第9話 17時12分③

「くっそ!警察の無能が!!」

 その時、ちょうど良いタイミングで六角が戻ってきた。


「六角、大丈夫か?」

「あぁ?電話中、周りをずっと睨み付けてたけど何もなかったぜ」

 ふんと六角が鼻を鳴らす。俺はその姿に安堵を覚えた。


「警察はどうだった?」

 俺は六角の先程の発言が気になって尋ねる。


「それがよ、この嵐で別荘までの山道が土砂崩れになっちまったそうだ…。警察が来れるのは明日の朝だとよ」

 全員が窓に視線を移すと、真っ暗な空に激しい雨と風が吹き荒れていた。

 確かこのペンションまでの整備された道は1つしかなかった。

 後は車も通ることができない獣道があるはずだが、土地勘のない俺たちが通ったところで山中に遭難してしまうことは目に見えている。


「そんな…じゃあ私たちは殺人犯と一夜を過ごさなきゃいけないの!?」

 宇治治は、俺の後ろに隠れる。その目線の先は確かに因崎を見ていた。


「…れ…よ…、ス…」

「………?」

 因崎が何を囁いたのか、はっきりとは聞こえなかった。

 けれど、それは宇治治に対して悪意を込めて発せられたものであることは容易に理解できた。


「まぁ…、皆でここにいれば大丈夫だろ 」

 ふっと六角が笑って鍵の束を取り出す。

 どうやらこの別荘のマスターキーらしい。

 最初に来たときに、「自分だと失くすかもしれないから」と蛇九が六角に渡してきたそうだ。


「応接室にも鍵はついてるし、マスターキーも持ってんだから廊下から開けられることもねぇだろ?ここでやり過ごせば大丈夫だって」

「そうだな…朝まで待てば警察も来るし、みんなで頑張ろう。なあ宇治治?」

 俺は自分の背後に立つ宇治治の方へ振り返り、優しく声をかけた。


「イヤよ…殺人犯の因崎くんが一緒なのよ?ここにいたら皆殺されちゃう…」

 宇治治は目を見開きギョロギョロさせると唸るようにそう言った。

 声には当然だが優しさのかけらもなく、大学内での宇治治とは真逆だった。


「…あ?お前何ほざいてんだ?どう考えたら因崎が殺人犯って考えになるんだよ!!」

 六角が、豹変した宇治治に苛ついた口調で対抗する。

 因崎は何も言わず青白い顔で怯えていた。


「六角くんはさっきいなかったから知らないもんね…、因崎くんがやったの…、因崎くんが蛇九くんを殺したんだよ!!」

「おい、宇治治どーした?ちょっと落ち着けって」

 俺は宇治治の両肩にそっと手を乗せる。


「いやよ!こんなところにいたら私が殺される!」

 宇治治は俺の手を跳ね除けて、扉の前まで走っていってしまった。


「宇治治、てめぇいい加減にしろよ!ダチ疑って恥ずかしくねぇのかよ」

「うるさい!あんたが蛇九くんの代わりに死ねば良かったのに」

「ああ?」

 六角の顔に青筋が立つ。

 部屋が緊張感に包まれ、俺は誰に何と声をかけて良いのか分からなくなってしまった。

 とりあえず、六角の怒りを沈めて、部屋から出ていこうとする宇治治を止めなければならない。

 けど、なんでこんなことになっているんだろう。

 蛇九さえ…あいつさえこんなことにならなければ俺たちはきっと今ごろ楽しいハロウィンパーティを楽しんでいたはずだったのに。


「僕…が、出ていくよ」

 その時、因崎が俺と六角に近づき、弱々しい声でそう言った。


「因崎…?」

「確かにこの中で、僕が一番…怪しい。だから僕は自分の部屋にいさせてもらうよ。部屋には鍵もついているし、きっと大丈夫だと思うから」

「はは、ははは…最初から…、そう言えば良かったのよ…」

 因崎が扉に近づくと、宇治治はため息をついてその場から離れるとソファに座りなおした。


 カチャリ、と因崎が鍵の開く音だけが室内に響いた。


「宇治治、てめぇいい加減にしろよ!…俺は因崎と一緒にいるからな!」

「六角君…」

「そーいうわけだから晴岩、その女のこと頼むわ、あとマスターキーはお前に渡しておくから」

「…あ、ああ、分かった」

 六角は苛ついた口調でそう言うと、鍵束を俺に渡して、因崎と二人で応接室から出ていった。

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