第241話 ボスですからね 仕方ないですね
灼熱のヘルカイトは知能が高い。
とはいっても龍ではなく竜である為、余程のユニーク個体でもなければ人並の知能を持っている訳ではないが、そうだとしてもそれなりに以上には知能が高い。
だからこそ、それが面白くなかった。
邪魔な蟻共が決死の状態で襲ってくる程度ならば鼻息混じりに引きはがして蹂躙するのも悪くはない。
だが逃げ回る蟻共は好きではない、戦いすら選ばない雑魚には興味がない。
弱い存在を蹂躙し、破壊し、甚振り、食い散らかす事がどれだけ楽しいか。
だからこそここに居るのだから。
更に面白くない事があった。
たかが遊ばれるだけの雑魚がこともあろうに、自分のブレスを防ぎ切ったのだ。
これまでに何度か抑えられたことはある。だが、それ等は全て他は壊滅しかけ、抑えたものは例外なく死ぬか死にかけていた。
しかし、目の前の塵芥は一切の手傷すら負っていないのだ。自慢のブレスが誰一人殺す事はおろか、目の前の防御壁に全て阻まれている。
腹立たしかった。
【制限された身】である以上、今のヘルカイトに出来るのは襲ってくる塵芥どもを払う事のみ。若しくはブレスで周囲を全て打ち砕く事だ。
何の制限もなければ思うが儘に蹂躙出来たのにと、竜の最高峰は苛立つ。
だが、あのような強力な結界、何時までも続けられるものではないだろう。それに引き換え、制限されている自分は力が有り余っている。
ならば、ゆっくりと甚振り殺す事にしよう、竜の残忍さが分かるようにヘルカイトは嘲笑した。
※
ショコラとクレアが発動した【ムセイオン】のお陰で事なきを得た御堂達だが、状況が好転している訳ではない。
短い時間で目の前にいるボスが灼熱のヘルカイトと言うここにいちゃいけないレベルのモンスターである事、自分の師匠でも勝てるか分からないモンスターである事を告げられる。
そうなれば撤退するしかないのだが、その為には【帰還】の魔法を発動させるしかなく、その魔法が使えるのがショコラとクレアなので撤退するためにはムセイオンを解除しなくてはならない。
そこから改めて【帰還】の魔法を使うにしても発動まで十数秒、正確には15秒程度の集中時間が必要となる。
そして先ほどからヘルカイトが定期的にブレスを吐き続けている為、ムセイオンを解除するのも厳しい。
5分経てば自動的に解除されるので、そこから魔法詠唱をと考えるが、吐き出され利破滅のブレスはおよそ10~15秒程度の感覚で放たれている為、間に合うかは賭けとなる。失敗すれば御堂と片桐以外は即座に死亡するだろう。
現在御堂と片桐は生命の護符の効果で1回だけ攻撃を肩代わりできるアイテムがあるので、1回だけは耐えられるだろう。更に言えば御堂はスキル効果で最大2回は死にかけても耐えられる。
だが、他はそうはいかない。サイレーンやテルクシノエー、ハトメヒトはあの一撃に耐えられないだろうし、それはミューズの二人やディーヴァも同じである。
そしてクレアとショコラが死亡すれば【帰還】は発動出来ない。
一応片方死んだだけならばかなりの速度で回復できるが、破滅のブレスが直撃すれば一瞬でどちらも死亡するだろう。そしてあのブレスは範囲もかなりでかい。
「地味に詰んでませんかー・・・」
「いや、意外と何とかなる可能性はあるっ!」
「はい??」
ハトメヒトが灼熱のヘルカイトを見つめながら聞こえやすい様に大声を出す。
「見よっ! どうやらあれはあの場所に縛られているようだ! 恐らくあれが制限なのであろう。そうでなければ誇り高きドラゴンが自分の一撃を無効化され激昂し襲ってこない訳があるまい!」
「っ! た、確かにあの時のヘルカイトは縦横無尽に飛んでましたよ!?」
ハトメヒトの指摘通り、先ほどから絶え間ないブレス攻撃が襲ってくるが、ヘルカイト本体は巨大な扉がある場所に鎮座し一歩たりとも動いていない。
恐らくはこのランク帯に出すための制限としておかれているのだろうとハトメヒトがアタリをつける。
「あれが襲ってこない時点で、有利は我等にある! 主殿、今一度冷静に考えられよ!」
「わ、分かった! っても、後数分もしないうちに解除されちまう・・・どうする? もう1回ムセイオンってのを使ってもらうか」
ムセイオンは3000ポイントの消費をする事、発動中はミューズの二人が一切の行動が出来ない以外でデメリットがない。1度使えばしばらく使えなくなるスキルとも違い、ポイントさえあればタイムラグなく再度使用できるのが利点だ。
幸いポイントは先ほど稼げたし、無駄に使ったとしても後2回位は猶予がある。
まずは冷静に考えて撤退の方法を考えた方がいいと考えていく。
それを見ていたハトメヒトだったが、何かを考え直ぐに行動に移した。
張り巡らされているムセイオンの結界に手を触れると、一切の抵抗なく手がすり抜ける。
「ふむ、で、あるならば・・・主殿、少し試してくる」
「ハトメヒト、何をっ!? ってえええええ!?」
御堂が止める間もなく、ハトメヒトが飛び出していった。
「ふむ。余程攻撃を無効化されたのが腹に据えかねたようだ」
怒り狂ったようにブレスを吐きまくるヘルカイトを見てハトメヒトが呟く。
小柄であり、一応視覚外から飛び出したハトメヒトに怒れる竜は気づいていない。
ならば好都合と今用いる事が出来る全てを使い、僅かながらにでも時間を作る為に、全力疾走する。
正直ハトメヒト1人が飛び出した所で、ディーヴァが放ったクリーチャーにすら及ばないが、それでも彼女には切り札がある。
倒せることなど考えていないが、それでも時間を稼げるだろうと。
「さて・・・派手に行こうではないか! 何故ならば我は道化! クラウンではなくピエロであるゆえに! さぁ! さぁさぁさぁ! ご照覧あれ! 我こそはハトメヒト! 愛しき我が主のソウルギアであり、自称海産物の親戚の友達!! 種族的にはなんであろうか! 女神か! はたまた魚類か! 見えるか巨大な竜よ! 矮小なる身ではあるが、汝に一手、馳走しよう!!」
高らかに叫ぶハトメヒトに攻撃を続けていたヘルカイトが気づく。
先ほどの蟻よりも弱そうな雑魚が何かしら叫んでいるのが見えた。
「さぁ! 竜であると嘯くならば我程度抑えて見せよ! もしかして龍にすらなれぬと嘆いているか! 仕方あるまいなぁ! 地を這うトカゲの進化系と、神に近い龍では格差がある! だからこそ、このような児戯に参加するかよ! 嘆く事であろうよ! 同族は! 自ら縛りを入れてでも戦うとか、汝はMであるか! 我はMもSも意外といけたりする! 主任せであるな! 主殿によって色々可変ハトメヒトちゃんと読んでもらおうか! 呼ぶではない所がミソだ! 何!? 会話じゃ漢字の誤差もわからぬと! 我もそう思う!!」
喋っている言葉の何割も知能で劣るヘルカイトは理解できていない。
だが、一つだけたった一つだけ分かるのは、【目の前のこれ】が自分を偉大なる誇り高き竜である灼熱のヘルカイトを嘲笑しているという事。
【がああああああああああああああああああああああああああああ!!】
一切の容赦なく、全身全霊の力をもって【破滅のブレス】を放つ。
白と黒にスパークした怒りの咆哮は逃げる場所すらなく、ハトメヒトを包み消し飛ばす――その瞬間こそが、彼女の狙っていたもの。
「うむ、予想通りでありがたいな! 【ヘキサグラムマジック】!! 【邪連還痛】6れ―――」
ハトメヒトが言い切る前に破滅のブレスがハトメヒトを容赦なく破壊する。放たれたブレスは物理的な質量をもつ息であり、直撃した存在をすさまじい重力と圧力で押しつぶし消し飛ばす。
それに耐えられるような存在はこの世界にほぼ存在しないだろう。
だからこそ―――
【ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!】
その激痛が自分に返ってきたらどうなるか。
ハトメヒトを消し飛ばした破滅のブレスが命中する前に彼女が発動した6回連続で魔法が使える【ヘキサグラムマジック】によって発動されたのは邪属性魔法の一つ。
上級・下位に属する魔法【邪連還痛】
自身が受けたダメージを【純粋な痛み】に変換し、放ってきた相手に返すという呪いを付与する魔法だ。
とはいえレジストが高ければほぼ無効化されてしまうし、邪属性に耐性があればあまり効かない魔法の上、【自身がダメージ】を受けなくてはならない制限があり、極めつけは魔法適性がある存在が限りなく少ないという理由から、使える存在はあまりいないし、ある意味自爆技なこれを好んでセットするプレイヤーはそうそういない。
ヘルカイトも、耐性こそ持っていなかったが高いレジストである程度は抑えられたのだが、まさかの6連同時発動でレジスト出来る許容量を超えてしまった。
致命傷にはならなかったが、それでも自身の身体が削られていく様な激痛が襲い竜の覇者であるヘルカイトが地面に倒れ込みのたうち回っている。
それは、御堂達が帰還の魔法を発動出来る時間を作るに必要な時間を優に超えていた。
「ば、馬鹿野郎おおおおおおおおお!!」
自爆特攻したハトメヒトを見て叫ぶ御堂。いくらソウルギアが死んでも蘇られるのは知っていてもそれとこれとは話が別だった。
「お前・・・なんて・・・」
「我えええええええええええええええ!!」
「・・・・・・・・え?」
「あぁ!? 何という事だ! 我があのような玉砕を! 見事! 見事である! 汝の散り様、我がこの主殿から頂いたすまーとふぉんにて記録しておこうではないか! 任せよ! 汝の分はこのハトメヒトちゃんが頑張る所存!!」
「‥‥なんで生きてるんですかあああああああ!?」
御堂が叫ぶ前にディーヴァが叫んでいた。
だってそこに、先ほど玉砕した筈のハトメヒトが何故かスマートフォンをもって一生懸命爆心地となった部分をズームしカシャカシャと写真を撮っていたのだから。
それを見てディーヴァが混乱するのは仕方ないだろう、だが、御堂の方は思い出す。そう言えばハトメヒトは分裂するよな、と。
そう、先ほど神風特攻したハトメヒトも勿論本体だが、ここに居るハトメヒトは彼女の持つシークレットスキル【増えるハトメヒト】によって増えた本体そのものだったりする。
勿論死亡直前の記憶も維持しているし、消滅している時の激痛も記憶しているが、それはそれという事で、ディーヴァが驚いたことに満足したのか、直ぐに御堂に話しかける。
「主殿、我としてはもう少し賑やかタイミングを楽しみたいが、直ぐにクレア殿達に帰還の魔法を」
「あ、あぁ、そうだな。お前、後で話あるからな・・・!」
「ふふふ、愛されていると思っておこう」
「二人とも! 帰還の魔法を頼む!」
「任せて! もうやってる!」
「さぁ、行くよ! 【帰還】!!」
ムセイオンが解除され、直ぐに帰還の魔法を起動する二人。ハトメヒトが稼いだ時間のお陰でかなりの余裕をもって、発動まで持って行けた。
だが――――
「え??」
「嘘・・・・」
青ざめるクレアとショコラ。
余裕をもって発動させたはずの【帰還】の魔法が発動せずに失敗に終わってしまったのだった。
―241話了
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ボス戦は逃げられませんからね
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