第41話 過去③

 過去が蘇った。昔の失敗の記憶が。


 神楽国際ファッションショーで失敗して、誹謗中傷の嵐に翻弄された俺とみーちゃん――久遠美月。


 彩雲祭の体育館袖にうずくまっていた俺だが、何故かは分からないがその身体の震えは止まっていた。


 神楽総帥の取った対応も今ならわかる。小学生とは言え、国内最高峰の神楽ショーで失敗した俺たちに対する懲罰がないのは一門に対する示しがつかないし、世間の視線もある。だからその俺たちに対する対応もわかるんだが、実の娘であるみーちゃんに対する愛情の欠片もない言動は、当時からふつふつと心に沸き起こるものがあった。


 今だからわかる。あの時、俺とみーちゃんがどれだけ傷ついたのかは、日本デザイナー会の頂点の神楽さんならわかったはずだ。けど、神楽さんは俺を使い捨ての様に切って捨て、みーちゃんには慰めの言葉一つなかった。


 俺に対してはまだいい。自業自得で、何の関係もない赤の他人だから。でもみーちゃんは子供のころから神楽さんのことをパパ、パパと言って慕っていた実の娘さんだ。だから、その冷たさ、冷酷さに、沸々と怒りが湧いてくるのを抑えきれなかった。


 だからかもしれない。実の娘を無下に扱った神楽さんに、盾突いてみたくなったのかもしれない。一言でいいから、美月に『ごめん』と言わせてやりたいと思ったからかもしれない。


 今、うずくまっている自分と当時の自分が重なる。


 あの時は逃げ出した。でも今は前に踏み出そうと思える自分がいる。


 不安、恐怖は消えていた。代わりに、自分のデザインした制服でお客さんをもう一度喜ばせたい、俺に再び前を向かせてくれた美月を自分のデザインした服で輝かせたい、という情熱が心に溢れてくる。


「晴人っ!」


 美月が隣で不安そうに胸に拳を握りしめて俺を見つめている。


 悠馬がいる。ユキもいる。俺を支えてくれる仲間たちだ。そうだ。俺はここで立ち止まるわけにはいかないのだと自覚する。


「大丈夫……なの、晴人?」


 美月が、膝を着いている俺に声をかけてくれた。


「大丈夫……だ。少し怖くなって、そしてそれがやる気に変わった。それだけのことだ」


「…………」


「昔の事を少しだけ思い出した。思い出して……恐怖が熱に変わった」


「そう……なのね……」


「そう。それより美月の方は大丈夫か? モデルやってるのに今更だけど。俺は五年前の酷いことが今の出来事の様に思えてる」


 美月は少し黙って慮る様子を見せた。それから口にする。


「正直、私にだって心の傷はある。予定している最後の『あの制服』でのランウォークは、怖い。でもそれ以上に昔からずっと、今でもモデルの仕事に魅力を感じてるし、歩くことを楽しんでいる自分がいるし、成功させたいって思ってる」


 美月の真っ直ぐで深いまなこからはその確固たる気持ちが伝わってきた。


 そうか……と思った。


 美月も怖いのか。


 そうだよな。


 昔あんなに笑われて泣きじゃくったんだし。


 その美月が、昔と同じように俺を助けようとしてくれている。ここで俺がくじけたら、昔のみーちゃんと今の美月に申し訳が立たないし、それに俺が後悔する。俺が選んだ、選びたい道なんだから――


 美月が、うずくまっている俺に手を差し伸べてくれた。


 その手を俺はとる。


 美月に引かれる様にして――俺は立ち上がった。


 心中に決意を刻み込み、さあ行こう、と俺は顔を舞台に向ける。


 俺の五年越しのショーがいま始まった。

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