第2話 ようこそ、呪いの館へ

 今は土曜日の昼下がり。わたしはとあるお店の前に立っていた。

 そのお店の名前はローマ字で『MAGIACマギアック』。入店する前から異国情緒が漂ってくる、エスニック系のお洒落なお店だ。

 ここは自宅からまあまあ離れた場所にある商店街。電車と徒歩で30分かけてやって来た。何故この店を訪れているのかと言うと、それは今朝未明までさかのぼる。


 例のごとく『かちゃ。』という音で目を覚ましたわたしは、どこかの公園のベンチに座っていた。耳にはお気にのイヤホン。手にはプレイヤー。もちろんプレイヤーの中にはカセットテープが入っている。

 近くには外灯があった。外灯の周りでは、光に引き寄せられた数匹のがパタパタと羽ばたいていた。

 ベンチに寄りかかり、宙を舞う蛾をぼんやりと眺める。わたしは何気なくプレイヤーの再生ボタンを押した。

 平成初期に活躍した3人組女性アイドル『Greenishグリニッシュ Grayグレイ』。彼女たちの楽曲の中で最も再生時間が長く、最もコアなファンの多い曲が、このテープに収録されている『†Nナイト . Nナイト . Nナイト†』だ。ローマ字のNが3つでナイト ナイト ナイト。知らなきゃ絶対に読めないと思う。

 アニソンのようなボカロのような曲を聴きながら、わたしは持っていたプレイヤーから手を離す。

 そのときだった。プレイヤーの裏側に何かが貼られていることに気づいたのは。

 貼られていたのは1枚の名刺。外灯の青白い光に照らされ、印刷された文字が浮かび上がる。


 ――呪物の買い取り、引き取り致します。

 ――呪物蒐集家 鬼林おにばやしマギカ。


 その名刺に書かれていたお店が、今わたしの目の前にある『MAGIACマギアック』なのだった。

 英語でPullと表示されたドアを引き開けて店内に入る。竹製のドアベルがカラカラと小気味いい音を立てた。

 店の中はひと言で表すとゴチャゴチャしている。棚に並んでいるのは木彫りの人形やら、古びた神棚やら、エキゾチックなお面やら。文字がたくさん書かれた馬のドクロなんてものまで置いてある。

 鼻をくすぐるのはお香の匂い。普段は嗅ぎなれない匂いだけど、わたしは嫌いじゃない。なんとなくだけど、心が落ち着くような気がする。


「いらっしゃいませ」


 店の奥から女性の声が聞こえた。芯のある、しなやかな声。わたしはこの声を知っている。聞いたことがある。

 所狭しと飾られた品々の陰から、その人が姿を見せた。

 やっぱり、とわたしは思う。同時にサイアクだ、とも思う。彼女はフリフリのたくさんついたドレスのような服を着ていた。

 鬼林マギカ。暗い暗い山の中で、わら人形から五寸釘を抜いていたゴスロリ少女。見た目からして年齢としはわたしと同じ17歳くらいだろうか。


「ゆっくりとご覧になってください」

「あ、あの……」

「なんでしょう」

「コレ……」


 わたしは持っていた名刺を彼女に見せた。

 すると彼女は静かに微笑み、


「あなたの来店を待っていたわ。どうぞこちらへ」

「はい……」


 店の奥に案内されたわたしは、フィンランド家具のような可愛いらしいイスに腰掛ける。

 カウンターを挟んだ向こうに彼女が――マギカが座った。


「さっそくだけど、見せてくれるかしら。あなたの呪物を」

「はい」


 わたしはカウンターの上にカセットテープの入ったプレイヤーを置く。本当は持ってくるか迷ったけど、お気にのイヤホンもプレイヤーに巻き付けてある。

 マギカはイヤホンのコードをくるくると外し、プレイヤーを開けて、中からカセットテープを取り出した。手際よくイヤホン、プレイヤー、テープに分解し、それらにひと通り目を通し終えると、彼女は言った。


「なるほどね。悪いけれど、コレ、買い取るほどの呪物じゃなかったわ」

「え?」

「引き取りならできるけど、どうする?」

「引き取りって……そんなの無理ですよ」


 だってそれは、捨てても、燃やしても、壊しても、何をしたって元通りになってわたしの元に戻ってくるのだから。引き取られたって、どうせまた戻ってくる。またわたしは、『かちゃ。』という音で目を覚ますことになる。


「いいえ、できるわ。」当たり前でしょ、とでも言いたげにマギカが言った。「あなたにかかった呪いを解けばね」

「この呪い、解けるんですか?」

「ええ。多分ね」

「本当に……?」

「一応、これでも呪いの専門家よ。信じられないのなら、他を当たってくれていいわ」


 溺れる者は藁をもつかむ。信じる者は救われる。

 むかしの人は上手いことを言ったものだ。


「――お願いします」

「自慢じゃないけれど少し高いわよ。ちなみに、手付金とは別に成功報酬で50万いただくわ」

「……お願いします!」


 毎夜毎夜、知らない場所で目覚めるよりは全然マシだ。

 授業中に居眠りして怒られるのも、おばあちゃんに心配かけるのも、もう嫌だ。この呪いから解放されるのなら、いくら払うことになったって構わない。


「あなた今、1,000円持ってる?」

「持ってますけど」

「この店を出て、右手に少し行ったところにタバコ屋があるのだけど、その店のわきにある証明写真機で写真を撮ってきてくれるかしら。あなたの証明写真を手付金として買い取ります」

「分かりました」

「写真の提出をもって契約成立となるのだけど、本当にいいのね?」

「はい」

「それじゃあ、改めて自己紹介するわ。私の名前は鬼林マギカ。呪物蒐集家にして呪物のレプリカを売る呪いの館『MAGIACマギアック』の店主よ。気軽にマギカって呼んで頂戴」

「わたしは……影内かげうちミホシ。フツーの女子高生、です」

「それを言うなら、女子高生でしょ」


 冗談よ、冗談。イッツ ブラック・ジョーク。と言って、マギカは笑う。


「……ひとつ、訊いてもいいですか?」

「なぁに?」

「どうして、呪われた物なんて集めてるんですか?」

「フフフ……。それはね――私自身が呪われるためよ」

「呪われるため?」

「ミホシは蟲毒こどくって知ってるかしら? 虫を3つ重ねた字に毒と書いて蟲毒。比較的有名な黒魔術のひとつなのだけど」


 知っている。タイトルは忘れたけど、何かのマンガで読んで知っている。

 蟲毒――それはヘビやサソリ、カエル、ムカデなど、毒を持つ100のむしをひとつの容器に閉じ込め、共喰いさせることで最強の毒を生成する黒魔術のこと。たしかマンガでは、黒魔術ではなく黒呪術としていたはずだ。


「私はね、最凶の呪いを生み出すために呪物を蒐集しているの」


 フフフ……。と不気味に笑うマギカ。

 これは冗談でもブラック・ジョークでもないらしかった。

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