第30話

 日々が過ぎるのはあっという間。特に忙しければ。

 シオンやイオ達と別れ、父の願い通り、母の元へ。一緒の場所に埋葬した。

 何十年ぶりか。レルアバドの城に。着いた時には大きな息を吐いたものだ。

 城には国王、妃、息子、娘達はおらず、城の中も。

「ああ、国王と妃、息子、娘達が金目の物を持って、どこかに行った」

 先頭をニノが歩く。アニクスの左を王子が、背後にフィーガ、グラナート。エレーオ、ラズ、クロフトは別室で待機。足下にはビットが。

 何日経っても左腕は動かず。ミリャ、医師に診てもらったが、よい答えは返ってこなかった。さらに握られた左手首はあざのようにあとがくっきり。竜の力はない。怪我をしても治りは早くないし、痕も残る。

 そのミリャから別れる前に、

まつっていた竜の頭だが、崩れたそうだ」

「え」

おさから連絡がきた。おそらく、あの竜が倒され、他の竜が去った日、村にいた竜も。砂のように崩れ、どこからか吹いてきた風に」

 何も残さず。

「あの竜も、見守っていたのかな」

「かもな」

 最後の竜はラズと一緒にいる。

 話すからすと紹介すれば叩かれ。遊び相手、話し相手、護ってあげて、とラズに。最初は驚いていたが、今では仲良くなり。

 最後の竜、とは言えない。どこかにいれば。いてもあの竜は子孫を残せない。あの体は本当の体ではないから。さがしに行きたいが、当分は無理だろう。

 国庫はから。お金になりそうなものはすべて持っていかれ。部屋も調べたらしいが、大量にあった服、宝飾はすべて持っていっている。

「先王より預かっています。それを戻しましょうか。姫様は学校以外はそれほど使ってはおりません」

「グラナート、フィーガの給金もあるから。いちからやるしかない」

 できるかどうか。

「やることは山積みだ」

 ニノは冷たく。

「うう、今さらだけど、逃げたくなる」

「なるな。そこの男を倒れるまで使え」

「それもそれで」

「アニクスの役に立てるのなら」

 王子は王子でそんなことを。

 ここに来るまでも、なにかと世話を焼こうと。何度も悲鳴をあげた。着替え、風呂、食事、髪は短いので。いや竜が「ぼくがやってあげる」とくしを持ち、器用に。

 王子、グラナート、フィーガ、エレーオ、クロフト、もちろんニノにも竜のことは話していない。犬猫をこっそり拾ってきて飼っているようなもの。

 案内された先は玉座。この部屋も何もない。廊下を歩いていても花すら飾られておらず、飾る花瓶かびんもなかった。使用人の姿も見なかった。

 何もないが、今までレルアバドを支えた臣下達が部屋に。ギーブル、連合にはふくよかな臣下が何人もいたが、ここの臣下は皆、細い。

「そういえば、サジュ様は」

 ニノ、王子に睨まれた。

「あの男なら、王と同じ。やぶれたと聞いた途端、去ったそうだ。ギーブル、グング家に戻って父親に泣きついているのでは。先王の娘もついて行っているだろう」

 やつれていた父親。許す、のか。娘がついて行っていたら。……。

「今日からお前が女王だ」

「女王に対して」

「膝を折ればいいのか」

「今のままでいい。何かたくらんでそう」

 ニノは玉座に行けと手を振っている。

 覚悟を決め、玉座に。座らず、椅子の前に立ち、

「最初に言っておきます。私は王としては未熟、何もできません。今までの王より。そして、次の国王も決めています。私に何かあれば、ラズ、今まで国王の座にいたすえの息子を王に。彼なら上手く治められます。ロディ、連合国とも仲良くやれます。そして、これ以上国を大きくする気も、取り戻す気もありません」

 アニクスはつなぎの王。勝手に出て行った国王はまた戻って来る。どこかの国を味方につけるか、暗殺者を送ってくるか。ミリャ達に頼めば知らせてくれる、わない。ミリャ達以上の腕の者など。師匠はふらふらとどこかに。またひょっこり来るだろう。フィーガもいる。

「つまり、あなたの子は王位にけないと」

 臣下の一人が。

「ええ。ま、売り込みは自由。それで他国と仲良くなれるのなら。その前に結婚もするかどうか」

 未婚の女王。夫になれば、小国だが一国の王。貧乏な女王でもあるが。

 小国でよかった。これ以上大きくするつもりはない。大国ならことわっていた。逃げていた。

「国内外、やることは山積みだ、女王陛下」

 ニノは馬鹿にした笑み。グラナートとフィーガは真面目な表情。王子は穏やかな表情でアニクスを見ていた。



「国から手紙がきてるよ」

 執務室。いるのはアニクスとリゲル、ビット。

 女王となり一年が経った。忙しさに目の回る日々。本当に目を回したことも。

 アニクスは右手で手紙をひらひら。

「どこの国だ」

 リゲルは手紙を見るだけで取りに来ない。

 この国を治めているのは彼だと言ってもいい。レルアバドが損するような治めかたはしていない。ので、誰も文句は言わない。

「ギーブル」

「捨てろ」

「中身を見なさい」

「どうせ無理を言ってきているのだろう」

 戦後の交渉はすべてニノがおこなった。王としてまだあの国を訪れていない。国王にも会っていない。連合国や周囲の国には挨拶回り。連合国を治めるノーベには驚かれたが、互いに良い国にしましょう、と。アニクスがいくさを仕掛けないのはわかっている。

 ザラフ、ルヴェルの結婚式、ティアリアの結婚式にも出た。左隣にいる者を見て、小さく顔をしかめていたが。

 ロディにも行き。シターはシュルークに行く準備をしており。卒業すれば王。クロも相変わらずシターの傍。

 シオンからは手紙が届き、第一子、男児が生まれたと。しかも右上腕には緑のうろこが。会いに行きたかったが、許可されず。

 リゲルに政務を任せ、ラズとこっそりレルアバド国内を回ったことも。帰れば、リゲルだけでなく、臣下全員からしかられ、見張りつきに。

 師匠やミリャはふらりと現れ。

「こっちに来たいみたい。国王が」

「見たのなら、読めと言うな」

「黙って対面させればよかった?」

 アニクスはにやにや笑う。リゲルは顔をしかめ。

「帰らない、からな。今、ここを離れたら」

「なんとかなるでしょ。国内はなんとかなっている。今までは」

「俺がここにいるからいくさになると」

「それはなんとも。私としては、けたい」

 おそらく周りの国も参加する。アニクスは近隣の国に挨拶に行った時、もしくは逆、近隣の国の王、貴族が来た時に、これ以上国を取り戻す気はないと言ってある。攻められたら護るとも。

 リゲルには黙っているが、もし、ギーブルが攻めてきて、手を貸してくれれば、勝てばギーブルの土地はあげます。お金はこちらがもらいますと。周りが攻めてきても同じ。だが、ギーブルには頼めない。頼れない。

さきのレルアバド国王が何かたくらんでいる、らしい。私の悪口、王子様を人質にとって、ひどいことしてるって、ギーブルに言っているんじゃない」

 その証拠、ではないが近頃アニクスを狙った暗殺者が。ギーブルも密偵みっていくらい。この手紙も、その一つ、ではないだろうか。

 この周辺は一年前のレルアバドとギーブルの戦から小競こぜり合いも起きていない。平和に過ぎている。それはリンドブルムも。だが、今もどこで戦が起こっているか調べてもらっている。あの竜はいないが、思わぬことで飛び火されても。

「私を倒しても次の王は決まっているのに」

「笑って言うな。俺がすべて倒す。相手が誰だろうと」

 必ずアニクスの左側につく。

「ニノは退屈しなくて済んでいるけど」

 密偵、暗殺者を嬉々ききとして見つけている。もちろん倒すことも。

「ここにいる。アニクスの傍に」

 リゲルは机から、応接テーブル、ソファーに。

 ソファーではアニクスが書類や手紙を見ていた。足下ではビットが寝ている。

 動かない左手を取り、握る。

 未婚であることを示すため、指輪はしていない。いないが、ペンダントにして、指輪を贈られ、首に。

 未婚の若い女王と知れると、近隣の貴族が会いたいと、手紙を大量に送ってきた。会う時は必ずリゲル付き。ビットも。リゲルは睨みをきかせて。どこが陰なのか。存在感を主張して。

 エレーオは遅くなったがシュルークに。行く時に「ラズ、クロフト、ビット、姫様をよろしくお願いします。変な虫に食べられないように」と。

 リゲルの目を盗み、すきをつき、訪ねて来た貴族と二人になることも。ビットはいるが。二人で話していても、どこからか笑顔で「仕事がまっていますよ」とか「問題が起きました」と、リゲルが邪魔しに。

 リゲルにも国内外の女性から手紙や会いに。なぜかアニクスに、付き合っていいか、結婚してもいいかとたずねてくる女性も。「本人が頷いたら」と言って返すと、リゲルに「断れ」としかられ。

 政務に関しては優秀なのだが、私的になると。鬱陶うっとうしい。かなり。

 だがこの国を維持してくれているのは確か。帰れと言いたかったが、帰られると困るのはアニクス。だから我慢していた。その我慢がいけなかったと気づくのは三年後。

 今は国内も落ち着いている。いや、元々乱れていない。王様業    ぎょうにもなんとか慣れ。女王にはまったく見えない。リゲルのほうが余程。王として育てられた。そんな人を使い。本人やニノは遠慮えんりょなく使えと。遠慮なくこき使った。

 言葉遣    づかいも。王なら、とリゲルに直され。今では私的な場では気安い口調。これもリゲルの教育。いや、作戦か。

 そしてアニクスより忙しいはずなのに、アニクスが倒れ、看病と言い、張り付かれ。あれこれ世話を焼き。

 今までを思い返し、疲れた。

 リゲルがここにいることは不思議なことに今までギーブルにばれなかった。シオンから、うちにいるんじゃないかって、何人か来ていたぞ。ちゃんと帰したか、という手紙が。

 アニクスとしても一ヶ月でばれ、帰せと大量の手紙、臣下達が乗り込んで来ると考えていた。

 名前も変えていない。髪の色も。皆、リゲル、リゲルと呼び捨て。女性はリゲル様と。

「アニクス」

 左手をにぎにぎしながら。

「会わない。帰らない」

 笑顔でそんなことを。

 両親、弟を心配していないはずない。国王達も心配している。

 来た時に帰せ、国ごと寄越よこせ、と言われるのか。


「初めまして、ギーブルの国王陛下」

 軽く頭を下げる。深々と下げるな、と言われていた。

 玉座にはおらず、対等だと、同じ位置に。

 部屋にいるのは国王と友人兄、イレク。アニクス側はレルアバドの臣下達が。グラナート、フィーガはいない。もちろんリゲルも。ニノ、クロフトは傍に。

 フィーガは領地に。領地は変わらず、ギーブルとレルアバドのさかい。ギーブルの動きを見てくれている。グラナートは城に。新たな領地はハトゥムが治めている。

 ギーブルの国王は苦笑し「初めまして」と軽く頭を下げる。

「今日はどのようなご用で」

 テーブルと椅子を用意しており、かけるようすすめる。

「新しい王に挨拶と、今後について」

「今後、ですか?」

 息子を帰せ、と一番に言われると思ったのだが。

「こちらとしては今までと変わらず」

 深く付き合っていくつもりはない。この国でできることをやる。万一どこかの国に手を切りましょう、取引中止します、と言われても困らないよう。作れるものは作り、作れないものはどこか別の国から。余裕ができれば販路拡大したいとも考えている。一つの国に頼りきりにならないように。

「どけ!」

 出入り口からそんな声が。出入り口にいる兵は誰かを止めている。それでも騒ぎ、入ってこようと。

「お前がギーブルの王子を人質にとっているのは知っている。ひどい扱いをしているそうだな」

 ニノが小さく息を吐く。叫んでいるのは白髪のせた男。

「陛下はこの国に宣戦布告に来た。今度こそ終わりだ。どこの誰とも知れぬ者が王など」

「誰?」

 ニノに小さく尋ねた。

「レルアバド先王。大人しくしていればよかったものを」

 先王は兵に押さえられ、それでも叫び、部屋に入ってこようと。

「宣戦布告に来たわけではない。新しい王に挨拶に来ただけ。近隣の国には挨拶に行っていると聞いて。我が国にも来るだろうと待っていたが」

 待ちきれず来た、のか。

「こちらの都合、そちらの都合もあるので」

 ニノが答える。

「お前達も! この裏切り者!」

「それなら責任をとっていたか」

 ニノが先王を見る。

「あのまま攻めていれば負けた。そしてこの国はギーブルのもの。いや、他の国も動いていれば、一部は他の国のものに。負けた責任をとっていたか」

「か、勝ったではないか」 

 先王はひるみ、声量は落ちる。

「女王陛下のおかげで。何度も言わせないでもらおう。あのままいけば負けていた。どうせ攻め続けろ、ギーブルの城を落とせ、と言っただろう。やぶれた、その責任をとれたか。それとも誰かになすりつけ、逃げていた? この場、城にいる者に聞いてみろ。自分に従うか、女王陛下に従うか」

 先王は顔をゆがませ。

「こちらにはギーブルの貴族がついている」

「どこの貴族がついたのか」

 ギーブルの国王は小さく肩をすくめ。

「私はあのような者を連れて来ていない」

 はっきり。先王の顔は怒りで真っ赤に。

「私を王に戻すと約束しただろう。あの女を追い出し、私を王に戻し、ギーブルとレルアバドは手を取り」

「誰がそんな約束をしたのか」

 ギーブル国内も色々あるらしい。

 誰かが先王と組んでいるのだろう。もしくはここで騒がれるとは予想外。手を組んでいるが、しらばっくれている?

「こちらは新しい王に挨拶と両国のこれからを」

「クロフト、案内してあげて」

「いいのですか」

「第一の目的はそれでしょ。案内してあげて。会わずに帰して、あの人の話しを信じて攻めてこられても」

「そんなことはしない」

 国王は再びはっきり。

「どうぞ。説得でも、殴って気絶させてでも連れ帰ってください。今まで、協力ありがとうございました」

 アニクスは椅子から立ち、深々と頭を下げた。

「まるで、これでおしまいのようだな。話しも、ギーブルとの関係も」

 友人兄が口を開く。

「クロフト、案内を」

「はい、こちらです」

「まだ話しは」

「話しは私ではないでしょう。失礼します。忙しいので。ニノ」

 足下に寝そべっていたビットも起きる。

 ニノと一匹を従え、部屋を出た。

 兵に止められている先王は射殺さん目でアニクスを見て。

「で、おとり? 人気ひとけのない所に行けばいい?」

 歩き続ける。

「人目のある所ではおそってこない。途中でかれたふりをする」

「ギーブルの暗殺者か、先王の差し向けた暗殺者か。または別」

「捕らえればわかる」

 ニノは慌てず淡々と。

 二ヶ月ほど前から現れるようになった。リゲルがここにいるとわかったのも、その頃だろう。わかったから送り込んできた。それまでは静かで平和だった。忙しかったが。

 アニクスを邪魔に思っている有力候補が先王とギーブル。近隣の国もなくはないが。ギーブルのせいにして、攻める理由を。もしくはアニクスの婚約者だったと大嘘をつき、レルアバドを手に入れる。

 内々にはラズが後継だと知らせている。外には何も。狙われるのはアニクス。そういう役回りか。ギーブルにいた時も。彼女は今も待ち続けているのか。

「派手に暴れて壊すなよ」

「手加減できないから、わかりません。ね、ビット」

 今でも腰には小物入れをげている。刀は振れないが、片手で短剣を振り回し。左には頼もしい番犬ビット。ビットは任せろ、といわんばかりに「わん」と答えてくれた。


◆◆◆

 扉が叩かれ、見ていた書類から顔を上げ、返事をする。

 アニクスだろうと、だが入ってきたのは。

「リゲル」

 父、イレク、ラディウス、デュロス。

 来ると言っていた。会わないと言ったのに。舌打ちしたいのをこらえる。

「初めまして、ギーブルの国王陛下」

 座っていた椅子から立ち、一礼。

「何のご用でしょう」

「お前も、か」

 ラディウスは呆れたように。

「先に会ったお姫様、いや、女王陛下、か、にも初めましてと言われた」

「初めて会う相手に馴れ馴れしい口をきくのは失礼でしょう」

「リゲル?」

「それで、何のご用で。見ての通り、暇ではないので」

 平静をよそおい。

「まるで連合にいた時のようだな。あの時も仕事を手伝っていた。それともここに閉じ込められ、やれと言われているのか。聞いた通り、酷い待遇たいぐうなのか」

 デュロスの憎まれ口も久々。嬉しくないわけはない。だが。

「女王陛下は」

「彼女はお前と話せと。気をつかわせたのかもしれない」

 父は苦笑。変わらず元気そうでほっとした。

 国の話しならアニクスと国王がする。難しい、アニクスの手に負えないものは時間をくださいと。リゲルの意見を聞き、答えを出す。言いなりではない。アニクスは自分の意見もはっきり言う。どちらがよいか考え、グラナート、他の臣下にも相談している。先の王と違い、周りの言葉を聞いている。間違っても誰かのせいにせず、自分の責任と受け止めている。

 リゲルだけを頼っていない。頼って欲しいが、それではギーブルが治めているようなもの。国に知られれば。最悪。

「兄上の話しでは、話しも聞かず、アルアヤドの者を従え、出て行ったそうだ」

 ニノを従えて。

 舌打ちして、部屋を飛び出した。背後からは「リゲル! 」と。


 無闇に走っても意味はない。廊下を歩いている使用人に、

「女王陛下はどこに」

 いきなりのことに女性使用人は驚き。

「陛下はどこに」

「す、すいません、わたしは」

 わからないらしい。

 先に進んでは聞き、いると思われる場所に駆けた。


「もっと命を大事にしなさいよね」

 アニクスの声。

やとい主を知っているから、自ら命を絶ったのだろう。もしくは失敗すれば命はないと、おどされ」

 冷たい声はニノ。

「アニクス!」

 そこにいたのはアニクス、ニノ、クロフト、犬のビット。もう一匹はラズの傍にいる。他にも何か飼っているようだが。

 建物の中ではなく外。人気ひとけのない場所。すみ。それでも手入れされており、草木は整えられている。

 全員が見ているのは足下。黒いかたまりが。塊でなく、黒い服を着た人。

「無事か!」

「当たり前だ。女王がこの程度の奴に負けると」

 アニクスの傍まで行き、じっと全体を見る。

「無事、無傷です」

 アニクスはなんでもないように。

「よかった」

 大きく息を吐き、さらに近づくと、その分下がられた。

「ここで抱きつかれたくないので。離すのも一苦労。時間もかかる」

 アニクスは冷静に。覚えはある。生きて、ここにいると確かめるように抱きしめていた。足下には暗殺者が倒れているのに。片付けに来た兵は困り。

「身元のわかりそうなものはあるか」

「あると思います」

 クロフトは倒れている者を調べている。

「わかるものは持たないでしょう」

「念のためだ。女王は戻れ。注意して。まだ先王がいる。あの男が剣を持ち、襲いかかってくることはないだろう。くれば罪人として処罰できるが」

 ニノは舌打ち。

「これを片付ける」

「よろしく」

 アニクスは軽く手を振り、その場から歩き出す。

「先王、とは」

「レルアバドの先王が来て、わめいていた。聞かなかった?」

「いない。話しもしなかった。ニノを連れて出た、と聞いて、もしかして、と思って」

 左手を握る。

 一年前、生まれてから狙われ続けていた男と戦い、負傷して動かなくなった腕。こうなってから追いつき、並んで歩いている。こうなる前に追いつきたかった。並びたかった。動かないので振り払われることもなく。罪悪感もあるのだろう。本当ならギーブルのためにつとめなければならないが、アニクスは王としては未熟。レルアバドにとどめていることに。今でも触れる前にかわせる。

 左腕の代わりになろうと。手首には痛々しいあざが。それを隠すためそでの長い服、包帯を巻いている。子供の頃、暑い季節でも肌が弱いと長袖を着ていた。

 これ以上傷ついてほしくない。これからは静かに、穏やかに過ごしてほしい。

「会いたかったんでしょ」

「誰に」

「言わなくてもわかるでしょ」

 以前よりは話しを聞いてくれる、見てくれるようになった。他の者と同じように。

さびしいというとしでもない」

「いつでも会えると思っていたら大間違い。話せるうちに話して、会っていたほうがいい。いなくなってから後悔しても遅い」

 言う通り、なのだろう。

「おお、王子。お久しぶりです」

 白髪、せた年配の男がリゲルを見て、近づいてくる。

「聞きましたよ。この女に酷い扱いをされているそうで」

 どこをどう見ればそうなるのか。目の下にクマがあるでも、髪がぼさぼさ、男のように痩せてもいない。やつれても。健康そのもの。着ている物も上等なもの。行動制限されてもいない。一時のアニクスがひどい姿だった。だから城から抜け出しているのも大目に見ていた。息抜きが必要なのはわかっている。しかしリゲルは心配で、後をつけたことも。まかれたが。ニノには馬鹿にされ。国内だが、城から離れた領地にまで行った時は全員で叱ったものだ。しかも次期国王のラズまで連れて。そのため行動制限していた時期も。

「誰だ」

「レルアバドの先王」

「ああ」

 頷いたが記憶ではぼんやりとしか。

つらい日々を送られたでしょう。もう大丈夫です。その女を倒し、この国を」

 先王だという男は笑い。

「この国の王は彼女。倒すというのなら、俺が相手しよう。誰が相手でも」

「お、お父上が相手でも、ですか。国ではレルアバドを攻めようと」

「父、とは。俺はこの国の者。陛下の護衛で補佐」

「そんな身元のわからぬ女など!」

「身元ならはっきりしている。ここの臣下が認めている。違うと言うのなら、誰かが反対している。だが、その反対もない。あなたは何をしていた。この国の王だと言うのなら、あなたは今までどこで、何をしていた」

 先王だという男はひるみ。何か言おうとしているのか、口をぱくぱくさせている。

「失礼」

 注意して進もうと、アニクスに近づけさせないようにして。

「ああ、なるほど」

 通り過ぎるさいにそんなことを。

「あなたが治めているのでしょう。その女でなく、あなたが。レルアバドとは名ばかり。ギーブルに支配されて」

「だったら楽だったんだけど」

「アニクス」

 注意するように呼ぶ。

「ギーブルじゃなく別の国が治めていたかもしれないし」

 もし、レルアバドが攻めてきていればギーブルは護るためにさらに兵を出していた。そして周りの国も黙って見ていない。レルアバドの地だけでなく、ギーブルの地も奪おうと。あそこでほこおさめていたから。アニクスが女王になったから、争いもなく。

「この国に口も手も出しはない」

 新たな声、人物。

「ギーブルはレルアバドに口も手も出しはしない。仲良くやれるのなら」

 父ははっきり。穏やかな顔でリゲルを見ている。

「やれるでしょうね。息子が治めている。ここはギーブルも同然」

「治めているのは女王だ。俺は手伝っているだけ」

 アニクスは小さく息を吐いている。呆れ、か。

「はいはい。話しは聞きます。行きましょう」

 リゲルから離れ、先王の傍へ。

「陛下!」

 名前を呼ぶのはまずいと思い、なんとかこらえる。

「あなたの思い通りになりましたよ。ギーブルは次々に人を送ってくる。あなたの言う通り、ギーブルの支配になる。まったく。今度は臣下の保障で頭が痛くなる。ほら、行きますよ」

「「そんなこと考えていない」」

 父と声をそろえ。

「はいはい。話しはそっちでしてください。そちらは王子が戻ればいのでしょう」

 先王の服を掴むと、引っ張って歩き出すアニクス。

「アニクス!」

 振り返らず去って行く。先王を引っ張って。

「信用されていないな。それでよく」

「デュロス」

「本当のことだろう」

 父達が来たから。おそらく、リゲルが戻っても、ギーブルはこの国を。

「彼女は勘違いしている。私達は本当に」

「あの女を悪く言い触らし、勝手していたのはフレサの伯父おじ。母方の」

 追いかけようとしていたが、デュロスの言葉に足を止める。

「一年前、お前が姿を消してから、こちらも調べていた」

 ラディウスも。

「フレサの母は商人の娘。豪商ではない。一般、というのか。フレサの母には兄がいて、その後を継いだ。妹のおかげで店は大きく有名に。勝手に王室御用達だと言い触らし」

 ノイシャの妻は覚えているが、その肉親は。

「貴族の地位も手に入れ、城を勝手に歩き回り、陛下の執務室にも。あまつさえ国庫からも金を持ち出し」

 ラディウスは苦々にがにがしげに。

めいが王子に嫁げばさらに力が手に入る、自分の地位もさらに上がる、国庫から持ち出した金も有耶無耶うやむやにできる、とでも考えたのだろう」

「ギーブルはこちらの国に口出しも手出しもしない。彼女に女王陛下にそう伝えてくれ」

「いつでも戻って来い。お前にその気はないだろうが、フレサはお前の帰りを待つと」

 幼い頃からデュロスはフレサのことを言っていた。今も。

「なん、のことです。俺は、この国の者。帰る場所は」

「あの女に、この国に利用されていても、か」

「デュロス」

 ラディウスは注意するように。

「よく考えればいい」

 来た道を戻る。父達も一緒に。父やラディウスは「元気だったか」「こちらはどうだ」など話しを。

「あ、リゲル様。ここにいていいんですか」

 使用人が声をかけてきた。

「何かあったのか」

「ご存じないんですか」

「何を」

「あ、えっと、いえ、なんでもないです。失礼します」

 去ろうとする使用人。

「待て、何があった」

 立ちふさがるように。

 使用人は「なんでもないです」と無理に笑みを。

「ちっ、次から次へと。クロフト、兵に知らせて隅々すみずみまで捜せ。先王は斬ってもかまわない」

 ニノの苛立いらだった声。

「いいんですか」

「かまわない。目撃者はいる。あの王はこの城にいた。城内は詳しい。部屋の中も捜せ。特に、女王の周辺を。あと国庫の周辺も」

「何があった」

 使用人からニノに。ニノは顔をしかめ。

「女王が襲われた」

「それはお前達が」

「その後だ。人目も気にせず襲ってきた。襲った者はギーブルの王に頼まれた、と大声で言ったそうだ」

「そんなこと頼んでいない!」

 聞いていた父は声をあげ。ここに来て、何度こうして声をあげただろう。

「アニクスは」

「無事だ。周りの者をかばい、捕らえようとして、逃げられた。先王もどさくさにまぎれ」

 隠しもせず、舌打ち。

「そういうわけだ。私は忙しい」

「足を止めさせて、すまなかった」

 ニノとクロフトは別々の方向に。

「リゲル、私は本当に」

「お引き取りください」

 嘘でも、本当でも、そう言う。誰でも。

「陛下、ここは」

 イレクは説得。

「女王陛下に、よろしく伝えておいてくれ」

 声に元気はなく、背を向け、去って行く。肩を落としている後姿。あのような姿、見た覚えは。

 リゲルは父とは反対方向に走った。


◇◇◇

「はあ、この一年平和だったのに」

「大変だった、じゃないの」

 執務室の机。机の上には猫ほどの大きさの青い竜が。

「慣れないことに目を回していたね」

 楽しそうに。

「そうですね」

「で、本当にギーブルの王が暗殺者を差し向けてきたと考えている?」

「半々。そう大声で言い触らせば、ギーブルを敵と見る。私を上手く暗殺すれば、この国は」

「ラズが王だね。君より狙われやすいよ。色々な意味で」

 周りの国、父親、兄姉きょうだいに何か言われることは確実。

 アニクスの身の回りより、ラズの身の回りの護衛を強化している。狙われ、襲われても、アニクスなら二、三人なら撃退できる。五、六人は無理、かも。左腕が動けばできただろうが。

「わかっている。ラズが成人するまでに厄介ごとは全部片付けたいんだけど。先にギーブルに乗っ取られるかも。そうなったら、出て行って、どこかで静かに暮らすけど」

 そちらが楽でいい。

 何かを変えたわけではない。何も変えず、伯父、先王同様に治めている。小さな不満は当たり前にあるが、暴動が起こるほどではない。

「君、執着しないね」

「しているものもある。国や王はそれほど。私より優秀な者が治めれば」

 王が代わっても余程酷い治め方、事態にならない限り、民は気にしない。民にしても優秀な王が。

「ラズの傍にはモカもいるし、エレーオも卒業すれば」

「エレーオの腕はあてにならないよ。モカが頼りになる」

「子犬二匹に追い回されていたねぇ」

 庭でラズと二匹が竜を追いかけ。かじられもした。シロはリンドブルムでシオンの幼い子供の遊び相手、護衛。

 今ではモカ、ビットは竜の護衛もできる。竜は二匹の通訳を。時々ひとりで遠出したりもしている。さすがにリンドブルムまでは行けないが、ギーブル辺りは。行っても知り合いはいない。少しずつ行動範囲を広げている。

 ラズも、この城にいい思い出はないらしく、最初のうちは一緒に寝ていた。今はモカ、竜と一緒に寝ている。扱いが変わったことに戸惑ってもいた。

 扉が叩かれ、竜は机の下に移動。

 隠れたのを確かめ「どうぞ」と返した。

 入って来たのはリゲル。

「無事か」

「……さっきも同じことを。デジャビュ」

「また襲われたと」

「余計なことを」

 誰が教えたか知らないが。アニクスは小さく。

「余計じゃない」

 リゲルは机に両手をつく。

「お父さんとお友達は」

 仲の良い姿を見せて勘違いされるのも、と思い、ああいう態度をとった。それに、親子、友人でもる話も。

「……帰った。かどうかわからない。どこかに宿をとっているのかもしれない。城から出た。疑っているのだろう」

「半々」

「半々?」

 先ほども竜と話した。その竜は机の下から「いちゃいちゃしないでよ」と。した覚えはない。

「そう言っておけば、ギーブルの王に罪をなすりつけられる。いつかの連合と一緒」

 ジュライを失った事件。

「私がいなくなれば後継はいないとギーブルは」

「ラズがいる。臣下達は知っている」

「全員追い出す、という考えは」

 追い出し、すべての臣下をギーブルの貴族に変える。この国の貴族は黙っていない。

「フレサの、母方の伯父が、仕組んでいたと。アニクスを悪く言っていた、らしい」

 それに賛同する者もいた。いなければできないことが。

「他には」

「?」

 リゲルは首を傾げ。

「他に。サジュ様は? その伯父とやらと組んでいた? レルアバドの先王とつながりは」

「……聞いていない」

「父親がやったと思い込んで追い帰した」

 反論しない。その通りなのだろう。

「一度、ギーブルに戻れば」

「断る」

 早い返事。

「情報収集に。私を悪く言えば、ぺらぺらと」

「断る。嘘でも演技でも、そんなことは言わない」

 まっすぐに見てくる。

「皆、心配して」

「この国、アニクスが心配だ。留守に誰が来るか」

 政務ではなく、他国の王族、貴族か。レルアバドの臣下の中にも条件のいい、王族、貴族と婚姻を望む者もいる。

 ギーブルはギーブルで王子を取り戻し、国内の者と。いや、国外も考えているのかもしれない。ここを除いた。

「ここにいることがばれたから、ギーブルの臣下、貴族は押し寄せてくる。かわいい婚約者も」

「ここにいると言い触らすと。あと、婚約者などいない。アニクス以外」

 リゲルは机に身を乗り出し、アニクスの顔に顔を近づけてくる。

「それならける? 私は来るに賭ける。来たら、う~ん、どうしよう。一旦ギーブルに戻る、にしようか」

「そんなに俺を追い出したいのか。もう必要ないと」

 怒りをにじませ。

「さっきも言ったけど、皆心配している。追い出したいんじゃない。お世話になりっぱなし。一度戻って、元気な姿を」

 戻ってこない可能性は高い。今度こそ城の外には出さないだろう。

 戻したからレルアバドのことはほっておけ、とも言える。うるさい臣下は何かしらせびってくるだろう。嫌味の手紙も。少し前と変わらない。

「断る」

「意地になってないで」

「なっていない」

 どこが、と言いたいが。

「ここにいる」

 今は何を言っても平行線だろう。頭を冷やす時間が必要かもしれない。

「そう」

 そう言ってこの話しを打ち切った。



「リゲル」

 高い声が広い廊下に響く。

 歩いていると、駆けてくる女性の姿。数人のお付きも。やばい、と素早くリゲルの傍から離れた。

 離れて正解。リゲルを囲む人。女性は抱きつこうとしていたが、リゲルはかわし。

「先、行ってる」

 リゲルに声をかけ、背を向けた。

 綺麗な女性、だった。髪もきちんと整え、化粧も。服だって。それに比べアニクスは。髪は変わらず桜の花の形をした髪飾りをつけ。短いほうが楽でよかったが、周りは伸ばせと。化粧は面倒くさいので、うっすら。服は着回し、自分に使うお金より、ラズのために使う、めている。

「クロフト、ラズの傍にいて。念のため、ニノに城内の見回りを」

 リゲルの傍にいる者が全員だとは。以前のように騒ぎにまぎれ。

 アニクスは今から謁見えっけん

「大丈夫です?」

「ビットがいる。謁見中に襲ってくれば」

「なりふりかまっていませんね」

 臣下の目、兵もいる。

「レルアバドごときって軽く見られているんじゃない。もしくは女一人」

「痛い目を見るのは襲ってきた者なのに」

 一番レルアバドを手に入れたい、落としたいのはギーブル、だろう。王子はこちらにいる。アニクスは気に食わない。気に食わない者は倒せ、土地は手に入る。そのまま王子に治めさせれば、一石二鳥。

「よろしく」

「ひ、じゃなかった。陛下もお気をつけて」

 クロフトは頭を下げ、ニノ捜しとラズの護衛に、来た道を戻り。

 もっと早く来ると思っていた。ギーブルの国王が来たのは二十日前。

 玉座の部屋まで何事もなく辿り着けた。

 予定通り、謁見をこなしていく。空いた時間に。

「よろしいですか、陛下」

 ニノの父親が。

「どうぞ」

「では、失礼して。ギーブルの者が騒がしいようですが、どうなさるおつもりで」

「帰って、大人しくしてくれるのなら、それでよし」

「大人しくしていると」

「さあ? 帰す者は帰した。ごちゃごちゃ言うな、とも言える」

「陛下を追い出し、ギーブルの者が治めれば」

「あなた達の身分の保障はさせる。もし周りの国から何か言われたら、我々の地位と引き換えに泣く泣く玉座を渡した。仕方なく従っている。わかってくれるでしょう、と泣きながら言えば」

「ふむ」

「自分達はギーブルの味方ではない。民のためにも争いたくない、とでも。そして、自分達で見極めればいい。自分達の王に相応ふさわしいかどうか。私が王に相応しくないのもわかっている。ここまでやれたのは、あなた達とあの人のおかげ。ありがとうございます」

 頭を下げた。

「気に入らない、相応しくなければ、それとなく嫌味を言い続ければ」

「わかりました」

 納得、したかはわからないが、下がる。

 退位したら。とりあえず、どこかでゆっくりしながら、これからのことを考えればいい。ラズをシュルークに行かせるのなら、それまで頑張って働かなければ。

 退位してもやることはある。


◆◆◆

「リゲル」

 涙目のフレサ。いや、泣いている。

「無事だったのですね。よかった、本当に。よかった」

「よかったですね。フレサ様」

 スワドまで。

「誰かと間違えているのでは」

 冷静に。

「何を言われているのです」

 スワドは不思議そうにリゲルを見る。

「ずっと捜していたんですよ。あの場所、リンドブルムにも行きました」

 シオン王子には迷惑をかけた。手紙で謝るか。アニクスは行きたがっていた。直接行って謝るか。

「戻りましょう、王子」

「リゲル」

 二人の手が伸びてくる。捕まらないよう距離をとり。

「失礼、俺はこの国の者。あなた達のことは」

「先ほどから何を。まさか、記憶喪失。あの女、それをいいことに」

 スワドは勝手に。

「あなたはギーブルの王子。いえ、次期国王。この方が婚約者です」

 通り過ぎる使用人、貴族はリゲルを見ている。

「戻りましょう。戻って、ゆっくり思い出せば」

「断る。俺はここにいる。お前達を斬っても」

「王子!」

「失礼」

 頭を軽く下げ、去ろうと。

「あなたが戻らなければ、この国を攻めます」

「何を」

「陛下の命令です。ここに捕らわれているあなたを救うため、兵を用意」

「それは潰した」

 スワドの背後からさらに声が。何日か前にも聞いた声。

「上手く踊ってくれたな。おかげで潰しやすかった」

「デュロス殿。なぜここに。そして何を」

「陛下は戦など許可していない。どうせ誰か、いや犯人は捕らえた。ノイシャ様もなんらかの責任を取らされるだろう」

「だから、何を」

「何度も言わすな。そこの男はギーブルとは無関係。赤の他人を巻き込むのか。この国を奪うために。王子とでっち上げるために」

「デュロス殿こそ何を。私は国王命令で」

「国王はそんなこと命令していない。そして攻めようと集めた兵は潰した。国王の命令に逆らった。反逆罪。お前達もそうなりたいか」

「しかし」

「連れて行け。これ以上他国でギーブルの恥をさらすな」

「恥! いくらデュロス殿でも」

「本当のこと。他国の城でわめき、無礼なことを。この国の兵に斬られずに済んで、よかったな。斬られてもおかしくない」

 デュロスの背後からさらに人が。ギーブルの兵、か。よく入れてもらえたものだ。

「騒ぎを起こし、申し訳ございません。女王陛下にもそうお伝えください。我が国としても、戦は望んでいません。これをお渡しください」

 デュロスは手紙を差し出してくる。

「確かに。お預かりします」

 受け取る。

「いつでも戻って来い」

 小声で。

「このたびの首謀者とレルアバドの先王は捕らえました。サジュも加わっていたようで。あとは残党のみ。こちらで片付けますが、女王には注意するようにと」

「わかりました」

「とはいえ、戦っていればこちらが負けていただろう」

「どういうことだ」

「わかっているだろう。新しい王がいたのにギーブルにすぐ挨拶に来ず、周囲に挨拶。ギーブル包囲網を作りたかった。あの女は戦を止めていた」

 連合とギーブル。レルアバドとギーブル。リゲルは詳しく知らないが、リンドブルムでも。

「滅ぼしたければ、ほっておけばよかった」

 そうすればギーブルもレルアバドも。この辺り一帯、どうなっていたか。

「それでは失礼します」

 デュロスは一礼して。

「リゲル、一緒に」

 フレサが手を伸ばしてくる。

 あの手を取っていればどうなっていただろう。国は滅んでいた? 何も知らず、呑気のんきに暮らしていた? 気持ちを押し殺し。今のように忙しいがやりがいのある日々ではなかっただろう。傍には護りたい者が。

 リゲルは背を向ける。

「ああ、忘れていた、これを」

 向けた途端、デュロスが何か投げてくる。慌てて受け取ると、それはドレスを着たくまのぬいぐるみ。

「二つで一つなのだろう。いつまでも一つなのは。ではな」

 今度こそ背を向け、迷いのない足取りで歩いて行く。

「ありがとう」

 その背に声をかけ、リゲルも背を向けた。いるべき場所に。


◇◇◇

「賭けは私の勝ちね」

 紅茶を飲みながら対面にいるリゲルを見た。

 午前中の謁見が終わり、午後も。リゲルはいつの間にか玉座の部屋に。始めからいたような顔をして。

 休憩のお茶が終われば、書類を見なければならない。その前に甘い物を食べて。

「なんのことだ。何も賭けていない」

「かわいい婚約者が来たんでしょ」

 アニクスは意地の悪い笑みを浮かべ、リゲルを見る。

「婚約者はアニクスだ」

「なった覚えはないけど」

「俺はしっかり覚えている。婚姻届も書いてもらった」

「都合のいいことだけ、覚えて。あれから何でも名前書くなって、しつこく。エレーオ、グラナートは今も確認しているし」

「俺も確認している。意識朦朧いしきもうろうとしている時になんでも、はいはいと名前を書かれては」

「そうなる前に休んでいます」

 ミミズがのたくったような意味不明の字になる前に。

「アニクスと俺の邪魔をしていた者は捕らえたそうだ。兵も勝手に動かした。他にも国王命令だと言い、色々やっていたのだろう」

 仲を邪魔する? どんな仲? とつっこみたいが、口にせず。

 ギーブルで暗躍あんやくしていたのはフレサの伯父、か。叩けばほこりがたくさん出てくる?

 倒したが、あの竜が何か吹き込んでいたのかもしれない。

「レルアバドの先王、サジュも協力していたらしい」

「サジュ様は家に帰って、父親に泣きついていると」

「様はいらない」

 リゲルはむっと。

「そうしておけばよかった。何もせず、大人しく家にいれば」

 目立たず、ひっそりと暮らしていれば。……できるような人ではない。

「レルアバドの先王はわかりやすく、だましやすいからね。息子、娘は何しているんだろ。ラズが王になれば、すりよってきそう。王位を寄越せと」

「アニクスが教育している。はっきり断るだろう。父からの手紙だ」

「読んでいいよ」

「女王陛下にあてたもの。それと、フレサの伯父とサジュはギーブルで罰する、さばけるが、レルアバドの先王は」

「臣下の意見も聞いて、手紙でも出そうか」

 ギーブルで裁いてもらうか、こちらで引き取るか。

 手紙を受け取り、ひらく。文書の最後は息子を頼むと。頼り切っているのはアニクスなのだが。

「先王も、協力者がいなくなれば何もできない。暗殺者は送られてくるだろうけど、お金が払えなくなれば」

 それまで。ギーブルだってこれで終わりではない。来る者は来て、王子を帰せと。

「何度も言うが、帰らない。傍にいる。ずっと」

「帰りたくなったら、帰ればいいよ」

 いつまでも頼っていられない。

「それに条件のいい結婚相手が現れたら」

「斬る」

「即答するな。そして物騒なことを。他国の王族、貴族だったら。第一、私だけじゃなく、そっちだって」

「俺はアニクス一筋だ。出会った時から」

「それもそれでどうかと思うけど。色んな人に会ったでしょう。その中で」

「アニクス以上に手がかかり、目が離せない者は他にはいなかった。女王になっても、目を盗んであちこち。城の外にも勝手に。町では女王御用達だという店も」

「ふぐう」

 じっとしていられず、目を盗み。フィーガの家に、学校にいた時と同じ、気分転換も兼ね、おいしいものを探して。

「親しみやすい女王だと評判になっているが、こちらの苦労も」

 どうりで、行った店々で色々相談されるわけだ。隠していたが正体はばれて。

「はいはい。苦労かけてすいません」

 自棄やけ気味に答えた。これからもリゲルに押し付け、あちこち行く。それだけはやめられない。

「俺が選んでここにいる。アニクスが責任を感じる必要はない。アニクスと出会わなければ、俺は知らないことばかりだった。アニクスと会い、世界が広がった、色々知ることができた。感謝している。義務ではなく、やりたい、やりがいのあることができている」

 嘘のない満面の笑みで。


◆◆◆

 アニクスは贈ったものを取っていてくれた。くまのぬいぐるみはもちろん、手紙も。サジュの手紙まで。シオン王子やナサロクの王の手紙も。時々懐   なつかしそうに目を細めて読んでいた。

 私室にはバッルート家にいた時と同じ、よくわからない植物が。その影響はラズにも。似たような植物が部屋に並んで。

 一体だったくまのぬいぐるみは、やっと二体一緒に飾れた。


◇◇◇

 ギーブルの臣下、貴族が王子を帰せ、王子が治めているのなら、ここはギーブルの地。結婚してくれ、とギーブルの貴族だけでなく、先王の息子、他国の王族、貴族にも言われ。暗殺者は送られてくるし。

 フレサの伯父は色々やらかしていたらしい。

 国庫の合鍵を作り、金庫からお金を持って行く。国王のサインと印の入った書類を勝手に持っていき文書を書き換え。戦を護衛に指示したのも。

 さいわい、この地、周辺で戦は起こらず。グラナート、ハトゥム、エレーオにも調べてもらっていたが戦、小競り合いは減ってきたと。

 女王の座から降りることも、ギーブルに吸収されることもなく、日々は過ぎていった。

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