第244話 これじゃただのお邪魔キャラじゃないですか


 破滅の極光が寸分違わずタイプ・テルクシノエーを飲み込んだ。


 レベル8のタンクが全力で防御しても消し飛んだその一撃、まともに食らってしまえばそれで終わり。


 混乱しおぼつかない思考の中で勝利を確信したヘルカイトだったが、その目が驚愕に染まる。


 ブレスによって噴き上げられた煙が晴れた先、そこには無傷とまではいかないがその場にしっかりと存在している美の機械神の姿があったのだから。


 何故だと考える間もなく、再び頭をかき乱されるような魅了の力が絶えず襲ってくる。少しでも気を許せば誇り高き竜の覇者である自身が這い蹲って媚びてしまいそうになるのを、気力だけで奮い立たせていくが、そのせいで満足に攻撃する事も出来ない。


「「・・・なんとか、なったな」」


 機械神になっているので汗などは出てこないが、流石に死んだかと錯覚した御堂とテルクシノエー。だが、その効果は分からずとも先ほど片桐からもらった1度だけ即死を無効化してくれるアイテム、【生命の護符】の効果で攻撃を何とか無力化出来ていた。


 後追加で言えば、ソウルギアの効果で2回までは即死攻撃を受けても死なないで済むというスキルを持つ為、万が一は耐えられることは覚えていた。


 とはいえあれほどの一撃が直撃すればそんなの関係ないとばかりに死ぬかと御堂も考えていたが、ゲームのシステムか何かの様にちゃんとアイテムやスキルの効果が発動してくれる事に少しだけ安堵する。


『ご主人様、このスキルの時は他に魔法は使えませんが、動き回る事は出来ます。あの様子なら耐え忍べば相手を魅了、いえ、発狂死させる事も出来るかもしれません』


『なるほど、その間に必死こいて逃げ・・・これ効果範囲はどれくらいあるんだ??』


『相手の見える範囲で、この姿が見えていればになりますが』


『ムセイオンの結界に逃げ込んで待つとかどうだ??』


『考えましたが、その場合頭の良いこれは目を閉じて対処するでしょう。近くにいるからこそ敵対してくるからこそ私達を見て効果が発動していますので』


 美の化身である自身を見る事で発動するタイプである以上、ネタが分かれば目を閉じるなり心を閉ざすなりすれば、無効化出来る可能性は高い。


 だが、あまりあるその美の結晶がそこにある時点で、それから目を逸らす事などありえない。絶対なる存在を一度でも見てしまえばそれで終わりだ。だが、離れてしまえば効果は弱まってしまう。


 それに既に半分は抵抗しているヘルカイト相手に、安全策という事で下がってしまえば今度こそ完全に無効化されるだろう。


 今でこそヘルカイトは此方を睨みつけ、なんとか攻撃をしようと藻掻いている。自身の感情が本能を揺るがし、目の前の女神に従え、殺してはならない、自身こそが死ぬべきだと囁き続けているのを、必死に殺し食らいつくすという事で抑えている。


 様々な状態異常の無効を持つヘルカイトのそれを容易く貫通してしまう絶対美ではあるが、離れてしまえばヘルカイトも落ち着くだろう。だからこそ目の前から消してしまおうと暴れているのだから。


【があああああああああああああああ!!】


 再び破滅のブレスを吐こうとチャージをするが、女神を殺してはならないという感情が脳を浸食していく為、まともに行動が出来ないでいる。


 故に、ほぼ何もチャージも出来ず、スキルも打てないまま我武者羅に暴れているだけだ。それでも尚、その攻撃が巻き起こす突風や衝撃波を必死に回避や防御し続けている。


【おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!】


 目を閉じれば見なくて済むのではないかと濁った意識が訴えかける。しかしヘルカイトの身体は自分自身の意識と反発し、女神の姿を拝顔しようと一切閉じる事はない。もし僅かにでも姿が見えなくなれば、自我が勝利し目を閉じる事が出来るだろうが、今はそれすらも出来ないでいた。


 そして同時にプライドが揺さぶられるのだ。


 目の前にいる存在、塵芥如きに何故竜の覇者である自身が、目を閉じなくてはならないのかと。神に等しい龍にすら近い、大地の覇者であるヘルカイトが、たかが美しさ如きに己を押さえつけられているという恥辱が目を閉じる事を許さない。


 テルクシノエーの想像通り、今ここに機械神がいる事で、不安定ながらも拮抗した状態が形成されていた。


 万が一安全策を取って後ろに下がってしまったならば、もう二度と御堂達に勝利の可能性は無くなっていただろう。今この状況が唯一、運が良ければ命が助かる状況になっていた。














 バケモノが戦っている。


 小さな、恐らくは自分より弱いだろう御堂が不思議なスキルを使って戦っている。


 先ほどまで怯えていた片桐が心配そうな泣きそうな表情であの激戦を見守り、サイレーンが歌を歌い続け、御堂に強化を続け。ミューズの二人が時々此方を襲ってくる衝撃破や暴風からスキルを持って庇い続けている。


 そんな中ディーヴァは体を震わせ、ただへたり込んでいた。


 強さには自信がある。この中の全員と戦ったとしても、正面からでも勝てないまでも拮抗できるほどには強いと自負もしている。


 最強である師匠の見習いではあるが弟子として、プレイヤーキラーの見習いとして鍛錬を続けてきた、生き延びるために全力を尽くした来た今がある。


 そんな自信が、勇気が、一瞬で崩された。


 先ほどまで笑ったり、訳の分からない階層で呆れたり、時々戦ったりと、普通だったはずのミッションで理不尽すぎるこれに出会った・・・それだけでベキリと心が折れてしまった。


 仕方がないと言えば仕方がないだろう。


 自身が尊敬する師匠達が全員で立ち向かい半壊しても勝てなかった相手と、師匠もおらず自分以外は全員自分以下の状況で戦って勝てと言われて、「はい、わかりました」等といえる程自分に対して驕っていない。


 勝てないものは勝てないのだ。ならば撤退するしかないのにその撤退すら許されない。師匠達は撤退できたのにこれではただの理不尽だと、怒り叫ぶ気力すら湧かない。


 今回はただ、少しでも友好度を稼ぎつつ、御堂達の能力や内部の情報を少しでも調べられたらという理由で協力しただけだと言うのに、その結果が確実な死亡では割に合わない。


 こんな事ならば蘇生薬を自身の師匠に渡しておけば、運が良ければソウルギアとして復活出来たのではないかと益体もない事すら考えてしまう。


 それなのに―


 自分より弱い筈の彼は必死に戦っていた。


 心を奪われてしまいそうなほどに美しい何かになった御堂がバケモノと戦っている。機械神となった御堂の姿が、自分の理想の存在に見えてしまうのだ。少しでも気を許せば平伏し、忠誠を誓いたくなってしまうほどに。


 【魅了無効】をもってしてこれなのだ。あの姿は一体なんなのだろうとディーヴァは僅かに心を動かせる。


「どうして・・・あきらめないんですか?」


 ぽつりと声が漏れた。


 自分の声とは思えない程に絶望に濁った様な声が。


「無理ですよ、僕の師匠でも負けた相手何ですよ、何で勝てると」


「生きてるから。マスターが諦めてないから・・・だよ」


「・・・サイレーン、さん」


 スキル発動の為に歌っていた声を止め、サイレーンが答える。


 先ほどまでディーヴァ達と同じように絶望し震えていた姿とは思えない程に、彼女はしっかりと足を付けて立っていた。


 彼女だけではない、片桐はまだ立ち上がれていないが震えは止まっているし、お互いに抱き合ってスキルを発動し続けているクレアとショコラはしっかりと御堂を見つめ、スキルを発動し続けている。


「マスターが諦めてない。マスターが生きようと必死になっている。それなのにマスターのソウルギアである私達が、無理だとか諦めちゃ・・・だめだもの」


「だね。ほんと、うちのまーちゃんは、格好良いよ♪」


「今は格好いいって言うか謎ロボットになってるけどね。あーしロボットとかあんまり知らないんだけどさ、これ・・・あーしらと合体してもロボになるのかな?」


「まーちゃんが寧ろギャル乙女になるとかだったらどうする?」


「なにそれうけるwwww」


 いつも通りのサイレーン達だった。


 勝てる可能性はないとわかっていても、御堂が諦めない限り彼女達は決してあきらめる事はない。そして御堂が戦い続けるのならば、最後の最後までともに有り続けると彼女達は覚悟を決めている。


 ディーヴァはそんなサイレーン達を見て、呆けてしまった。


 彼女達も勝てるとは考えていないのだ。


 ただ、彼女達のマスターが。御堂が諦めずに戦い続けているから、ソウルギアとして最後まで戦い続けているだけなのだ。


「・・・なんですか・・・それ」


 ふと、ディーヴァは思い出す。


 自身の師匠が言った言葉を。





 【初めから諦めるのならば全て捨ててしまえ。その程度の覚悟等、ないのと同じだ】 




 ディーヴァを弟子とは認めていない、師匠が唯一教えとして残してくれた言葉。


 この世界で生きるのは、普通に生きる事の何倍も辛いことは既に分かっていた事なのだ。たかが【どうしようもない状況】になっただけで諦めるのならば――


「・・・師匠。ほんときっついですよ、これは―――」


 震えは相変わらずだ。


 足はがくがくと震え、目は涙目になっている。それでも発狂していないのはスキル耐性とそれ以上に自分を魅惑する美の機械神が戦っている事、そして自らの師匠の教え。


「すぅ・・・はぁ・・・あー、ほんと世界は理不尽ですねー!!」


「ディーヴァ・・??」


「まったくもう、プレイヤーキラー見習いですけど、ぼかぁ今日本気でディザスターが大嫌いになりましたよー! 何が竜か! トカゲのバケモンじゃないですかこんちくしょー!!」


 ソウルギアを纏いなおす。


 その姿はまるでテレビなどに出てくるアイドルの姿で。


 後ろには何十体もの応援団の様な格好をしたクリーチャー達がわらわらと産み出されていく。


「あーもう! やってやりますよ! やらいでか! 僕はディーヴァ! なんかやたら可愛くなってるケーキ屋さんよりも、可愛くて! アイドルなんですよ!!」


「手伝ってくれるんだ・・・」


「そりゃ死にたくないですからねー! とはいえ、僕にできるのは牽制です! 何か見た所あいつの動きおかしくなってますし、ワンチャン拾うために頑張ってやろうじゃないですか!!」


 恐怖を飲み込み


 ディーヴァはムセイオンを飛び出した――!!


―244話了


──────────────────────────────────────

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る