第4話 呪いには呪いを、悪魔には天使を

 ギィギィ、ギシギシ。歩くたびに床板がいや~な音を立てる。

 呪いの館『MAGIACマギアック』の奥、階段を降りたところにある薄暗い地下室にわたしは案内されていた。


「いろいろ置いてあるけれど気にしないで頂戴」

「なんなんですか、ここ」

「見ての通り地下倉庫よ。ここに置いてあるのはすべて本物の呪物。私のコレクションの一部たち」

「ひぃ!」

「あら。ミホシってば案外怖がりなのね。大丈夫よ、触っても死にゃしないわ」

「そうゆう問題じゃない……」

「さ。そこのイスに座って。さっさと呪いを祓いましょう」

「あの、このイス……呪われてませんよね」

「長い時間座ったらお尻が痛くなる呪いがかかっている、かもね」

「ひぃぃ!」

「冗談よ、冗談。あなた、からかいがいがあって面白いわ」

「……呪いますよ」

「フフフ……。あなた、やっぱり面白い」

「わたしは全然面白くないんですけど……」

「ふふ。フフフ……」


 恐る恐るイスに座ると、後ろのほうでシュボッとマッチに火をつける音がした。ぱぁあっと夕焼け色の光が大きくなって、薄暗かった地下室がぼんやり明るくなる。イスに座るわたしの影が前にのびて、正面の壁に映った。


「背もたれに背中をついて、ひじ掛けに腕を乗せて頂戴」

「はい」

「動いちゃダメよ」

「……はい?」


 しゃらり。

 金属音が聞こえて、次の瞬間、わたしの腕にチェーンが巻き付けられた。


「なに、してるんですか……?」

「暴れられると困るから、一応ね。これでも私、か弱い女の子なのよ。切った張ったは専門外なの」

「か弱いって……」


 片手でバール扱えるくせに。

 マギカは手際よくわたしの身体をチェーンで縛っていく。あっという間にわたしはイスに拘束され、身動きが取れなくなった。


「フフフ……」

「怖いから笑わないでもらえます?」

「ごめんあそばせ。この状況を想像したら少し興奮してしまって」

「こうふん?」

「薄暗い地下倉庫。イスに拘束された怯える女子高生。なんというか卑猥だなと思って」

「怖いから喋らないでもらえます?」

「ジョークよ、ジョーク。イッツ ピンク・ジョーク」

「全然冗談に聞こえなかったんですけど」

「……、」

「今は喋ってください!」


 サイアクだ。なんなのこの人。もう訳が分からない……。

 翻弄されるわたしを置いて、マギカはマイペースに悪魔祓いの準備を進める。

 どん。どん。どん。今度は壁に映ったわたしの影に釘を打ち始めた。


「もしかして、それって……」

わら人形に打ち込まれていた五寸釘。呪物としての価値はあまりないけれど、いろんな用途に使えて便利なの。ミホシも何本かいかが? 今なら特別に7本セットで980円ゼロキュッパでいいわよ」


 ――どん。どん。どん。


「……1本だけ、ください」

「もしかして誰かに怨みでもあるの?」

「ゴスロリ服を着た呪物蒐集家にちょっと」

「そんな人、私以外にもいるのね」

「あなたしかいない思います」

「そうでしょうね」

「……使用済みの五寸釘なんか使って、いったい何してるんですか」

「悪魔が逃げないようにしているのよ」

「逃げないように?」


 五寸釘をわたしの影に打ち付けながら、マギカは言う。


「言ってたわよね、呪いが発動するのはいつも夜だって。夜は身体と影の境界が曖昧になる時間帯。日が出ている間、悪魔は影に潜んでいるの。ミホシが眠りに落ちた深夜、影に潜んでいた悪魔は曖昧になった境界を利用してあなたの身体にりつく。だから、ミホシが身体を乗っ取られるのはいつも夜なのよ」


 で~きた、と言って五寸釘を打ち終えたマギカがこちらにふり向く。

 気がつくと、わたしは金縛りにかかったように動けなくなっていた。もう声も出せない。指先ひとつ動かせない。

 薄暗い地下倉庫。影と実体――曖昧になった境界。わたしの身体は、わたしにりついた悪魔と一緒に釘付けにされたのだった。


「――ふふ。フフフ……。

 だぁれ? そこに座っているのはだぁれ?」

「……、」

「ねぇ、誰なの? ねぇ」


『……アドのモなませロアㇵだらこのク――!』


 わたしの口が勝手に開いて、知らない言葉を叫んだ。抑えられない身体の震え。わたしの意思とは関係なく、わたしの身体が暴れている。

 がんがんがん。じゃらじゃらじゃら。イスの足が激しく床を叩く。金属のチェーンが蛇のようにのたうち回る。


「黙りなさい。中途半端な呪いの分際で吼えないで頂戴」

『アゲルざばォのコ!』

「今からお前に呪いをかける。覚悟なさい、サカサの悪魔」

『あああぁアアア――ァマオのコズそロク!』

「ミホシ。今からすごく苦しいと思うけど耐えて。大丈夫。すぐ楽になるわ。大丈夫。あなたならきっと大丈夫」


 大丈夫。マギカの言葉にわたしは覚悟を決める。

 マギカは暴れるわたしにイヤホンをつけ、カセットプレイヤーの再生ボタンを押した。

 聴こえてくるのはテープに収録されていた『†Nナイト . Nナイト . Nナイト†』じゃない。それを逆再生した音。つまり、サカサ歌そのもの。ARIGATOUありがとうUOTAGIRAうおたぎら。歌詞なんて聞き取れるわけがない。

 わたしは少し前のマギカの言葉を思い返す。


「――サカサ歌の呪いを解く方法はない。だったら利用するのみよ。逆再生しようが普通に再生しようが、サカサ歌を最後まで聴いた時点で呪われる。サカサ歌を逆再生したことでNがⅥに変わり悪魔の呪いとなったのなら、そのまま再生すればNはⅣになる。666が悪魔の数字なら444は天使の数字。ミホシにかかった呪いを消すために、私はあなたに天使の呪いをかけるわ」



 呪いには呪いを、悪魔には天使を――ってね。



 頭がズキズキと痛い。胸もムカムカしてきたし、このままだと吐いてしまいそうだ。

 気分は最低サイアク。頭の奥がジーンとして、視界が端から暗くなってきた。

 気が遠くなるって、こんな感じなのかな。わたしは以外に冷静な脳内で分析する。


『あぁあああぁァァァァァァアアアあぁぁぁああぁアアアあぁあァァァァアアアア――!』


 大丈夫、大丈夫、大丈夫……。おぼろげになっていく意識の中で、わたしはマギカの言葉をくり返す。大丈夫、大丈夫、大丈夫……。

 聞こえ続けているのは、サカサ歌。リズムも音程も歌詞も、曲のすべてが逆さの歌。全然聴けたものじゃないけど、でも、どこか優しくてあたたかい呪いの歌。



『――まァ……「マ、ぎ……カ――』



 こうして、わたしは――また呪われたのだった。

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