第5話

「目が覚めたかい?」


同じようなセリフを聞いて、起き上がる。


でも、殿下ではなくてやさしそうなお爺さんだった。


白衣を着ていたし、お医者さんだろうと見当をつける。


「殿下には外で待ってもらっているよ。君には薬を投与させてもらった」


私は駐車のあとのついた腕を見る。


そういえば、気分が楽になって、頭もいたくない。


あと、服はゆったりとしたワンピースに着替えられていた。


「君は・・・」


突然深刻そうな顔をされた。


「虐待を受けていたのかな」


「え?」


誰が?私が?


虐待・・・?


いまいち腑に落ちす、首をかしげる。


「・・・母が暴力をふるうのは見たことありますが、私にそんなことは・・・」


おじいさんは、私の肩をさした。


「さっき、看護師が着替えさせたんだが」


うむ?


「肩には・・・ムチのあとがついていたらしい」


「え」


・・・記憶にないのに?


「きっと・・・忘れたいから忘れようと必死だったのかもしれない。だから・・・まあ、そういうことだ。なにかあったら周りを頼ってくれ。この年になったから多分前よりは大丈夫だろうが、また体調が悪くなったら来てくれい」


この年って・・・まだ13だけどね。

私はとりあえず頭を下げた。


「・・・ありがとうございました」


私は病室を出た。


ムチ跡があるって・・・知らなかったなあ。


ま、自分では見えないから仕方ないかもしれないけれど。


ただ、母が私にムチを振るっていたことに、抵抗はなかった。


あの顔で暴力をふるわれたら、確かにつらいかもしれない。


精神やばいのか、私。


メンタルとかって、鍛えられないのか。


「ティアラ嬢、大丈夫?」


待っていてくれたらしい殿下に、私は頭を下げた。


気分も戻ったし、アピらせてもらおう。


「はいっ、ウィー・・・」


そう言おうとしたけど、殿下のすらりとした指が、私の口の前で止まる。


思わず見上げると、にこりといわれた。


「演じるの禁止」



単純ヒロインの殿下だますぞ作戦は、あっけなく終わった。



ひいいいいっ。


目が笑ってないよー。怖いよー!


「べ、別に、演じているわけでは・・・」


つい視線を逸らすとにこりといわれる。


「言っておくけど、君ほどわかりやすい子はいなかった」


・・・ぴえん。


「とりあえず、なにか言われてない?」


殿下はお医者さんに言われていないのだろうか。


流れで言いそうなのに・・・


私はにこりとした。


「大丈夫です。寝不足って言われました」


殿下は眉をひそめたけど、気にしない。


「・・・ならよかった。もう暗いし、送っていくよ」


「え、ここから10分ちょいですよ?」


殿下は苦笑する。


「危ないよ。夜は」


私はおことばに甘えることにした。


今うなづかないと、強制されそうで・・・うん。


「殿下、ここでいいです。ありがとうございます」


「どうせだし、屋敷まで送るよ?」


「いえいえ・・・申し訳ないというか、なんというか・・・」


人殺s・・・じゃなくて、母が待っていますので。


多分、普段より鬼みたいな顔をして。


「・・・なにか、訳がありそうだね」


「送って下さい。夜怖いです」


ここから1分もしない距離なのに・・・


どうか、お母さまの顔が少しでも優しくなりますように・・・


「まあ、殿下っ!」


驚いた顔をした母は、すぐに営業スマイル的な笑顔を浮かべる。


「わざわざ、ありがとうございます・・・考えなしの娘に言い聞かせておきますわ。ティアラ、あとでわたくしの部屋に来なさいな」


ひえっ!


さっき、ムチ打たれたとか聞いて・・・な、なんか、暴力とかじゃ、ないですよね?ね?


青ざめていると、殿下が悠長にあいさつをする。


「いえ。体調を崩してしまったようで、病院へお連れしていました」


「そうでしたの!行ってくれれば、わたくしが一緒に行っていたのに・・・」


・・・嘘つけえ。


「何から何まで、申し訳ございません。ティアラ、あなたも謝りなさい」


「・・・ごめんなさい」


深く頭を下げて私は言った。


「君が気にすることはないよ」


そう言われてほっとする・・・わけない。


お母さまの視線が怖い。


「夜も遅いですし、ここで・・・」


なんとかやり取りを終わらせようとするお母さま。


私は何も言わず頭を下げてその場を後にした。

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