ブラック・マギカ・コレクション

弐護山 ゐち期

第1話 丑の刻の出会い


 ――かちゃ。


 まただ、とわたしは思う。またこの音だ。カセットの再生が終わり、プレイヤーが停止する音。この音で目覚めるのは、いったい何度目だろう。

 捨てても、燃やしても、壊しても、必ず元通りになって戻ってくるカセットテープとプレイヤー。夜な夜なわたしの身体を乗っ取って、勝手に動き回る呪いの品物。わたしはコレに呪われている。りつかれている、と言ってもいい。今夜も身体を乗っ取られ、わたしは知らない場所で目を覚ました。

 そこは、暗い暗い山の中。でも、月の光のおかげで何とか歩けるくらいの明るさはある。周りにはまっすぐ伸びた木々が生い茂っていて、まさに鬱蒼としている。

 ここがどこかは分からない。でも、自宅からそう遠くない場所であることだけは確かだ。

 わたしの身体が乗っ取られるのは、テープが再生されている間だけ。時間にして10分くらい。唯一の救いは、が起きるのは全ての公共交通機関がストップしている深夜だけってところ。だから、毎回自宅から徒歩10分圏内にいることは確定しているのだ。

 わたしはイヤホンのコードをプレイヤーに巻き付け、それを片手に持って歩き出す。


 がさがさ。パキポキ。


 色んな音を立てながら、木と木の間を縫うように進む。


 ぐちゃぐちゃ。


 サイアク。お気にのスニーカーが汚れた。たぶん、ソックスにも泥とか土とかがついてる。もしかしたら、髪にはクモの巣なんかがついてるかもしれない。

 サイアク。今日も学校あるってのに。これじゃまた授業中に居眠りして怒られる。あんまりおばあちゃんに心配かけたくないのに――サイアク、サイアク、サイアク……。

 ちょっと前に『レトロブーム』ってのがあって、当時はいろんなお店で懐かしのレトロアイテムが売られていた。

 あるお店に友達と行ったとき、偶然見つけたのがいま手に持っているコレだ。テープとプレイヤーがセットで1,000円。A面のみでしかも1曲しか収録されていなかったけど、なんとなく可愛かったから迷わず買った。それがまさか呪いの物だとは、そのときのわたしは夢にも思わなかった。


「……サイアク」


 最初の頃はフツーに怖かった。目覚めたら知らない場所にぽつりとひとり。暗いし、どこだか分からないし、何より無意識に動き回ってるわたし自身のことが怖かった。でも、1ヶ月も続くとさすがに慣れた。半年経った今じゃ、もう怖くない――怖くない、はずだった。


 目にしたものへの恐怖で足が止まる。わたしはとっさに息をひそめる。プレイヤーを持つ手が震えている。


 ――何、あれ。何してるの、


 理解できない恐怖がわたしを襲う。

 月の光に照らされながら、その人は木から釘を抜いていた。バールを使って、わら人形に打ちつけられた五寸釘を。周りの木々をよく見ると、他にも藁人形が打ちつけられている。


 何、ここ――怖い。


 いるだけで呪われそうな山の中で、その人は嬉々として釘を抜いている。


「ふふ、フフフ……」


 その人が着ているのは、フリフリのたくさんついたドレスのような服。これがいわゆるゴスロリってやつなのかもしれないな、とわたしは以外に冷静な頭で分析する。

 年齢、性別は不明。髪の長さからして、たぶん同性――女の子だとは思うけど、こんな深夜にこんな山の中で藁人形から釘を抜く女の子がいるとは思えない。てか、あんまりいてほしくない。だって、怖いから。

 オバケよりも幽霊よりも妖怪よりも、一番恐いのは人間なんだ。こんなこと、身をもって学びたくなかった。ほんとサイアク。特に今夜はサイアク。

 はやくこの場を離れなくちゃ。逃げなくちゃ。本能的には分かってる。でも、身体が動かない。金縛りにかかったようにびくともしない。

 そのとき、手からプレイヤーが零れ落ち、地面で鈍い音を立てた。ゴスロリ少女が、バッとわたしのほうをふり返る。


「だぁれ? 誰かそこにいるの?」


 ヤバい、こっちにきた。彼女はバール片手に一歩いっぽこっちに近づいてくる。

 こ、殺される……! 埋められる!


「フフフ……。だぁれ? そこにいるのはだぁれ? ねぇ、誰なの?」


 うまく呼吸できなくなって、心臓はバクバクで、頭なんてもう真っ白だ。

 聞こえてくるのは自分の荒い呼吸音。そして――少女の不気味な笑い声。


「――見ぃつけた」


 わたしを縛っていた恐怖の糸が不意に切れた。わたしは駆けだした。声にもならない叫びをあげながら。

 足がもつれて転んでも、草のトゲに引っかかれても、それでも走る。血が流れようとも、身体じゅうにアザができようとも、息ができなくなろうとも関係ない。ひたすらに走る、走る、走る――!

 死にもの狂いで自宅近くのコンビニにたどり着き、やっとわたしは足を止めた。吐きそうになりながら、それでも頑張って息をする。膝に手をつき、肩を上下させて肺に空気を送り込む。


「――あはっ。あははは……!」


 安心したからか、変な笑いがこみ上げてきた。

 汗と涙を一緒に流してわたしは笑う。


「あはははははは! あはははははは――!」


 理不尽に呪われて。毎夜まいよ知らない場所で目が覚めて。なんにも悪いことしてないのに、こんな怖い思いして。

 ここまで不幸だと逆に笑えてくる。笑わなきゃやってられないとかじゃなくて、ほんとに面白い。マジでウケる。


「ガチでサイアク――あはははは……!」


 呪いのカセットテープとプレイヤー。ついでにお気にのイヤホンも山に落としてきた。しかし、次の日の夜もまた『かちゃ。』という音で目覚めたことは言うまでもない。不幸中の幸いは、呪いのカセットと一緒にイヤホンも一緒に戻ってきたことだった。

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