第28話

 国王の誕生日当日。使用人は廊下をいそがしく行ったり来たり。

 午前中はシオンの部屋に集まり「明日には出て行ける」と話していた。シオンもパーティーには出るらしい。

 アニクスはパーティーの準備のため昼食を終えると別室、王妃様の部屋に移動。服さえ持ってきてくれればエレーオに準備してもらうが、いいから来い、と友人弟に連行され。

 使用人だけでなく着飾った貴族達も廊下で談笑。

「奴だ」

 内から響く緊迫した声。

 声は出さなかったが、足は止まり。

「どこ」

「人が多い。だが奴がいる」

 狙いは。

「おい、どうした」

 友人弟が振り返り、

「王妃様も準備がある。悠長ゆうちょうにしているひまはない。それとも、ここまで来て、出ない、と」

「……ええ」

「おい」

 友人弟は眉を吊り上げ。

「気分が悪いので失礼します。無礼者でも、不敬でも、好きなように伝えてください。相手には困らないでしょう」

 来た道を全速で戻った。


「シオン!」

 ノックもせずに扉を開ける。

「お前、なに」

「あれが来てる!」

 呆れていたシオンの表情は硬く。

 シオンの傍まで行き、

「本当だ。人が多くて居場所の特定は難しいが、奴が、ここにいる」

 アニクスではなく、竜の声。他の、ラズ達には聞こえない音量。

「狙いは」

 シオンは緊張した声で。

「我か、別か。我がここにいるのは気づいている。我が気づいたのだから」

「そちらが目当てなら、俺に会いに来る前に会っているんじゃ」

「それなら別?」

 アニクスの声に。

「他の狙いは」

 ……。

「「国王」」

 声をそろえる。

「でも護衛が」

「その護衛が勝てると」

「勝てない」

「姫様? 何かあったのですか」

 エレーオは首をかしげ。クロフト、ラズ、ディーンもアニクスとシオンを見ている。

「国王を狙っている怪しい奴を見つけたんだと」

「はああ! それなら兵に」

「かなりの手練てだれだ。俺とアニクスで行く」

「エレーオ達はここにいて。私のことを聞かれても、ここにはいない、準備に出たって」

「わ、わかりました」

「姉上」

 緊迫した空気を感じ取ったのかラズは傍に来て、心配そうに見上げている。

「大丈夫」

 笑顔で頭をで、部屋を出る。アニクスにと用意された部屋に戻り、小物入れをげ、刀も。部屋から出ると、用意を終えたシオンも。

「何をしている!」

 怒鳴り声が響く。

「なんだ、その格好は!」

「行くよ」

「ああ」

 怒っている友人弟の両脇をすり抜け、再び全速で走った。

 背後からは怒鳴り声が響き。


「どうだ、場所はわかりそうか」

「うう、人が多くてわかりにくいって」

 とりあえず国王の部屋目指して。

 ただ、はっきりとはわからない。部屋に招かれた覚えはない。この先に行くな、と言われ、王族の部屋はここから先にあるのだろうと。執務室くらいなら王子に引っ張られて行ったので、ぼんやり覚えているが。パーティーの準備をしているだろうから、いない可能性が。

 通り過ぎる人が小さく悲鳴をあげ。

おびき寄せる」

 内から響く声。

 は? と口にする間もなく、

「シュバルツ! どこだ。どこにいる!」

「おい」

 竜の大声にシオンは驚き。周りもアニクス達を見る。

「出て来い、シュバルツ! 臆病おくびょうものが! 我はここにいるぞ」

 走り続けていると。

「いた!」

 庭をはさんだ反対側の廊下。天井があるだけで横は吹きさらし。天井を支える白い柱が何メートルか間隔で並んでいる。

 アニクス達を見て笑い、背を向ける。

「たぶん、だけど、あの方向は国王の部屋とは、違う」

さそわれている?」

 シオンと顔を見合わせ、最短距離、庭をつっきり、後を追った。


「なぜ、ここに」

 息を整え、立っている男を見た。距離はとっている。声の聞こえる距離。

 人目につきにくい庭のすみ。男の後ろは城壁。子供の頃、アニクスの隠れ場所だった。

 男もアニクス達同様、腰に剣を。城の護衛にも、どこかの貴族の護衛にも見えない。よろいもつけず、軽装。それはアニクス達も。

「使いに出したものが帰ってこない。待つのもきた」

 ちょっとそこまで散歩に、と言うような気軽さで。

「どういうことだ。竜の気配がする。お前、リンドブルムの王子、だったか。竜を宿やどしているのか、それともすえ?」

 シオンへと視線を。

 リンドブルムの王子ということを知られていたことに舌打ち。知られたくなかった。末ということも。ぎりぎりまで隠しておきたかった。

「久しぶりだね、シュバルツのおじちゃん」

 アニクスの口から子竜の声。

「何百年ぶりだろう。二度と会いたくなかったよ」

 男は一瞬目を丸くし、

「まさか、親子で宿やどっているのか」

「だったら」

 シオンに目を付けられるよりは。アニクスが答える。

「ふっは、はは」

 いきなり笑い出し。

「誘いに乗ったかいがあった。親子、ふたりもいる。ネロを取り込んでも、もう一体、息子が」

 アニクスは刀に手を。シオンも槍を構え。

「まずは、この腕。この腕を」

 右腕は完全に治っていないようだ。

 男も片手で剣を抜く。

「安心しろ。そこの男に用はない。小娘、お前は生かしてやる。二体も宿しているのだからな。息子が必要になるまで何不自由ない生活をさせてやる。外には出してやれんが」

「断る」


◆◆◆

「いたか」

「いや、どこへ行った」

 デュロスは舌打ち。

 早く準備しないとパーティーが始まる。リゲルも着替えなければならない。

 城の使用人にアニクスの準備は頼めない。頼んで、うなずいても、ざつに、もしくは何もしなければ、誰かに邪魔されれば。

 エレーオはアニクスの身の回りの世話もしている。だがアニクスの味方。パーティーも乗り気でないのは知っている。そして、どんな目で見られているのかも。頼んでも準備を遅らせられれば。

 ライルが母上に頼めば、と助言してくれ、忙しいのに、頼んだ。迎えもデュロスに頼み。それなのに。

 エレーオ達にたずねても、部屋から出た、いない、さがすのならどうぞ、と。アニクスの部屋、シオン王子の部屋と捜したが見つからず。エレーオ達は捜そうともしない。何か知っているのは確か。なのに、誰も答えない。

 二人で捜すには広すぎる城内。

 シオン王子と血相変えてどこかに行った、とデュロスは話していたが。

 何かあったのか。それとも出たくないから、逃げた。それなら、エレーオ達も一緒に。アニクスの荷物はあった。

 隣に立つことはない。そう言って。だから。

「お前は準備は始めろ。おれが捜す」

 パーティーの準備。準備といっても着替えるだけ。

「アニクスが出ないのなら」

「時間までに捜し出す。少々不恰好になっても文句は言うな」

 デュロスを信じていないわけではない。

「ぎりぎりまで捜す」

 デュロスは呆れ顔。

 背を叩かれ、デュロスとは逆方向に走り出した。


 パーティーが始まる時間になっても見つからず。デュロスは今も捜してくれている。

 国王一家で会場に入るのだが、リゲルは父達とは一緒に入らず。会場にいる者達は不思議そうに玉座に進む父達を見ていた。

 アニクスは家族。一緒に入り、王族の一員、家族、妻だとしめしたかった。

 出入り口に立ち、廊下をじっと見ていた。

 傍にはフレサ。ノイシャ、臣下達は何をしているのかと口々に。それは他の貴族も。父への挨拶あいさつが終わればリゲルの元へ来て。最終的に臣下、兵に強引に父の元へ。父は困ったように。

 父への挨拶が全員済むと、

「息子、リゲルとアニクスの結婚をここに発表しよう。とはいえ、もう婚姻届は出しているが」

「ちちうえ」

 リゲルは呆然と。当然のように傍にいるフレサも。部屋は静まり。父は笑みを浮かべ。

「おめでとうございます。陛下」

 暗い声が響く。

 一人の男が人を押しのけ、近づいてくる。争ったのか服はあちこち切れ、護衛以外提   さげる許可をしていない剣を。

 周りは兵を呼び、呼ばれた兵は男に向かっていくが、男は左腕一本で軽々と兵を払い、進んでくる。スワドも向かうが、軽々と払われ。フレサが悲鳴をあげると、あちこちから悲鳴があがり。

「その幸運もここまで」

 笑みを浮かべ、男は剣を抜く。

 バルトス、イレクが父の前に。兵は止めようとするが止められず、軽々と払われ、床に。

 父は母とライルを背に、かばうように。

「ちっ、どこまでも運がいい。そして、お前はあきらめが悪い」

 男が振り返ると、剣のぶつかる音が響いた。


◇◇◇

「起きて、起きて、起きてぇ~」

「起きろ、起きろ、起きろ!」

 二体の竜の声がうるさく響く。

 なぜ、こんなにうるさいのか。もう少し寝ていたい。あちこち痛い。

「起きて!」

「起きろ!」

 重いまぶたを持ち上げる。ぼやけて見えるのは薄暗い空。葉のついていない木。頑丈そうな壁も。この壁の向こうに行きたいと、小さな自分は見上げていた。

「シオン!」

 思い出し。飛び起きた。

「いったぁ」

 あちこち斬られ、られ。

 シオンと二人でいどんでいた。結果はこのざま。負けて。

 シオンの姿を捜す。

「シオン」

 返事はないが、少し離れた場所に倒れて。

 シオンの元へ、体を引きずるようにして進む。

「シオン」

 肩を揺らすが返事はない。腹は動いている。アニクス同様、あちこち斬られ。

「奴は」

 あちこち見るが、アニクスとシオン以外誰もいない。どこへ。

「手当てしなくていいの?」

「あ」

 小物入れから薬と包帯を取り出し、シオンの手当てを素早く済ます。

 アニクスにとどめを刺せないのはわかるが、シオンまでとは。あちらにはまだ余裕があった。だがアニクス達は。

「国王?」

 連合は失敗。せめてここの国王を。

「自分の手当てはいいの」

「どのくらい眠っていた?」

「五分、ないかな。父さんと騒いでいたから」

 走れば間に合うか。速度は出せないが。もし、はずれていても、アニクスが追い出されるだけ。

 ころがっている刀をひろい、パーティー会場へ。


 会場からは悲鳴が。出てくる貴族、入っていく兵。会場にいる者はある場所に視線を集中させ。

 剣を抜く男の後姿が見える。アニクスも刀を抜き、男の背に。

「ちっ、どこまでも運がいい。そして、お前は諦めが悪い」

 男が振り返り、剣と刀がぶつかる。

 力で負け、払われて、テーブルにぶつかり、共に倒れる。テーブル上のものが高い音をたてて床に落ち、散らばる。

「大人しくあの場で寝ていれば、帰りに拾ってやったのに。あの場でネロだけでも取り込んでおくべきだったな。楽に終わると、後回しにせず」

「渡さない。彼らは、大事な家族。お前には絶対に渡さない」

 そして父の体も。

 今までは気にしなかったが、視界がせまい。いつもはもっと広いのに。

 立ち上がり。

「はっ、家族、だと。種族も違う、化け物が」

「種族は違っても、血はつながっていなくても、姿は違っても、家族。ずっといてくれた。どんな時も」

 虚勢きょせい、嘘ではない、と目をらさず、まっすぐ見る。

「それはそうだろう。本来の体はない。精神だけで動けても短時間。その間、命をけずる。どんな綺麗ごとを言われたか知らんが、そいつらはお前を利用しているにすぎない」

「アニクス!」

「姉上!」

「リゲル!」

「リゲル様!」

 王子兄弟と男女の叫び声が響く。

「そいつらがいなければお前は平穏に暮らしていただろう。そのように傷つかず。すべてはそいつらがそそのかしたせい。すえも。わけのわからない役目を竜に押し付けられたあわれな人間」

 平穏に暮らしていた。いただろうか。いたかもしれない。なくても同じだったら。両親を失い、伯父の元。伯父の元から、ここに。その前に母と同じ病に倒れていたら。

「何がおかしい。とうとうおかしくなったか」

 笑っていた、らしい。

「彼が、彼らがいなければ、私はこの国や別の国に殺されていたかもしれない。こうして成長することも、強くなることもなく」

「ほお、この国に殺されて、か。なら、なぜその殺そうとした王を助ける? ほっておけばいいだろう」

「そう、だね。ここにいる人達がどうなっても私は悲しまないし、なんとも思わない。それはこの国の者も。見ればわかるでしょう。どういう目で見ているか」

 男は周囲を見る。

「ああ。誰もお前を助けようとしていない。どうなろうと関係ない、嫌悪、侮蔑ぶべつの目。覚えのある目だ」

 そう言う男もさげすむような目で周囲を見ている。

「そんなことない! アニクス!」

 兵は王子を囲み。

「それなら」

「王を失えばその先どうなるか、目に見えている。そして苦しい思いをする人の中には私の大事な人もいる。その人達のために、倒す」

 刀を構え直す。

 父のためにも。いつまでも父の体を勝手に使われるのは。

「……また、また貴様が立ちふさがるのか。あのちびと一緒に。何度も追い払った。倒しても、また立ち塞がり」

 また? ちび?

「あの子だよ。ぼくが力を与えた子。君をあの子と混同こんどうしている」

 容姿、性別も違うのに。

「同族にののしられ、石を投げられても折れることなく向かってきた。また貴様が立ち塞がるのか!」

「どちらの味方だって、人から石を投げられた。なぜ助けてくれなかったって、罵られた。何度も戦って、倒れても向かっていって」

 そうして、平穏を勝ち取った。

あきらめが悪いからじゃない」

「ならば、今度こそ息の根を止めてやる。人の王よ!」

 持っている剣を横に振る。風を切る音。

 人の王?

「竜が力を与えた人は奴を倒した後、王となった。平和な世に。だが、その平和を奴がくずした。奴は竜の存在が忘れられ始めた頃、すえを倒し、国を混乱、争わせ続けた。借りるぞ」

 答える間もなく。

「シュバルツ」

「なんだ、ネロ。命乞いか。それとも時間稼ぎ、か。その人間はぼろぼろ。ああ、安心しろ。この国と違い、俺に殺す気はない。お前達は別だが。この国より丁重に扱ってやろう」

 うっすら笑みを浮かべて。

「勝つのはこの者。長く続くお前の苦しみを終わらせてくれる」

 憎しみ続けるのは。

「やってみろ。お前はいつも見ているだけ。今も」

「ああ。否定はしない」

「そして、お前は勘違いしている」

「勘違い、だと」

「憎んでいるのは俺だけではない。同族もまた、人を憎んでいる。人が皆、約束を守ると。守るはずない。お前ならわかるだろう」

 剣の先をアニクスに向ける。

「土地を用意してやると言い、途中で、辿り着いた地でひとりずつ人に倒された。倒し、奴らは」

 ぎりり、と歯ぎしり音。顔もゆがむ。

「人の中にはぼく達に棲み処を移せ、場所は用意してやるって言って、全然用意してくれなかった人もいる。だまして、竜を倒そうとした人も。竜の血肉の話もずっとずっと前からあったみたいだから。あ、あの子の父親は約束を守ってくれた。行くあてのない竜を保護? してくれた。増えれば土地も増やしてくれて。たぶん、リンドブルムも。荒れた地もあったけど、人と竜がかれて住んでいた。時々、悪い考えを持つ人も来ていたけど。上手く、やれていた場所もあった」

「命からがら逃れてきたものは俺にたくした。人を滅ぼせ、竜だけの地に戻せと。力まで。お前は、お前達は俺ひとりが憎んでいる、俺が力を増すために仲間を食ったと思っているが、同族もまた、憎んでいる」

 話しも聞いてくれず、奪われ続けていれば、それを見続けていれば。

「それでも倒す。私は、私の大事な人のために。その人達の未来のために」

 これからもいくさが続くのは。

「自分のため、じゃないのか」

「どう、だろう」

「まるで自分の意思がないようだな。それとも言いなりか」

「目標にはなった。その目標がなければどうなっていたか」

 小さく肩をすくめ。

「止められるのなら止めてみろ。俺は、俺と俺に力をたくしてくれた同族の願いを叶える」

 アニクスも男も剣を構え直し、互いだけを見る。

「そこまで。こんな狭くて、人の多い場所で戦うのか、シュバルツ」

 アニクスの前に誰かが。この後姿は。

「アエラス、フォティア、か」

「久しいな。わたし達が顔を合わせるのは何百年ぶりだ」

 シオンの父親とカディール。

「大丈夫か」

 イオまで。

「血流しすぎて、幻聴、幻覚が」

「本物だ」

 後ろから軽く頭を叩かれる。叩いたのはシオン。

「応急手当する。手伝え、リアノ」

「はい」

 ミリャまで。都合のいい夢?

「目は無事だ。額を切られたのだろう。血は止まっているが、流れた血が固まり、左目を」

 どうりで狭いわけだ。

「よくこんな状態で立っていられる」

「本当、ですわ」

 二人は薬や包帯を取り出し。

「お前達まで出てくるとは」

「わたし達はお前を捜していた。なあ、アエラス。ネロは長い間引きこもっていたようだが」

 カディールは、くつくつ笑い。

 カディール、ではなくカディールに宿る竜。それならシオンの父親も。

「さて、シュバルツ。仲良く昔話をする気はないのだろう」

「ああ」

「わしの末はここに」

 シオンは父親の隣に。

「わたしのも、ここに」

 カディールの隣にイオが並ぶ。

「なっ!」

 アニクスはあわて。

「黙っていろ」

 シオンは鋭い口調で。

「でも」

「そして、ネロを宿す者」

「息子もいる」

「それはそれは」

 楽しそうに笑うシオンの父。

「これで全員だ。最後の勝負をしよう。わし達が勝てば人の勝ち。お前が勝てば」

「竜の勝ち。お前達、末も含めて俺の力になってもらう」

「誰がなるか」

 イオは吐き捨てるように。

「場所は」

「……俺達が戦った地。俺が初めてやぶれた地」

「わかった」

「ふん、逃げるなよ」

「お前こそ」

 剣をさやに収め、堂々と歩き。人々はおびえの目を向け、道をあける。中には落胆の目も。見世物、余興とでも思っているのか。

らえるのは、やめたほうがいい。城の兵では勝てない。勝てる可能性があるのは、この子達だけ」

 シオンの父親の声に。

「お楽しみ中、失礼。我々もすぐに出るので、続けて楽しむ、のは無理、か」

 周囲にはあの竜に倒された兵が。

「無理だな」

 カディールは頭をかき。

「にしても、戦った地ってどこだ? 王様、わかるか」

「う~ん」

「ギーブルとレルアバドのさかい。フィーガ達がいる場所。奴に、シュバルツ? に初めて会った時になつかしい、とか言ってた」

 シオンの父親とカディールは顔を見合わせている。

「動かなかったほうがよかったんじゃねぇ、親父おやじ

 カディールはうめいて。

 アニクスはほっとして、気が抜け、小さく笑う。ついでに力も抜け。

「アニクス!」

 床にへろへろと。

「離せ!」

 誰かに止められているのだろう。見る気も起こらず。

「大丈夫か」

 ミリャも床に片膝をつく。

「あ、うん。気が抜けて。あと血が足りなくて」

「だろうな。普通の者なら動けない」

「彼女がこれだけ頑張っていたのに。息子は」

 シオンは唸り。

「あははは。騒がしいのがいるからね。起こしてもらった」

「そうか。もう大丈夫だ。ゆっくり休め」

 カディールは優しくアニクスの頭を撫で。

「ご苦労さま。後はこちらで対処するよ。今はゆっくり休みなさい。次がひかえている」

 次。次で決着がつく。

 大きく息を吐き、シオン、イオ、カディールと順に見る。

「どうした?」

「誰に背負ってもらおうと。シオンもぼろぼろ。イオはリアノに睨まれそう」

「背負おうか」

 シオンの父はシオンを見て。

「わたしだって時と場合はわかっています。重傷者を背負うな、とは言いません」

 リアノはむう、と。

「俺が運ぶ」

 近くからシオン達とは違う声。

 いつの間にか王子が傍に来て、膝をついて。

「大丈夫ですよ。王子はいるべき人の傍に」

「そんなこと言っている場合か!」

「よっ」

 軽いかけ声。体が浮き。

「えっ?」

「ごちゃごちゃ言っているひまあるのか。応急手当、だろ」

 師匠の肩にかつがれている。

「次がある。しっかり治して、挑まないと、だろ」

「次、だと」

 王子も立ち上がり。

「そんなになってまで戦わすのか!」

「ああ」

 師匠はさらりと。

「それならお前は、お前達は何をしていた? 見ていただけだろ、こいつが戦うのを。誰か加勢しようと、助けようとしたか」

「ここにいる人達じゃ勝てない。それに自分の番になるまで見ているだけ。剣を向けられて、ようやく動く、誰か助けろと叫ぶ」

「いいから、お前は寝ろ。ミリャ、カディールの仲間も来てる。お前達に何かすりゃ、その仲間達が」

「遠慮なく斬る。安心して休め」

 師匠、ミリャ揃って物騒なことを。

「ここの人達に倒されたら、あれが来て、今度こそこの国は終わる」

 アニクスは首辺りに触れ、目当てのものを。上手くはずせない。今さら怪我の一つ二つ、と首からげていたチェーンを力任せに引く。チェーンは切れ。

「お返しします」

 汚れたアニクスに触れられるのは嫌だろうと、王子に向かって投げた。

「周囲の者もわかっていますよ。陛下も。そして王子、あなたは何もできない」

 投げたものが床に落ちる。王子は小さな子供のように情けない顔で首を左右に振っている。

「なぜ、助けた。助けなければよかっただろう。レルアバドとの戦、その後の城、連合、今回も。憎んでいるのなら、助けなければよかった!」

 小さな声は徐々に大きく。

「さっきも言いましたけど、王を失えば国は乱れる。そんなこともわからないと。戦にしたくないんです。思い通りにさせたくない」

「フィーガ・バッルートやグラナート・ボルシェのために」

 王子は硬い声で。

「ええ。そして、私のために」

「命を落としても」

「そちらが」

「よくない! 俺は望んでいない。他の者が望んでも、俺は望んでいない! 俺は」

「私の望みでも」

「っ」

 王子は顔を歪め。

 アニクスは小さく息を吐き、

「エレーオ達をお願い。おやすみ」

 目を閉じると力が抜け、真っ暗闇に落ちていく。


◆◆◆

 何が起こっているのかわからない。アニクスと男の会話も。

 現れたアニクスはなぜかぼろぼろ。顔の左半分は血に汚れ、片目は閉じられ。

 何が、誰かに襲われたのはあきらか。シオン王子は。考えている間も話しは進む。

 家族? アニクスの家族は。この国に殺されていた? 誰に。手紙のことか。それとも誰かがこのパーティーに出るのを阻止しようとアニクスを。彼とは。俺達に何かあっても悲しまない。それほどにこの国が、俺達が。

 叫んで否定してもアニクスは見ない。聞こえていないのか。あの男から目を離すのは危険。アニクスの傍に行こうとしたが、兵が邪魔を。

 声は変わり、アニクスとは別人の雰囲気に。何が起きているのかわからない。わかるのは、アニクスはぼろぼろ。それでも男に剣を向け。

 突然現れた者達に囲まれ、安心しきった様子で、笑って。アニクスの傍に行きたかった。しかし兵、ノイシャ、フレサまで邪魔をし。なんとか振り払い、傍に行っても拒絶の言葉。そして。

 アニクスが投げた指輪が床に落ちる。

 憎んでいるのなら見捨てればよかった。それで終わる。王を失えばどうなるか、わかりきっている。だが、そのためにアニクスが体を張るのは。体を張るのは大事な者のため。アニクスの大事な者。その中にリゲルは。

「リゲル様、危険です」

 兵が彼らと引き離そうと。

「ふむ。彼女からこの国の話を聞いた覚えはなかったが、どうやらよくは見られていないようだね」

 小さく肩が震える。

「そういや、初めて会った時も助けられたのに、こいつにぎゃーぎゃー言ってた女がいたな。周りも止めず。んで、今回も」

 イオは頭の後ろで両手を組み。

「先に行ってくれ。ここは私が」

 シオン王子と同じ色の髪と瞳の男が。

「護衛は私が」

「俺もいる」

 女性と筋骨隆々とした男が、男の両脇に。

「んじゃ、先に行ってる。大丈夫か、王子様。イオに背負って」

「自分で歩ける」

「遠慮すんな」

「遠慮する」

 気安いやりとり。リゲルも一歩踏みだす。

「リゲル」

 女性の高い声。引き止めるように背に抱きついて。

「リゲル様」

 兵も傍に。二人を従えた男もリゲルの行く手をはばむように。

「ああ、そうだ一つ」

 シオン王子が振り返る。アニクス同様あちこち傷つき、汚れている。

「こいつは、アニクスはこの国を憎んでいない。本当になんとも思っていないだけ」

 そう言うと背を向け。

「初めまして、ギーブルの王。私はサナ・リンドブルム」

 サナ・リンドブルム。

「リンドブルムの王」

 リゲルは呟き、国王を見た。

「なぜ」

「なぜ、こちらに」

 父もリゲルの傍に。兵に下がるよう指示している。

「失礼。私はユーグランス・ギーブル。初めまして」

 リンドブルムの王に頭を下げる。

「それで、なぜこちらに」

「少々用がありまして。ですが、用は済みました。息子がお世話になったようで」

「いえ、たいしたことは。助けられてばかりで、今回も」

「そうですか」

 リンドブルムの王は穏やかに。

「あの男を知っているのですか」

 あの男。闖入ちんにゅうして、剣を抜いた男。

「ええ」

 リンドブルムの王はそれ以上答えない。周囲ではリンドブルムがギーブルをつぶしに、とこそこそ話して。

「アニクスをどこへ。何が。あなたは、あなた達は何が起こっているか」

「知っているよ。そして君には関係ない」

 はっきり。

「関係、ない」

 むっと。

「失礼、陛下。アニクスは息子の妻。何が起こっているのかくらい」

 父がリゲルの右肩に手を置く。落ち着け、と言いたいのだろう。

「妻?」

「ええ、聞いていませんか」

「先ほども言いましたが、彼女の口からはギーブル、あなた達の話を聞いた覚えは。ギーブルの一貴族、としか本人は言わなかったので。ああ、レルアバドの王族だとは。めていた時期があったでしょう。亡命したのかと」

「そう、ですか。とにかく、アニクスは」

「彼女ならこちらで丁重に預かります。どう見ても息子さんの妃には」

 見ているだけだった。何もせず。兵に止められ。違う。そんなのはただの言い訳。アニクスの言う通り、何もできなかった。護ると言い、護れなかった。護られて。

「それでは失礼します」

 リンドブルムの王は頭を下げ。

「アニクスは、返してくれるのか」

「それは彼女が決めること」

「戦場に送るのか、あんなに傷ついて、それでもまだ!」

「それも彼女が選んだ」

「選んだ? 選ばせたんじゃないのか」

 リンドブルムの王を睨む。

「リゲル」

 父は再び肩に手を。

「失礼ですが、先ほどもなにやら物騒なことを。何度も言いますが、アニクスは」

「あの男に狙われていても、か」

 王の傍に控えている女性が口を開く。

「お嬢は生まれた時からあの男に狙われていた。そのためきたえていた。見つかった以上、あの男はお嬢を狙い続ける。逃げることはできない。もう見つかった。隠すことも。どちらかが終わるまで」

 そんなこと一言も。以前ヴォルクが言っていた、何も考えずに済む、というのは。

「その様子だと何も知らなかったようだな。それで夫、とは」

 女性は小さく肩をすくめ。リゲルは唇をむ。

「王子、なのだろ。相手はいくらでもいるだろう。今、背に張り付いている者のように。今見た、聞いたことは忘れろ。お嬢のことも。お前は、お前達は何もできない」

 はっきりと。

「っ」

「リゲル」

 父の声。フレサも「リゲル」と小さな声で。どこかほっとした、これで諦めてくれると。

 何もできない。見ているだけ。今までも。これからも。何も話してくれない。見てくれないアニクス。狙われていたから、距離を。

「シオン、王子は。あの傭兵は」

 しぼりだすように。

「私やシオンもあの男に狙われている。イオ、カディールも、アニクスと同じ。彼女も言ったが、どちらかが終わるまで、狙われ続ける」

 同じ。だからアニクスは。

「アニクスも関係ない君を巻き込みたくないはずだ」

 また、関係ない。

「とはいえ、私達が負ければ、この一帯はどうなるか」

「王様」

 傍にいる男は顔をしかめ。

「わかっている。はあ、リンドブルム周辺で暴れてくれれば」

「今日はどちらでお休みに」

「陛下、何を」

 ノイシャ、臣下は声をあげ。

「理由はどうあれ助かった。違うか」

「助かった? あの女が呼び込んだのでは。あの疫病神が。両親、国王である伯父もあの女が来たせいで。レルアバド現国王が話していたでしょう。本当のことだった。次はこの国」

 体が勝手に動く。

「リゲル!」

「リゲル様!」

 なぐった臣下は吹き飛び、床に転がる。

「リゲル、何を」

「大事な人を悪く言われて黙っていろと」

 床に落ちた指輪を拾う。

「父上、今までお世話になりました。ありがとうございます。ライル、この国を頼む。あんな者達ばかりで苦労するだろうが。それと連合はお前達の話など聞かない。アニクスの話なら聞いた。つく者を間違えたな」

 父に頭を下げ、床に転がった臣下を冷たい目で見る。

「リゲル様、何を」

「行きましょう、陛下。どこかの宿をとっているのでしょう」

「いいのかい?」

「ええ。かまいません。以前アニクスが言っていたんですよ。シオン王子の盾になると。それなら、俺はアニクスの盾になりましょう」

「彼女がそう言ったのは」

「ハルディのためでしょう」

 そして生まれてくる子供のため。アニクスは母親しか知らない。その母親とも短い時間しか一緒にいられなかった。ハルディはしっかりした女性で、アニクスほどではないが鍛えている。だが何が起こるかわからない。おそらく、生まれてくる子に自分をかさね。

「父に剣を向けてでも行きます」

 心は決まった。リンドブルムの王をまっすぐ見る。

「止めたければ、以前も言ったが力ずくで止めればいい。倒して行くだけ。たとえ、フレサでも」

「リゲル様!」

「何もできないかもしれません。でも盾にはなれる。見届けることはできる」

 アニクスだけが傷つき続け、リゲルは何もせずにいるなど。

「彼女が負けて、倒れても、見届けると」

「っ、ええ」

 アニクスが倒れた、犠牲になった上にあることを知らずにいるより。

「どうなっても責任はとれないよ」

「かまいません」

 まっすぐ見返す。目をらすことなく。

「息子を持つと苦労するのかな。カディール、君のところは」

「苦労してますよ。特別な息子、ですから」

「そうだね。苦労した」

 シオン王子のことか。しみじみと。

「では、行こうか」

「いいのか」

 女性はリンドブルムの王を見て。

「説得は無理そうだ。そう思わないか。止めたければ、ここの者が止めるだろう。どんな手を使っても」

 女性は肩をすくめ。

「失礼します。陛下、ギーブルの皆様」

 リンドブルムの王は頭を下げ。

 リゲルも父に頭を下げ、リンドブルムの王の後について歩いた。

 フレサが止めようとするが、その手を払い。小さな悲鳴をあげ、床に腰をつくが、何もせず。臣下、兵達も止めようと寄ってくるが、すべて払いのけ、進んだ。


◇◇◇

「大丈夫?」

 気づくと、青色の小型の竜が目の前に。

「なんとも。起きないと」

 現実でないのは、このなんともいえない空間でわかる。

 一面緑。どこかの草原。こんな場所にいなかった。

「何か用?」

「う~ん、用っていうか」

「?」

 子竜は首をあちこちに。

「あの子の血筋は、本当に残っているんだって思って」

 さらにわからない。

「あの子もぼくを家族って言ってくれたんだ。そのこと、君は知らない」

「うん」

 そんな記憶、見た覚えは。

「また、同じことを聞けるなんて、思っていなくて」

 照れをにじませ。

「本当の家族より長く一緒にいたからね。父親のほうだけど」

 子供は最近まで気づかなかった。

 触れない、他人に声が聞こえなくても。ずっと一緒にいた。

「体を休めたら最後の戦い、だよ。もし君が、君達が負ければ」

 一人の肩にかかる。もしかしたらハルディも狙われ。

 アニクスも、だが他の者も力を奪われ。奴の一部になるのなら、その前にみずから。

 嫌な考えを払うように首を強く振り、両頬を叩いた。


 目を覚ませば、なぜか心配顔の王子が。

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