竜や力を与えられた者、トカゲ人間が戦い続けた。その時と違うのは姿。人の姿で竜があらそっている。

 自分の願いのため、人の未来のために。

 少しでも動きを止めることができれば。元々無傷で済むなど。今もあちこち斬られている。それはあの男も。少しずつだが傷つき。

 イオとカディール二人で剣を弾く。シオンの槍が首を狙う。

 集中しているのは。

 シオンの槍は首をかする。剣はシオンに振られ、シオンの父が槍を。

 背後から足を狙った。どちらでもいい、封じれば。

 左太ももを深く斬ることに成功。バランスを崩す。赤い瞳がアニクスを見る。剣もこちらに向かって。かわそうとするが遅く、左肩に剣の先が。さらに深く刺さる。

 しかし、シオン達の槍や剣も男に向けられ。防ぐなら剣を抜くか、剣から手を離し、かわすか。この男なら、刺したままアニクスを盾にしそうだ。

 痛みを無視して、無視できる痛みではないが気力で。さらに近づく。剣がさらに左肩に深く刺さり。刀を持ったまま。どこでもいい、刺されば、斬れれば。

 向かってくるとは思わなかったのだろう。男は小さく舌打ち。右腕が動く。左腕と違い、鈍い動き。

 隙を逃すシオン達ではない。背後、左右、前はアニクスが。刀はどこかに刺さっている。目は顔から、赤い瞳かららせない。

「シュバルツ」

 竜の声が口からこぼれる。なんともいえない声。

「共にこう。人の、勝ちだ」

 あちこち斬られ、刺されても、右手はアニクスの首に。しかし、力が込められることはない。触れている程度の力。

「終わりだ」

 そう言ったのはカディールに宿やどる竜か、シオンの父に宿る竜か。

 男は凄絶せいぜつな笑みを浮かべ。アニクスの左肩を刺している剣を引き抜く。

「っぐぅう」

 激痛に顔を歪める。歯を食いしばった。刀から手が離れる。男と違い抜いていない、刺さったまま。

 互いに満身創痍。シオン達はさらに攻撃。男の全身は赤く染まっていく。

 ゆっくりと体が傾き、ついには地面に。

「やった、のか?」

 イオは倒れた男をじっと見て。

「油断するな」

 カディールは警戒。シオン、シオンの父も。剣、槍は油断なく構えられ。

 男は動かない。どのくらいそうして警戒していたか。全員動かず固唾かたずんで。

「終わった?」

 イオは剣の先で、うつ伏せに倒れている男をつついている。つついてもぴくりとも動かない。息をしているのかも、わからない。

 誰かが大きく息を吐く。それぞれ地面に座り込んで。

 アニクスも痛みを我慢して、倒れている男の傍へ。

 膝をつき、左手を伸ばす。

 倒れていた、倒したと思い、油断していた。

 男の左手が素早く動き、アニクスの左手首を掴む。

「っ」

 シオン達も驚き。

「そう、簡単に、終われるか」

 地面にせられていた顔が上がる。燃えているような瞳。

 刀は男が体から抜き、どこかに。小物入れから短剣を取ろうと、右手を動かす。

「俺を倒しても戦は起こる。人は争う。仲間もいないこの地で、ひとり生き続けろ、ネロ! 人のみにくさをひとり、見続けろ」

 掴まれた手に力は入る。嫌な音。骨が折れたかもしれない。

「お前」

 赤い瞳が大きく見開かれ、アニクスを見る。

「は、はは、そうか。そういうことか」

 小さく笑い。イオは男の左腕に剣を振り下ろそうとしている。

「お前も後悔し続けろ! 俺を、身内を倒した。後悔し続けろ。お前が倒した。自らの身内を! 忘れるな!」

 さらに力が込められ。

「父さん!」

 子竜の声が響く。視界が白く。

「うわっ」

 アニクスだけではないらしい。イオの声も。振り下ろされた剣は狙いをはずれたのか、地面をけずる音。

 視力が戻ってくる。

 左手は掴まれたまま。掴んでいる男は何も言わない。地面に顔を伏せ。

「……」

 青いかたまりがアニクスと男の間にいる。もぞもぞと動いている。それが顔を上げた。猫ほどの大きさ。だが青い猫はいない。うろこおおわれていない。トカゲのような顔をしていない。

「やあ」

 右前足を上げる。

 よく知っている子竜の声。

「どういうこと?」

「う~ん。言った通りじゃない」

 動きを確かめるように翼を広げている。

「言った通り?」

「仲間もいないこの地で、ひとり生き続けるがいい」

「え?」

 アニクスの口からでない。近くから低い声。こちらもよく知っている声。見ると、青い竜、だけではない。赤、緑の竜が。頼りなげ、というか、き通り、不確ふたしかな姿。夕暮れ時とあって、幻想的にも見える。

「体を作ったんだよ。おじちゃんが最期の力を振りしぼって。あと、君のも」

 小さな竜がアニクスを見上げる。

 のろのろと左袖をまくった。手首は掴まれたまま。

 見慣れたもの、青いうろこがない。

 イオも右手首の内側、シオンは服の上から鱗に触っている。

「オレのはまだある」

「俺も」

「最後の嫌がらせだよ。体を作るために残っている力と君の力を。父さんをこの体に移そうとしていたんだけど、ぼくが邪魔した」

「そ、う」

 としか返せなかった。

「心配しないで、父さん。ぼくなら大丈夫」

 子竜はアニクスの体をよじ登り、頭に。

 重い。

「だから、父さん達は安心して眠って。もう悪い竜はいない。人の勝ち、だよ」

「おとぎ話の終わり、か」

 師匠、ミリャも傍に。

 親竜は子竜に顔を寄せる。

「長かったような、短かったような」

 緑の竜が口を開く。

「世話になった」

 赤い竜も。

「力を回収、消せればいいが、すまない」

 シオンとイオの力はまだ残るようだ。

「いや、これからも間違った使い方をしない。すれば俺達はあの竜と同じだ」

 シオンは倒れている男を見る。緑の竜は目を柔らく細め、シオンを見ている。

「語り継いでいくよ。君達のことは」

 シオンの父は緑の竜を見上げ。

「世話になったのはこっちも、だ」

 カディールは赤い竜を。

「おう、楽しかったぜ。あんたがいなければ、オレは親父に見つけてもらってなかったかもしれないし」

「そう言ってくれるのなら」

 赤い竜も微笑ほほえみ。

「いくの?」

「ああ」

 アニクスも青い竜を見る。

「この子を、頼む」

 右肩に移動した子竜を見て。

「いかないで」

 頼りない、情けない声。言うつもりはなかった。シオン達のように笑って別れるつもりだった。

 動く右腕を上げる。顔に触れようとするが、出会った時と同じ、手は顔の中に。

 すべて終わっても、このままだと、どこかで考えていた。一緒だと。

「お前はもう一人ではない。仲間もいる。我の子も」

「そうだよ、静かになるよ」

 なにより寂しいくせに、子竜はそんなことを。

「感謝している。これで終われる、ゆっくり眠れるのだから。初めて会った時は大丈夫かと思ったが、奴を見つけ、戦い、倒した。終わるまで会えないと思っていた息子にも会えた」

「いてくれたから」

 一人だったら何もわからないままだった。

「我らはここまでだが、お前達はこれからだ。奴の起こす戦はなくなるが、奴の言う通り、戦はなくならない」

 どちらが勝とうと兵を動かすと。

「すべての戦を止めろ、とは言わない。これまでのように止められる戦を止めろ。やれることをやれ。そして、やりたいことも。我は、我らはやりきった」

「ネロ」

 赤い竜が呼んでいる。

「ああ、時間だ。ではな、小さきすえ

 青い竜が鼻先をアニクスの額に。他の竜もそれぞれの頭に鼻先を寄せている。

「お前達が精一杯生きた後、再び会おう」

 そう言ったのはどの竜か。姿がぼやけ、消えた。

「父さん」

 子竜の声。夕暮れの空を見ている。

「ありがとう。さようなら。また、会おう」

 アニクスはどこにともなく。

「って、うお、傷、治ってる。あれだけやられたのに」

 そういえば左肩の痛みがない。

「治していってくれた、のかな」

 シオンの父も、みずからと息子を見ている。

「だが、体力は戻っていない。疲れたし、腹減った」

 カディールはその場に座り込み。

「おい」

 シオンは座り込んでいるアニクスを見ている。

 顔を動かすと、右肩の竜は「おっと」と下りてくる。

「身内って言っていたな。どういうことだ。隠していること全部吐け」

 いまだ左手首は握られたまま。

「父親、なんだと」

「は?」

「だから、親父おやじ。言っていただろ、体変えたって。こいつの親父に体を変えたんだ」

 師匠はなんでもないように。

「話してもどうにもならない。だって倒さないといけないから」

 怒鳴りかけていたのだろう。シオンは開こうとしていた口を閉ざす。

「話して、手心てごころを加えたら。それに、父さんの体で、これ以上好き勝手されるのは」

 掴まれている手に右手で触れる。大きな手。

「やっと、母さんの所へ。一緒に眠らせてあげられる」

「そうだね」

 優しい声はシオンの父。

「しんみりしているが、これからどうする」

 師匠はマイペース。だが、いつまでもここにいられない。

「目的は達成した」

「だな」

 シオンの父とカディールは頷き。

「倒したのか」

 そこにいる誰とも違う声。全員がそちらを見る。そこにいたのは。

「ニノ」

 背後には数十人の兵。

「倒したんだな、その男を」

 相変わらずなんの感情もない。淡々とした声。

「だったら。私達を倒す?」

 倒して、ギーブルに兵を。

「これからどうする」

「は?」

「これからどうすると聞いている」

「聞いてどうする」

 シオンがニノへと進む。

「こちらの陣営にこないか」

「は?」

 先ほどから訳がわからない。子竜はアニクスの陰に隠れ。ビットは、ふんふんと子竜のにおいをかいで。

「その男はかなめだった。キート、ニグラテールから領地を取り戻せたのもその男の力が大きい。それはこれからのギーブル戦にも。だが、その男はお前達にやぶれた。このままギーブルと争っても負ける。そしてレルアバドはギーブルのもの」

「それでいいんじゃない」

 レルアバドはなくなる。

「国王はまっ先に逃げる。か、お前のせいにする」

 ニノが指したのはアニクス。

「なぜ」

「負ければどうなるか、どう責任を取らされるかわかっている。レルアバドは一度、今回で二度、か。ギーブルを攻めた。一度目はなんとか、かわせた。ギーブルに攻められた時もお前を渡して、かわした。城は落とされずに済んだ。だが今回は」

「完全につぶされる」

「そうだ。そしてレルアバドの貴族はその地位を剥奪はくだつされるか、一生ギーブルの貴族に頭を下げ続けなければならない」

 ニノは顔をしかめている。

「現国王はお前から国を預かっていただけ、お前の命令で攻めた、と言い張り、責任転嫁    てんかする」

 納得。

「それなら、お前が本当にレルアバドの女王になれ」

「……」

 どうしてそんなことに。

「今の王には退いてもらう。お前が王族の血を引いているのは知っている。正統な王」

「待って、待って、待って。私、そんな勉強していないし、どうやって。ここでレルアバドが負ければ」

 王には。そして言った通り。あの王はアニクスにすべての責任をなすりつける。ギーブルにしてみれば邪魔者を今度こそ排除でき、レルアバドも手に入る。

「お前を王にする条件として、バッルート、ボルシェにはわざと負けてもらう。バッルートの治める地をこちらに取り戻し、戦は終わり。被害も最小に収める」

「なるほど」

 シオンは納得している。

「そして、バッルート、ボルシェもこちらに取り戻せる」

「ナグマは」

「勝手についてくるだろう。息子はナサロクに婿入りしたのだろう。アルサババについている貴族をボルシェ、バッルートに任せ、ナサロクに移る、かもな。もしくはギーブルに残り内情を探り続ける」

「フィーガとグラナートだけじゃなく、レヴァンタの兵もいるけど」

「そこはあの二人に上手く言いくるめてもらうしかないだろう」

 つまり、本当の戦でなく、演技? 演習?

「ギーブルがレルアバドの城まで兵を進めるのなら、周りの国も動く。お前が王になるのなら、ここで戦は終わり。どうする。すべてお前の決断一つ」

「そんな重大な話」

 王に。だが、そんな勉強していない。断れば、レルアバドは終わり。それだけで終わらない。

「補佐なら俺がしよう」

 新たな声。全員がそちらを向く。

 ニノはレルアバド側から来た。しかし新たな声の主はギーブル側から。

「また、ぼろぼろになって」

「王子」

 苦笑しながら近づいてくる。

「補佐なら俺がする。女王陛下」

 アニクスの傍に膝をつく。

「ギーブルに戻るな。国王を殺害しようとした者として、アニクスを罪人にした」

「好き放題言いましたが、命を狙うまでは」

 大勢の前でなんとも思わないとか、それ以上でもそれ以下でもないとか。

「それだけお前が邪魔なのだろう」

 ニノは肩をすくめ。

 誰も彼も。

「そんなことを考える国王には見えなかったが」

 シオンの父は顎に手を当て。

「本当はギーブルから離れた遠くの地で、二人で暮らそうと」

「それもそれで大問題のような」

「問題ない。補佐ならする。出しゃばりはしない。陰として傍にいる」

 王子はニノを見て。

「どうする。さっさと決めろ。暗くなる」

 もう薄暗くなり始めている。

 やれることをやれ。そう言っていた。

「ミリャ、グラナート達に伝言をお願い。一筆書くから」

「わかった」

 ミリャは頷いてくれ。

「悪いが、俺の仲間にも夜中に抜けてくるか、戦について出て来い、と伝えてくれ」

 明日に向け、動き出す。


「どうだ」

 レルアバド陣営のテント。アニクス達だけ。ミリャはグラナート達の元に。ミリャの仲間も向こうにいる。

「駄目。動かせないし、感覚がないっていうのかな」

 左手首には大きな手形のあとがくっきり残っている。

 腕を上げようとしても、手を、指を動かそうとしても、できない。感覚もない。他の怪我は竜が治してくれたが。

「う~ん、これじゃ刀を振れない」

「奴は倒したんだ。無理して戦う必要はない。連合は当分大人しい。ここだって上手くいけば」

 シオンの言う通りなのだが。

 父の体は師匠に運んでもらい。別テントに。

「何があるかわからないからね。片手で短剣を振れなくはないし、足は大丈夫だから走ることも。シオン達はどう?」

「俺はどこも動きは悪くない。元通り。父もピンピンしている」

 シオンの父は頷いている。

「オレも平気だ。疲れてはいるが、眠れば」

「俺も」

 イオ、カディールも。

「今までいたものがいなくなっちまったから、何か足りない、胸にぽっかり穴が開いたような感じだが」

 カディールは右手を胸に当て。シオンの父も胸に手を当てている。

「全員生きているんだ。よかったじゃねえか。それに休めば動くかもしれない」

 イオは明るく。

 無理、だろう。だが、そういうことは言わず。

「これ、どうしよう」

「これ言わないで」

 翼をばさばさ。視線は小さな青い竜に。

「体を作ってもらったけど、これから成長しない。寿命も、生きられて数百年。君達と同じで何かあれば数年とか、数十年。大半は眠っていたけど、長い時間生きていたから、十分といえば十分なんだけど」

「そういうことは言うな」

 小さな額を右人差し指で弾く。

「あ、食べてもなんの力もつかないよ」

「誰も食べない」

「そうだぞ」

 イオは翼を引っ張っている。

「何か食べたり、飲んだりは」

「しないともたない、と思う。ちゃんと体があるからのどかわくし、お腹もくみたい」

「ミリャなら解剖しそう」

「おい」

 シオンのつっこみが入る。

「君は、どうしたい」

 シオンの父がたずねて。

「う~ん、当分はこの子の所かな。力の源である鱗はなくなっても、ぼくのすえだし」

「シオンやミリャの所にいたほうがあがめられ、うやまわれそう。カディールとイオはあちこち旅しているから、それについて行くのも」

「うん、いずれ行くよ。でも当分は」

 アニクスの傍らしい。

「しゃべるからすか九官鳥で通すか」

「違う!」

 両前足でアニクスを叩く。

「シオン達は国に帰るんだよね。当たり前だけど」

「ああ。終わったからな。ハルディの傍でゆっくりできる」

「カディール達は」

「今までと変わらない」

「隠居するなら、うちに来てくれ」

「そうだな。限界がきたら、それもいいかもしれないな」

 シオンの父とカディールは笑い合い。

「お前は」

「ん?」

「お前はどうするんだ」

「一番は父さんを母さんの元へ連れて行く。それからは、たぶん」

 声は小さく。

「女王、か」

 シオンはにやにや笑って。

「女王になっても、金貸してくれ」

「師匠」

 アニクスは息を吐き。

「今のところ被害を最小限におさえるには」

 レルアバドがここで負け、三家にそのまま進め、城を落とせと命令されれば。

 手柄はフィーガ、グラナートでなく、別の者が持っていく。アニクスが罪人になっているのなら、どう扱われるか。連合はともかく、周りの国も大人しくしているかどうか。それならニノの言う通りに。

「補佐もいるし、な。あの王子とニノ、エレーオがいれば大丈夫だろう」

 シオンは笑顔で。

「シオンはいてくれないの」

 上目遣   づかいに見る。

「帰る」

「はあ、ギーブルが治めているようなもの」

「悪くは治めない」

 だが、いずればれる。現国王も大人しくしていない。一旦逃げたとしても、狙われ続ける。今までと変わらないような。違うのはこちらが捜しに行かず、向こうから来る。狙われるのはアニクス一人。

 再び大きく息を吐いた。


 翌々日、レルアバドの兵とグラナート、フィーガのひきいる兵が、アニクス達が竜と戦った場所でぶつかった。

 とはいえ、本気ではない。見せかけ。ぶつかる前に、グラナート、エレーオ、ラズに会い。

「姫様ぁ~」

「姉上」

 エレーオ、ラズには突撃され、よろけたところ、王子に背を支えられ。

「姫様、ご無事で」

 グラナートはほっとして。

「うん。なんとか。話しは」

「聞きましたが、本当に」

「私がこうして無事なことがその証拠。いくつかの条件付きで、レルアバドの女王」

「女王」

 グラナートはみしめるように。

「それより、レヴァンタの兵は一人もいないのだろうな。いれば、ばれる」

 ニノの冷たい声。

「いない。兵には機密として伝えている。話す兵はいない。第一、姫様を罪人にするなど」

「すまない」

 王子は謝り、グナラートはなんともいえない顔。

「王子がここにいて、話しを聞いている、ということは」

「もう王子ではない。これからはアニクスの補佐をする。王として学んでいないのだろう」

「ええ。先王は好きな道を選ばせてやってくれと。母親と同じように」

「おじさん」

 そこまで考えてくれていた。

「現国王には知らせている。この戦、負けると。今頃財産かき集め、逃げる準備をしている」

「他の者は」

「あの国王とこの女王、どちらにつく。この女王がロディ、連合と仲が良いのはわかっている。さらにはギーブル内部も知っている。お前達二人が戻って来るのなら、ギーブルにすべてを取られるくらいなら、どちらにつくかなど、言わなくても」

「ギーブルに全力を出されたら負けるけど」

「全力を出してこられればいいが」

「?」

「なるほど」

 グラナートはわかったようだ。

 レルアバドに全力を出し、その隙に他から攻められたら、ということか。王子がこちらにいるから? ギーブル国内で何かあるのか。ニノもギーブルの城に密偵くらい。

「それなら手はずどおり」

「ああ、負けよう」


◆◆◆◆

 気が重い。こんな気持ちで城に戻って来るとは。隣にいる弟、デュロスも肩を落としている。ギーブルの王が待つ玉座に。

「ただいま戻りました。陛下」

 玉座にいる王に頭を下げる。

「申し訳ありません、今回は」

「負けた」

「はい」

 レヴァンタの兵も出すと言ったのに。バッルート、ボルシェは強く拒否。戦に出たのは二家とそれに従う貴族の兵だけ。

 納得もしていた。大事な姫を罪人にされたのだ。二家にもなんらかの罰が。信用を失ったのも同然。そして負けた。

 ラディウス達はバッルート領から退き、隣接する地に移り、そこで兵を集め、立て直していた。

 デュロス、スワドは退かず、バッルート領に残り、リゲルを捜した。

 スワドの言葉に従い、戻る準備をしているかと思えば、いつの間にか姿を消しており。それはリンドブルムの王達も。いつの間にかいなくなっていた。戻って来ることもなく。スワドはリンドブルムが王子を連れ去ったと騒ぎ、デュロスは無言で捜していた。それでも見つからず。

「レルアバドの兵はバッルート領にとどまり、進んでいません。そして、グラナート殿、フィーガ殿も戻ってきませんでした」

 従っていた貴族も。誰も戻ってこなかった。兵すらも。

「陛下、お姫様、いえ、アニクスを罪人にしたというのは本当ですか」

 感情的にはならず、声をおさえ。

「どういう、ことだ」

 陛下は驚き。それは傍にいるライルも。

「スワド殿がリゲルに言っていたんです。国王を殺害しようとした罪で。フレサと結婚すれば罪を軽くするとも。国王命令で婚姻届も破棄はきしたと」

 臣下達の目が一斉にノイシャ様に集中する。

「そんなことは言っていない。誰がそんなことを」

「私も、私も知りません。そんなこと一言も。本当だ」

 ノイシャ様はあわて、否定。周りは疑いの目で見ている。

 スワドはおい。そして娘をリゲルと結婚させたいことも知られている。

「だから、リゲルは帰ってこなかったのか。フィーガ殿、グラナート殿も」

 すべてに落ちたのだろう。二家もだが、リゲルもあの姫を大事に想っていた。父親に確かめず、姫をとった。一緒に逃げた。

「おそらく」

「リンドブルムに使者を送りましょう」

 誰かがそう言う。

「そんなわかりやすい場所にいるか」

 デュロスは吐き捨てるように。

「デュロス」

 注意するように呼ぶ。

「本当のこと。あの女はリンドブルムの王子と一緒にいた。仲が良かった、だから一緒にいると。あいつもリンドブルムに使者を送ってくるのはわかっている。そんなわかりやすい場所にいると」

 父も聞いている。顔を小さくしかめながらも納得しているのだろう。

 いないかもしれないが、遠く離れた地。いるかもしれない。兵は送れない。数人行って、国中捜すのに何年かかる。いたとしても気づけば隠れる、逃げる。

「リゲルのことは、好きにさせておけ」

「陛下!」

「レルアバドは進んでいないのだな」

「はい。フィーガ殿が治める地を取り戻し、そこで止まっています。そこから三ヶ月、まったく動かず。一応、監視させています」

 動かないからラディウス達は戻ってきた。スワドは残って捜すと言っていたが、これ以上暴走され、勝手されるのは。リゲル、レルアバドの兵に斬られる可能性も。

「ご苦労。今は休め」

「はい、失礼します」

 話しを聞いただけだが、陛下はラディウス達より疲れた様子。


 城内ではノイシャ様がリゲルと姫を追い詰めた、という噂が。ノイシャ様は否定。姫がリゲルを討ち、逃げている、という話しまで。

 婚姻届の破棄は国王命令として大司教の元へ。ただ、国王の名と印は押されていたが、破棄するむねの文書は別人が書いたものだった。


 リゲルの行方が判明したのは、一年後。

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