第8話 17時12分②
「………っ」
六角が出ていった瞬間、部屋は元の重たい雰囲気に戻っていた。
宇治治と因崎は先程の蛇九の光景を思い出したのか苦い顔でソファ前の机に置かれたカボチャをじっと見ている。
ハロウィンとは元来、あの世とこの世を繋ぐ扉が開く日で、生者も亡者もごちゃまぜになって騒ぐから、何かが起こると言われている。
だけど今まで生きてきて、ハロウィンの日はただ近所の人からお菓子をもらったり仮装するだけで何かが起こったことなど一度もなかった。
全ては迷信。ただ楽しむための口実。ただそれだけだったのに。
「…あのさ因崎」
俺は重たい雰囲気に耐えかねて、口を開くと顔面蒼白の今にも気絶してしまいそうな男の名を呼んだ。
「な、なんだい…晴岩君」
因崎は肩をびくりとさせ、青白い顔を俺に向けると、弱々しく笑って見せた。
「1つ聞きたいんだけどさ…。俺が来る前にお前、蛇九と一緒にいたんじゃなかったのか?」
「…え?」
「そうだよ、因崎くん!晴岩くんが来る前に、蛇九くんと一緒に応接室を出ていったよね?蛇九くんの部屋に行ったんでしょ」
宇治治が顔を上げて、ソファから立ち上がると部屋の隅にいる因崎に確認する。
「あ、うん…、確かに僕は蛇九君と…彼の部屋に行ったよ…『珍しい恐竜の本が手に入ったから見せたい。』って言われたんだ」
因崎はゆっくりと、当時の状況を思い出しているみたいだった。
「ずっと蛇九の部屋にいたわけじゃなかったのか」
「最初の10分だけだよ…、見せてもらった本があまりに面白くて…一人で見たくなったんだ…だからそれを借りて自分の部屋で読んでたんだけど」
「自分の部屋…?」
「蛇九くんが好きなゲストルームを自分の部屋にして良いって言ってくれたの、蛇九くんは1番左端の部屋だったでしょ?私は蛇九くんの隣の部屋、六角クンは私の隣…因崎くんは一番右端の部屋だよ」
「そうか…」
2階のゲストルームは6部屋あった。
蛇九、宇治治、六角は隣同士だが、因崎の部屋だけは蛇九の反対側だったのか。
「…それで、本を1時間くらい読んだ後に蛇九君の部屋にもう一度行ったんだ…。ノックをしても返事がなくて、試しに扉を開けてみたら……っ」
因崎は映像がフラッシュバックしたようで顔を覆った。
そうか、だから因崎は蛇九の部屋の前にいたのか。
「ねぇ因崎くん…また蛇九くんの部屋に行ったんでしょう?なんで借りた本を持っていかなかったの?」
そうだ、俺たちが駆けつけたとき、因崎は手に何も持っていなかった。
蛇九から借りた本を読んでいた、そして読み終わったとしたら返しに行くはずだ。
「それは…まだ読み終わっていなかったし…、読んでる時に蛇九君の部屋から物音がした…んだ、だから」
「嘘はやめてよ!」
因崎の言葉を遮り、宇治治が突然金切り声をあげた。
「ぼ、僕…嘘なんて…」
因崎の目が泳ぐ。
明らかに動揺しているようだったが、宇治治の大声に驚いただけのようにも見えた。
「あなたの部屋と蛇九くんの部屋は端っこ同士なのよ!?どうして蛇九くんの部屋の物音だって分かるのよ!!」
「…あ、う、それは」
「お、おい、宇治治落ち着けよ…、」
「大体あなたの部屋でも聞こえる音だったら、1階の私たちに聞こえるはずじゃない!」
宇治治の顔が、先程の青白い顔とうってかわって赤くなる。
因崎を睨み付け責め立てるその姿は、いつもの清楚で愛らしいものとは異なっていた。
ただ、宇治治の言いたいことも分かる。
因崎がどうして【蛇九の部屋から物音がした】と判断できたのかは分からないが、因崎の部屋にも聞こえるほどの物音が蛇九の部屋からしたというならば当然、応接室の俺たちも気づくと思う。
蛇九の部屋はちょうど応接室の真上にあったからだ。
「僕は…僕は…あの」
「こんなこと言いたくないけど…。因崎くん…もしかしてあなたが…」
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