第3話 悪魔のサカサ歌

 証明写真を手に呪いの館『MAGIACマギアック』に戻ると、マギカがお茶とお菓子を用意して待っていた。

 わたしはカウンター前のイスに座り、マギカに写真を渡す。


「これで契約成立ね。さぁ、呪いの女子会を始めましょう」

「のろいの、じょしかい……?」

「ミホシにかかった呪いを解くために、あなたの呪いと呪物について少し話を聞かせて頂戴。私が淹れたキノコ紅茶を飲みながらね」

「キノコ紅茶……」

「ユーグレナクッキーもあるわよ」

「なにそれ……」

「あぁ、そうそう。伝えておくのを忘れていたけど、万が一契約を反故ほごにした場合、災いに襲われるから注意して。私とミホシの間に交わされたのは、契約というより呪いに近いものだから」


 そんなの聞いてない、という言葉を、わたしはキノコ紅茶と一緒に飲み込む。

 果たしてその味は、思ったよりフツーの紅茶だった。


「どう? 美味しいでしょう」

「はい」

「はい。じゃなくて、うん、って言って。私、敬語ってあまり好きじゃないの」

「分かりまし――」

「呪うわよ」

「ごめんなさい!」

「冗談よ、冗談。でも、ゆっくりでいいから肩の力を抜いてくれると嬉しいわ」

「ははは……」


 分からない。マギカジョークが分からない。

 冗談なのか本気なのか、わたしは笑うことしかできない。


「手始めに、あなたにかかっている呪いについて聞かせて。具体的にはどんなふうに呪われているの?」

「えっと……寝ている間に身体を乗っ取られる、みたいな」

「乗っ取られている間、ミホシの意識はある?」

「ない、です。目が覚めたら知らない場所にいるから」

「乗っ取られる時間は?」

「テープが再生されている間だけ」

「呪いが発動する時間帯は決まっているかしら?」

「昼に乗っ取られたことないから、たぶん夜。いつも目が覚めるのは午前2時くらい」

「誰かに呪われる心当たりは?」

「ありません」

「どうやって呪われたの?」

「カセットテープに入ってた曲を聴いて」

「カセットにNが3つ書いてあるけれど、曲の名前はエヌ エヌ エヌで合ってる?」

「ナイト ナイト ナイト。Greenishグリニッシュ Grayグレイって言うアイドルの曲です」

「なんか中二病チックなタイトルね」

「曲自体はいい曲ですよ。この曲を聴いて呪われたって話、わたし以外にありませんし。別にテープじゃなくて携帯でも聴けるみたいです」

「元から呪われた曲じゃなくて、テープに収録されていたのが呪いの曲というわけね」

「そうです。あとから分かったんですけど、テープに入っているの、オリジナルじゃなくてカバーなんです。グリグレは3人組アイドルのはずなのに、収録されてる声は1人だけで、しかもどのメンバーの声でもないし……」

「今さらだけど、本当に収録されていたのよね?」

「え?」

「実はミホシが写真を撮りに行っている間にテープを再生してみたの。だけど、私には何も聴こえなかった。コレが呪物であることは確かだけど、一応あなたにも確認しておきたくて」


 何も聴こえない? そんな馬鹿な。だってわたしは、数時間前に曲を再生して聴いている。

 試しにテープを再生してみると、やっぱりわたしには聴こえた。わたしには聴こえた。


「なるほどね。大体分かったわ」

「この呪い、解けますか?」

「もちろん。それとあなたに朗報よ。成功報酬をまけたげるわ。そうね、20万まけて30万ってことで契約更新しましょう」

「マジですか」

「マジよ」

「でも、どうして……?」

「面白いから。この呪物を、呪物たらしめる呪いがね」

「面白い?」

「ミホシには和洋折衷の呪いがかかっている。和の要素はサカサ歌。洋の要素は悪魔の数字。呪い自体は中途半端で弱いものだけど、でも、多国籍文化の現代日本的で面白いわ」


 サカサ歌は知らないけど、悪魔の数字なら知っている。

 666。フリーメイソンとか、スカイツリーの本当の大きさとか、都市伝説を扱う番組でよくこすられてる結構有名なやつだ。


「身体を乗っ取られるのはもの憑きの特徴なの。人に憑りつくといえば、狐とか、物の怪とか、あとは悪魔とかが考えられるわね。

 曲のタイトルを逆――鏡文字にしてみて。Nがローマ数字のⅥになって、タイトルが666――悪魔の数字になるでしょう」


 グリグレの『†Nナイト . Nナイト . Nナイト†』を逆にすると、確かに『†Ⅵ.Ⅵ.Ⅵ†』になる。


「でも、これは逆――逆さにするとであって、こじ付けに近い。だけど、この曲が逆再生されているのなら話は違ってくる」

「逆再生?」

「そう。そこでサカサ歌が出てくるの。

 サカサ歌っていうのは、サカ歌が派生してできたものよ。サカ歌は歌詞ので相手を呪うものだけど、サカサ歌は元の歌詞を全て逆さに歌うで人を呪うの。例えばそうね、歌詞のなかに『ありがとう』という言葉があったとして、これを逆にするとどう発音するか分かる?」

「ええと……うとがりあ?」

「それは文字の並びを逆にしただけ。日本語じゃなくローマ字で考えてみて。ARIGATOUって書いて、それを逆にすると本当の逆さ言葉――UOTAGIRAになるわ。あとはこれを逆に演奏した音楽に合わせてサカサ歌になる。音だけ聞くとオリジナルを逆再生したものと同じ。ミホシが聴いていたのは、逆再生の逆再生だったというわけ」


 歌詞を逆さに発音し、歌う。

 音程も逆になっているから、サカサ歌を歌うのは――歌いきるのは、めちゃくちゃ大変なことだろう。

 ナイト ナイト ナイトの再生時間は10分以上ある。コレを作った人は相当な想い――呪いを込めて、テープに声を吹き込んだに違いない。


「意図的か偶然か分からないけれど、サカサ歌を逆再生したことでタイトルのNがⅥになり、サカサ歌の呪いに悪魔の数字――666が加わった。簡単に言えば、ミホシは今、悪魔の呪いにかかっているのよ」

「わたしには……、悪魔がりついているんですか……?」

「少し違うわ。りつかれているというより、呪われてる。悪魔の数字は呪いの方向性を決めているに過ぎないの。呪いの本体はあくまでもサカサ歌。そして厄介なことに、サカサ歌の呪いを解く方法はない」

「……え? じゃ、じゃあ、どうするんですか!?」

「安心なさい。解くことはできないけれど、消すことはできるから。呪いには呪いを、悪魔には天使を――ってね」

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